第2章 第18話 ニンジンキャンディ大作戦、あるいは「甘い賄賂」の使い道
(視点:リゼラ/特別研究棟主任)
「――ドワーフが、学校に?」
最初に聞いたとき、私は本気で持っていた試験管を取り落としそうになった。 中身が爆発性の劇薬じゃなくてよかったわ。
放課後の地下研究室。 珍しく紅茶の差し入れ(賄賂)を持ってきたレリアが、涼しい顔で爆弾を落としたのだ。
「ええ、“世界樹学園”によ。 最近は“ドワーフ学区”って呼ばれても否定できないくらい、足音がうるさくなってきたわ」
「名前の問題じゃないわよ……。 あの“机より金床の方が落ち着く種族”が、座学に耐えられてるの?」
「そこまで言わないであげて。 ……まあ、椅子に座るだけで褒められるレベルではあるけど」
レリアは苦笑しながら、テーブルに一枚のグラフを広げた。 魔力消費曲線と、ノームの維持時間。
「相談はこれよ。 ネーヴの授業で、ドワーフの子たちもノーム召喚に挑戦してるんだけど……」
私はグラフを覗き込む。 召喚成功率は高い。出力も高い。だが、維持時間が絶望的に短い。
「……3分。 カップラーメンが出来上がる前に消えるわね」
「ちなみにお湯を沸かす前に魔力切れで倒れる子もいるわ。 ドワーフは瞬発的な魔力放出は得意だけど、タンク(容量)が極端に小さいのよ」
「職人気質ねぇ。一撃入魂ってわけか」
「そこで、出てきた案がこれ」
レリアがポケットから出したのは、鮮やかなオレンジ色の包み紙。 甘い匂いがする。
「――ニンジンキャンディよ」
「……待ってました、その単語」
私は思わず口元を緩めた。 アルの母が遺した、あの「魔力過多ニンジン」。 それを濃縮し、飴にして、少しずつ魔力を摂取できるようにした加工品。
「アルたちの提案よ。 『自分たちの魔力が足りないなら、**外部バッテリー(飴)**を舐めながら作業すればいいじゃない』って」
「……なるほど。 飴なら、溶ける速度で魔力供給量を調整できる。 口に入れている間だけブーストがかかる“燃料電池”代わりってわけね」
私は頭の中で設計図を組み立てた。 いける。 ドワーフの強靭な肉体なら、多少の魔力負荷にも耐えられるはずだ。
「それで? 私への依頼は、『最適な配合の飴を作れ』ってこと?」
「ええ。 ドワーフの頑丈な歯でも砕けない硬度と、 エルフでも気絶しない程度の魔力濃度。 ……作れる?」
「愚問ね。 誰にものを言ってるの」
私はニヤリと笑った。 面白そうだ。魔力学の観点からも、教育的観点からも。
■ 先生の「お願い」
「……分かりました。 『ニンジンキャンディ大作戦』、引き受けるわ」
私が即答すると、レリアはホッとしたように肩の力を抜いた。
「助かるわ、リゼラ」
「ただし――」
言いかけた私を遮り、レリアが真剣な目でこちらを見た。
「待って。 条件を出すのは、私の方かもしれない」
「……珍しいわね。 あなたが私に条件なんて」
レリアは少し視線を泳がせてから、意を決したように言った。
「リゼラ。 あなたの研究所で働かせている、ダークエルフの子供たちがいるでしょう?」
私は眉をひそめた。 研究助手として雇っている、孤児の三人組だ。 手先が器用で、魔力感応もいい。影ギルド経由で保護した、身寄りのない子たち。
「……いるわね。それが?」
「もし、ニンジンキャンディがうまくいって、 ドワーフの子たちが学園に馴染んだら……
あの子たちも、私のクラスに入れさせてもらえないかしら?」
私は目を丸くした。 ダークエルフを、世界樹学園に? それはドワーフ以上に、政治的なタブーに近い。
「……本気?」
「ええ。 でも、学園側から『募集』なんてかけたら、あの子たちは警戒して来ないわ。 ハイエルフの学校なんて、敵地みたいなものだもの」
レリアは、私に頭を下げた。
「だから、あなたから誘って欲しいの。 『私の仕事の手伝いで、学校に行ってみないか』って。 あなたの口からなら、あの子たちも信じてくれる」
「……私を、ダシに使うってわけね」
「人聞きが悪いわね。 “信頼できる保証人”と言いなさい」
私は、しばらく黙ってレリアの顔を見た。 いつもの皮肉屋の仮面はない。 教師として、一人の大人として、本気で子供たちの居場所を作ろうとしている顔だ。
(……変わったわね、あなたも)
かつて「線を引かれる側」だった私たちが、 今は「線を消す側」に回ろうとしている。
「……分かったわ。 ただし、あの子たちが嫌がったら無理強いはしない。 まずは“見学”からよ」
「もちろん。それでいいわ」
「その代わり――」
私は意地悪く笑った。
「もし本当に三人とも送り出すことになったら。 ちゃんと、あなたの方からも一度くらい、 “来てくれてありがとう”って言ってあげなさいよ? あの子たち、ハイエルフにはビビってるんだから」
レリアは、照れくさそうに眉をしかめた。
「……善処するわ」
ハイエルフの“善処する”は、けっこうな決意だ。
私は立ち上がり、ニンジンの在庫表を手に取った。
「じゃあ、作戦開始よ。 ドワーフ用の『ガチガチ・ハード飴(噛み砕き防止仕様)』と、 ダークエルフ用の『集中力アップ・ソフト飴』。 ……ついでに、教師用の『胃薬入り飴』も作っておく?」
「一番数が要るのはそれかもね」
二人の笑い声が、地下の研究室に響いた。
いつか、“研究所の助手”じゃなくて、 “世界樹学園の生徒”として、あの子たちの名前を呼ぶ日が来る。
……それも悪くない未来だ。 私は試験管を振りながら、少しだけ楽しみな気分になった。




