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第2章 第17話 ドワーフ、初登校で机を疑う

(視点:レリア/第3教室担任)


 翌朝。  私はいつもより早く教室に入り、腕組みをして悩んでいた。


「……強度が、不安ね」


 今日から、東の工房の弟子たち――「ちびドワーフ」たちが試験的に授業に参加する。  繊細な彫刻が施されたエルフ仕様の優美な木製机。  あの子たちが座ったら、初日でまきになる未来しか見えない。


「おはようございます、先生」


 後ろの扉が開き、いつもの三人が入ってきた。  アル、リオ、そしてネーヴ。  ネーヴの足元には、今日も元気にノーム十体が整列している。


「おはよう。……ネーヴ、悪いけどノームに頼んで、後ろの席の机を『鉄板補強』しておいてくれる? あと椅子の脚も太くして」


「……了解。  ノーム、仕事。客人の席、頑丈に。耐荷重3倍で」


「アイアイサー!」


 ノームたちがわらわらと散らばり、カンカンと小気味よい音を立てて机を改造し始めた。  これで物理的な崩壊は防げるはずだ。


 アルが苦笑する。


「ついに始まりますね、異文化交流」


「ええ。机が壊れるか、私の胃が壊れるか、勝負よ」


■ 重戦車の登校


 予鈴が鳴る少し前。  廊下の向こうから、ズシン、ズシンという地響きが近づいてきた。  エルフの足音じゃない。重機だ。


 バンッ!!


 扉が悲鳴を上げて開く。


「お、おじゃましまーす!!」


 腹の底から出るデカい声。  入ってきたのは、髭だけは一人前の小さなドワーフの少年と、それに続く三人の子供たち。  全員、背中には自分の身長ほどもあるハンマーやツルハシを背負っている。


「ここが……世界樹の教室……!」 「すげぇ、本当に机だらけだ……!」 「鉄の匂いがしねぇ……!」 「先生、ここはどこですか!?」


 彼らの目はキラキラしているが、視点が完全に「施工業者」のそれだ。


「ようこそ、世界樹学園へ。  炉はないわ。まずは荷物を置きなさい。特にその凶器ハンマーはロッカーへ」


「えっ! 肌身離さず持ってろって親方に……」


「ここは戦場でも鉱山でもないの。教室よ」


 四人が揃って渋い顔をした。  まるで「パンツを脱げ」と言われたような抵抗感だ。


■ 座学という苦行


「自己紹介は手短に。名前だけでいいわ」


「オレ、ガルド! 親方の弟子です! 得意技は釘打ち!」 「オレはブロム! 石を見ると割りたくなります!」 「ミーナ! 将来の夢はネーヴさんみたいな魔導技師!」 「……ロック。研磨が得意」


