第2章 第15話 妖精大陸随一(偏りアリ)世界樹学園、あるいは「境界線」を消す相談
【本文】 (視点:レリア/第3教室担任)
「先生。この学校には『構造的な欠陥』があります」
放課後。 夕日が差し込む職員室に現れたアルは、開口一番、生徒の相談とは思えないセリフを吐いた。
「……あなたね。そういうのは『生徒の悩み相談』じゃなくて『監査官の指摘』って言うのよ」
私は書類から顔を上げ、ため息をついた。 目の前の少年は、いつもの人懐っこい笑顔だ。
けれど、その目はドワーフをみているような、完全に「現場のボトルネック」を見定めているエンジニアの目だ。
「すみません。ついきになってしまって。」
アルは悪びれもせず続けた。
「率直に伺います。 『大陸随一の学び舎』と謳われていますが、なぜここにはエルフとハイエルフしかいないんですか? 多様性がなさすぎます。これじゃあ、技術も思想も混ざりません」
……痛いところを突くわね。 私はペンを置き、紅茶を一口すすった。
「いいわ。理由は大きく分けて3つある。聞きたい?」
「ぜひ」
「1つ目は、エルフの自立性よ」
私は指を一本立てた。
「妖精族は、基本的に『頼らなくても生きていける』の。 長寿で、魔力もあって、森がある。困っても『誰かと協力しよう』より『長い時間をかけて自分で解決する』を選ぶ。 だから、学校という『集団学習システム』自体、彼らにとっては少し異質なものなの」
「なるほど。個が強すぎる弊害ですね」
「2つ目は、ドワーフの気質」
私は二本目の指を立てる。
「彼らは、机より金床が好きなの。 『教科書を読む暇があったら鉄を打て』が彼らの教育方針。 東の匠トルノスを見れば分かるでしょう?」
アルが苦笑する。「たしかに、あの工房こそが彼らの学校ですね」
「そして3つ目。ダークエルフの立場」
私は声を少し低くした。
「彼らから見れば、ここは『ハイエルフが上に座って、歴史を隠蔽している場所』よ。 わざわざ敵の本丸に学びに来る酔狂な子はいないわ」
アルは頷いた。 その顔は「合理的ですね」と言っている。 けれど、その目は「納得」していなかった。
「……先生。 それでも、先生はここを“混ざる場所”にしたかったんですよね?」
ドキリとした。 私の心の奥底にある、埃をかぶった「夢」を、土足で踏み込まれた気がして。
「……どうしてそう思うの?」
「だって、先生のクラス編成、めちゃくちゃ楽しそうにしてるじゃないですか」
アルは窓の外、世界樹を見上げた。
「それに、ドワルガ先生から聞きました。 5年前、先生たちが酒場で語り合った『夢』の話を」
――5年前。 まだ私が王宮で退屈していた頃。ドワルガ、セリナ、トルノス、そして私で飲んだ、あの夜。
『偉い奴らは勝手に線を引く。国境だの、種族だのな。 だから、“線の上”を歩く場所が一つくらい要るだろ』
ドワルガが酔っ払って叫んだ。
『じゃあ私は“線の下”の子を拾うわ』 セリナが笑って言った。
『線なんざ、削って消してやる』 トルノスがハンマーを叩きつけた。
そして私は――『なら私は、“線がない場所(学校)”を作るわ』と言ったのだ。
「……よく知ってるわね、あの偏屈たち」
私は苦笑した。 種族も、身分も関係なく。ただ「知りたい」という気持ちだけで繋がれる場所。 それが、私の作りたかった世界樹学園だ。
「でも現実は、耳の長さが違うだけのエルフ学園よ。 ……笑い話でしょう?」
自嘲する私に、アルは静かに首を横に振った。
「笑いませんよ。 だって先生のクラス、もう変わり始めてるじゃないですか」
ハッとして顔を上げる。
「僕と、魚人のリオと、ドワーフハーフのネーヴ。 この三人が混ざっただけで、あんなに騒がしくなったんです。 ……もし、ここに本物のドワーフや、ダークエルフの子が加わったら?」
アルは、悪戯っぽく笑った。 それは、何かを企む時のドワルガやセリナと同じ顔だった。
「もっと“効率よく”、世界が変わると思いませんか?」
「……あなたねぇ」
私は呆れつつも、胸が高鳴るのを止められなかった。 この子は、「理想」を語っているんじゃない。「計算」しているのだ。 混ぜたほうが、化学反応が起きて面白いことになる、と。
「もし、ドワーフの親方や、ダークエルフの研究者が 『弟子を預けたい』って言ってきたら…… 先生、受け入れてくれますか?」
「当たり前でしょう」
私は即答した。 迷いはなかった。
「私は教師よ。学びたいと来る者を拒む理由はないわ。 ……それが、どんなに騒がしい連中だとしてもね」
「言質、取りましたよ」
アルが一礼して部屋を出て行く。 その背中には、「よし、仕込み完了」という声が聞こえてきそうな雰囲気が漂っていた。
(……やれやれ。 また私の胃薬が増えそうだわ)
でも、不思議と気分は悪くない。 5年前の夜に描いた「線のない地図」が、 この子たちの手で、ようやく色を持ち始めた気がした。
「さあ、来るなら来なさい。 世界樹学園の門は、いつだって開けて待っててあげるから」
私は残りの紅茶を飲み干し、 明日の「騒音」に備えて、覚悟を決めた。




