第2章 第14話 規格外のペットと、増殖する小人、あるいは「楽しい」というノイズ
「――今日こそは、ちゃんと“普通”の授業をするからね。いいわね?」
私が教卓をバンと叩いて宣言した瞬間、教室の空気が、わずかに「えー」という色に揺れた。
うん、自覚はあるわよ。 この二週間、人間の留学生が謎の精霊を呼ぶわ、ノームが勝手に教室の修繕を始めるわで、「精霊学」の授業が「びっくり人間ショー」と化していたことは。
私は白墨をくるりと回し、黒板に大きく書き殴った。
『本日の目標: 1.幼精霊の安定化 2.精霊と魔力の「流量」を合わせる 3.勝手に進化させない(※最重要)』
最後の一行を書いた時、一番後ろの席から「……うっ」という小さな声が聞こえた。 ネーヴね。自覚があるようでよろしい。
■ 育ちすぎた「ハネ」
「じゃあ、アルくん。まずは前回呼んだ幼精霊さんの様子、見せてもらえる?」
「はい、先生」
アルが席を立ち、教室中央に出る。 彼は胸の前で静かに手を合わせ、少し目を閉じてから呼びかけた。
「――おはよう。出ておいで」
ぱちっ、と空気が弾ける音。 光の粒が集まり、羽を持った影がひらりと現れた。
……ひらり、というより、バサァッ!! という音がした。
「……ちょっと待ちなさい」
私は思わず前のめりになった。 アルの肩に乗っているのは、教科書に載っている「手のひらサイズの可愛らしい光の羽根」……のはずだった。
だが今、そこにあるのは、鷲か鷹くらいのサイズがある「発光する謎の翼」だ。 しかも、質量を感じるほど魔力が濃い。
「先週の三倍はあるわよね、それ?」
「すみません。毎朝『魔力くれ』ってせがまれるんで、つい……」
アルが苦笑いしながら頭をかく。 その肩の上で、フワ(仮名)が「ピィー!!」と太い声で鳴き、翼を広げた。
ブォン!
風圧で最前列の生徒の教科書がめくれ上がり、私の前髪が乱れる。
「……あなたの魔力タンク、どうなってるのよ」
普通、幼精霊にこれだけの魔力を食わせたら、術者のほうが干からびるわよ? なのにアルは「ちょっと肩が凝るな」くらいの涼しい顔だ。
(……この子、内面では『供給コスト』とか『燃費』とか考えてるくせに、実際はジャブジャブ与えてるわね)
「名前は決まった?」
「あ、はい。そのまま『フワ』で」
「……そのサイズと風圧で『フワ』は、もはや詐欺じゃない?」
クラスのエルフたちがクスクス笑う。 フワは気に入らないのか、アルの頬を翼でぺちぺち叩いている。 完全に「飼い主とペット」、それも「甘やかされた大型犬」の距離感だ。
■ ノーム十体、現場入り
「では次、ネーヴ」
名簿に目を落として点呼を取ろうとした、その時。
ガララララッ!!
返事の代わりに、教室の引き戸が勢いよく開いた。
「――おはよう。ごめん。遅刻」
髪はぼさぼさ、目の下にうっすらクマを作ったネーヴが、ふらりと入ってくる。 その肩には、ノームが三体ぶら下がっている。
「工房、徹夜?」 「トルノスのところ。魔力回路、千本ノック」 「……生きてる?」 「ギリギリ」
そのやりとりの間に、残りのノーム七体が後ろの扉からぞろぞろ入ってきた。 手にはそれぞれ、白墨、黒板消し、指示棒を持っている。 ……完全に「現場入り」の動きだ。
「おい、勝手に教壇を占拠するな!」
ノームの一体(赤帽子)が私の机によじ登り、白墨を掲げた。 そして、黒板の空きスペースに、さらさらと図面を描き始めた。
――魔力回路の図だ。しかも、教科書より正確な。
「……ネーヴ。これ、教えた?」
私が聞くと、ネーヴは席に着きながらあくび交じりに答えた。
「半分くらい。あとは自分で覚えた。 こいつら、優秀。……自律学習してる」
ネーヴが席に着くと、ノームたちが甲斐甲斐しく肩を揉んだり、教科書を開いたりし始めた。 完全に「姫と下僕」……いや、「現場監督とベテラン作業員」の構図だ。
■ 「魔石いらない世界」
教室の視線が、一斉にネーヴとノームたちに集まる。 いつもは無関心なハイエルフの生徒の一人が、恐る恐る手を挙げた。
「あの……ネーヴさん。 その精霊たちを使って、何をするつもりなの?」
それは、純粋な疑問だった。 精霊を「友」とするエルフにとって、精霊を「作業員」として使う発想はあまりに異質だからだ。
ネーヴは、眠そうな目をこすりながら、ぼそりと言った。
「……作る」
短く、しかしはっきりと。
「精霊、守る。人も守る。 魔石、いらない世界、作る」
その言葉に、教室の空気が一瞬だけ、しんとした。
魔石。 この大陸のエネルギー源であり、同時に争いの火種。 それを「いらない」と言い切る少女と、それを支える十体の精霊。
「……いいわ。ネーヴ」
私は静寂を破った。
「その『いらない世界』、精霊たちも喜ぶようにしてちょうだい。 魔石を否定して精霊を酷使したら、本末転倒だから」
ネーヴは小さく頷いた。
「わかってる。 こいつら、相棒。道具じゃない」
ネーヴが言うと、ノームたちが一斉に「オウ!」と拳を突き上げた。 ……可愛いけど、やっぱりちょっとうるさいわね。
■ 楽しいというノイズ
その後も授業はカオスだった。
アルとフワの「魔力綱引き(制御訓練)」は、フワが強すぎてアルが引きずり回される展開になり。 リオの「高速記録魔法(速記)」は、水文字が暴発して前の席の子を濡らし。 ネーヴとノームによる「椅子のネジ締め直し巡回」は、静かな教室に電動工具のような音を響かせた。
チャイムが鳴り、生徒たちが帰り支度を始める頃には、教室の空気はすっかり緩んでいた。
教壇の前に残ったのは、アルたち三人。
「先生」
アルが、少しだけ照れたように言った。
「……なんか、すごく楽しいです」
「精霊学、そんなに好き?」
「はい。 魔力の使い道を、初めてちゃんと教えてもらってる気がします。 前の学校(王都)では、『戦うため』の使い方ばかりでしたから」
その一言で、胸の奥がじんわり温かくなった。 ああ、そういえば私、元々はこういう顔を生徒たちにさせたくて教師になったんだった。
「……そう。なら、合格よ」
窓の外で、世界樹の枝がざわざわと揺れる。 その揺れが、ほんの少しだけ軽く見えた。
私は白墨をくるりと回し、黒板の端にこっそり書き足した。
『備考: ・人間留学生:魔力おばけ。精霊が巨大化。 ・ドワーフハーフ:ノームを社員化。 ・このクラス、たぶん世界を変える』
「先生、最後の一行、見えてますよ」 リオが的確にツッコミを入れる。
「見せたのよ」
私は小さく笑った。
静かすぎた森に、ノイズが混じる。 「楽しい」と「おかしい」と「すごい」が混ざった、賑やかなノイズ。
それが、世界樹に溜まっていた「無関心」という澱みを、少しずつ、かき混ぜてくれている気がした。




