第2章 第20話 授業参観(仮)、あるいは「飴」を奪われた子供たち
【本文】 (視点:リゼラ/特別研究棟主任)
「リゼラさん、本当に来た!」
教室のドアを開けた瞬間、一番前の席からドワーフの少年がボールのように飛び上がった。 ストーンヤード工房見習い――グラン。「ノーム百体作りたい」と真顔で言ってのけた、元気な子だ。
「ええ、本当に来たわよ。 今日は“とっておきの秘密兵器”を連れてね」
私の足元では、ネーヴのノーム一号から四号までが、テテテッと隊列を組んで歩いている。 そのうち一号は、心なしか「腹一杯っす」という顔をしている気がする(試作飴の食べ過ぎね)。
「やっぱりノームだ……! しかも今日、なんかツヤツヤしてる!」
グランの目がきらきらと光る。 その後ろで、ブロム、ミーナ、ロックの三人も身を乗り出していた。
後方では担任のレリアが腕を組み、アルとネーヴが「実験助手」として控えている。
「では、本日の授業は――」
レリアが一歩前に出て、黒板を叩いた。
「『ニンジン飴を使ったノーム維持実験・実地編』よ」
その瞬間、ドワーフ全員の目が、獲物を狙う肉食獣のように輝いた。
「「「やった!!!」」」 「「「飴だー!! おやつだー!!」」」
……まあ、そうなるわよね。
■ 残酷な通告
「勘違いされる前に言っておくけれど」
私は白衣のポケットから、オレンジ色に輝く飴の瓶を取り出し、目の前で振ってみせた。 カラン、といい音がする。
「この飴を舐めるのは、ノームです。 あなたたちじゃありません」
「……えっ」
グランの笑顔が、ガラス細工のように砕け散った。 続いて後ろの三人からも、絶望の音が聞こえた。
「飴……舐めません?」 「おやつ……じゃない?」 「甘い匂い、するのに……?」
「舐めたい気持ちは分かるけどね。 今日はノームが主役よ。あなたたちは『命令する側』。 ……まさか、自分の道具の燃料を飲む職人はいないわよね?」
四人の肩が、揃ってズーンと地底まで落ちた。 分かりやすすぎる。
アルが横から苦笑いでフォローに入る。
「みんな、聞いて。 今回の目的は、君たちの魔力が切れても、ノームが働き続けられるようにすることなんだ。 だから、エネルギー(飴)はノームに持たせる。 ……君たちが舐めたら、ただの『美味しい休憩時間』で終わっちゃうからね?」
「むぅ……」
「でも、成功したら凄いぞ。 三分で消えてたノームが、十分も二十分も働くかもしれない」
その言葉に、ロック(一番冷静な子)が顔を上げた。
「……十分?」
「そう。十分あれば、何ができる?」
「……石運び、三往復できる。 簡単な研磨なら、粗削りまで終わる」
「でしょ?」
ドワーフたちの目に、再び光が戻る。 食欲よりも、職人魂が勝ったようだ。単純で助かるわ。
■ 実演:ノームの暴走(制御済み)
「じゃあ、実演いくわよ。 ネーヴ、ノーム一号を」
「ん。一号、前へ」
ネーヴの指示で、赤帽子のノームが教壇に立つ。 私は、調整済みの「ニンジン飴(魔力効率特化型・鎮静成分入り)」を取り出した。
「見ててね。 これをノームに取り込ませると――」
パクリ。
ノームが飴を飲み込む。 一拍置いて。
ブゥン!!
ノームの全身が赤く発光し、その動きが倍速になった。 シュシュシュ! と残像を残しながら、黒板消しを高速で動かし始める。
「うおおおおお!!」 「はえぇぇぇ!!」 「光ってる! なんか強そうだぞ!?」
ドワーフたちが総立ちになる。エルフの生徒たちも目を丸くしている。
私は黒板に数字を書いた。
「現在、術者からの魔力供給はほぼゼロ。 ノームは飴のエネルギーだけで自律駆動しているわ」
レリアがストップウォッチを押す。
「経過時間、三分突破。 ……五分。 ……八分」
十分が過ぎた頃、ようやくノームの光が弱まり、動きが通常に戻った。
「記録、10分30秒」
静寂。 そして、爆発的な歓声。
「すげぇぇぇ!!」 「三分が十分になった!!」 「これなら……これなら、仕事になる!!」
ミーナが、自分の手をじっと見つめて震えている。
「私、魔力が少ないから……すぐにノームが消えちゃって、悔しかった。 でもこれなら、親方の手伝いができる……!」
その言葉に、私も胸が熱くなる。 「才能がない」と諦めかけていた子供たちに、「道具(技術)」で可能性を与える。 これこそが、研究者の本懐だ。
「ただし!」
私は指を立てて釘を刺した。
「飴は一日二個まで。 連続使用するとノームの核が焼き切れるわ。 道具のメンテナンスと同じ。酷使は厳禁よ。守れる?」
「「「はいっ!!」」」
最高の返事だ。
■ 教室の後ろの影
実験が盛り上がる中、ふと気配を感じて視線を上げた。
教室の一番後ろ。 扉の隙間から、じっとこちらを覗いている影が三つ。
私の研究所で働いている、ダークエルフの子供たちだ。 「荷物運びの手伝い」という名目で連れてきたが、どうやら授業が気になって仕方がないらしい。
(……興味あるのね)
その視線は、楽しそうに騒ぐドワーフやエルフたちに向けられている。 羨ましさと、少しの怯えが混じった目。
レリアも気づいたようで、私と目を合わせて小さく頷いた。
(焦らなくていいわ。 この「楽しそうなノイズ」は、きっとあの子たちにも届く)
チャイムが鳴る。
「――よし、今日の実験はここまで! ドワーフ組、飴のサンプルをあげるから、帰って親方に見せてきなさい! ……一つくらいなら、自分で舐めてもいいわよ」
「ありがとうございます!!」
ドワーフたちが飴(ノーム用)を大事そうに抱えて走り出す。 それを見て、アルが満足そうに笑った。
「……うまくいきましたね、リゼラさん」
「ええ。 子供の食欲を利用するつもりが、職人魂に火をつけちゃったみたいだけど」
私は白衣のポケットに手を突っ込んだ。
次のステップが見えた。 ドワーフが馴染んだなら、次はダークエルフだ。 そしてその先には――この学園が、本当の意味で「世界樹(すべての種族)」の学び舎になる未来がある。
「さあ、忙しくなるわよ。 次は『飴の量産ライン』の構築ね。ネーヴ、残業よ」
「……了解。 でも、夜食、プリンがいい」
「交渉成立」
賑やかな教室を後にしながら、 私は研究者として、そして「仕掛け人」として、静かにほくそ笑んだ。