 元気なのが三人と、静かなのが一人。  アルが小声で「ガルドさんと同じ名前だ……将来有望そうですね」と笑っている。


「よし、じゃあ席に着いて」


 私が言うと、彼らは一斉に机に手をつき――立ったままこちらを見た。


「……座りなさい」


「え、でも先生」  ガルド(小)が困った顔をする。


「座ると、力が入らないです」 「いつでも叩ける姿勢(腰を落とした状態)じゃないと、落ち着かないっていうか……」


「叩かなくていいのよ!」


 私は黒板を叩いた。


「今日の授業は『魔力と文字の基礎』。  使うのは腕力じゃなくて、頭脳よ。座って、ペンを持ちなさい」


 ドワーフたちが「うへぇ」という顔で、しぶしぶ椅子に座る。  ギシッ……  椅子が悲鳴を上げたが、ノームの補強のおかげでなんとか耐えた。


■ 壊さずに知る授業


「じゃあ、まずはこの図を見て」


 私は黒板に、簡単な「魔力回路」の図を描いた。  エネルギーが入り、変換され、出力される流れ。


「道具を作る時、あなたたちは経験と勘で打っているでしょう?  でも、魔導具は違う。  この『流れ』を理解していないと、魔石を入れた瞬間に爆発するわ」


 ドワーフたちが食い入るように図を見る。  ……が、5分もしないうちに貧乏ゆすりが始まった。


 ガタガタガタガタ……


「……先生! 質問!」  ガルド(小)が手を挙げる。


「この矢印、ノミで机に彫っていいですか!」


「ダメに決まってるでしょ! 紙に書きなさい!」


「紙だと手応えがなくて……」 「慣れなさい」


 前途多難だ。  彼らは「触って、壊して、覚える」種族なのだ。「見て、書いて、覚える」というプロセス自体がストレスらしい。


 そこで、ネーヴが手を挙げた。


「……先生。提案」


「なに?」


「図だけ、つまらない。  実物、見せる」


 ネーヴが指を鳴らすと、ノームの一体(赤帽子)が教壇に登った。


「ノーム、分解モード」


 言うが早いか、ノームの体がカシャン、と音を立てて展開した。  胸部の装甲がパカリと開き、中の魔力核と、光るライン(回路)が露わになる。


「うおおおおお!!」  ドワーフたちが総立ちになる。椅子が倒れる。


「すげぇ! 中身どうなってんだ!?」 「あそこのギア、噛み合わせが神懸かってる!」 「ここを叩けば出力上がりそうだぞ!」


 ネーヴは淡々と言った。


「……これ、教科書。  触っちゃダメ。見るだけ。  中の光の道筋、紙に描いてみて。  正確に描けたら……一回だけ、触らせてあげる」


 その一言の効果は絶大だった。


 ドワーフたちが、息を呑んでノームの中身を見つめる。  そして、震える手でペンを握り、紙に向かった。


 叩きたい。分解したい。中身を引っ張り出したい。  その衝動を必死に抑えながら、彼らは「観察」し、「記録」しようとしている。


「……ここが、こう繋がって……」 「あ、光が回った……!」


 教室に、カリカリというペンの音だけが響く。  (筆圧が強すぎて紙が破れそうだけど、今は不問にしましょう)


 エルフの生徒たちも、その熱気に当てられたように、真剣にノートを取っている。


(……悪くないわね)


 私は教卓に肘をついて、その光景を眺めた。  「座学」は彼らにとって苦行かもしれない。  でも、「知りたい」という欲求が勝れば、彼らは机の上でも戦える。


■ 教室の後ろの参観者


 チャイムが鳴る。


「――よし、ここまで!」


 ドワーフの子たちが、一斉に「ぷはーっ!」と息を吐いて机に突っ伏した。


「つ、疲れた……ハンマー振るより疲れる……」 「でも、なんか分かった気がする!」 「帰ったら親方の魔導炉、覗いてみようぜ!」


 その様子を、教室の後ろ扉の隙間から覗いている影があった。  セリナと、トルノスだ。


「……どう? 東の匠」  セリナが小声で聞く。


 トルノスは腕を組んだまま、鼻を鳴らした。


「……悪くねぇな。  ハンマーだけの職人は二流だ。  頭で描いて、手で形にする。それができりゃ、あいつらは俺を超えられる」


「素直じゃないねぇ。  レリア先生にお礼言わなくていいの?」


「うっせぇ! あとで酒の一本でも送っときゃいいだろ!」


 トルノスは顔を背けて、逃げるように廊下を歩き去っていった。  その背中が、少しだけ嬉しそうに見えたのは気のせいではないだろう。


 私は窓を開け、新鮮な空気を入れた。  エルフと、人間と、魚人と、ハーフと、ドワーフ。  種族も文化も違う子供たちが、同じ教室で、同じ図面を覗き込んで笑っている。


 この騒がしさこそが、  きっと「世界樹」が求めていた栄養なのだ。


「さあ、次の時間は移動教室よ!  ドワーフ組、ハンマー持参許可! ただし廊下で振り回さないこと!」


「「「うおおおおお!!」」」


 野太い歓声が、静かな学園を揺らした。

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