第2章 第13話 遠く離れて、同じ鍋の匂い
(視点:ドワルガ/王国軍参謀室)
「……書類は増えてほしくないが、手紙だけは別腹だな」
深夜の参謀室。 つい独り言を漏らすと、向かいのソファからクスクスという笑い声がした。
「はい本日の名言でた。“書類は毒、手紙はおやつ”。メモしとこ」
セリナだ。いつものように勝手に侵入し、私の秘蔵の酒を開けている。 ドレスの裾を乱し、ソファに投げ出した白い足が、ランプの光に艶めかしく浮かんでいる。 行儀が悪い。だが、絵になるから腹が立つ。
机の上には封筒が二通。 一通は、きっちりした封蝋の**ヴェルトラン(北の領地・執政)**からの正式報告書。 もう一通は、インクじみと謎の焦げ跡がついた、アルからの私信。
ヴェルトラン報告:氷の国が「熱の都」へ
私はまず公務から開封した。
『宛先:ドワルガ参謀殿 北部領地 復興計画・第三期完了報告を提出いたします。』
セリナがグラス片手に横から覗き込む。甘い香りが漂う。 「“北部領地”って響き、もう辺境の寒村じゃないわよね」
ページを捲る。 そこに書かれていたのは、かつての廃墟からは想像もつかない「文明」の姿だった。
【インフラ部門:中央熱供給プラント(ボイラー棟)、本稼働】
『アル殿が渡航前に残した設計案に基づき、地下から湧く石油・天然ガスを熱源とする大規模ボイラーシステムが完成。 地下パイプラインを通じ、居住区全域への**「温水・蒸気供給」**を開始した。』
「……やったわね。ついに」
私は息を吐いた。 電気のないこの世界で、彼らは「熱」と「圧力」で冬を征服したのだ。 報告書には、その恩恵が列挙されている。
全戸床暖房: 凍える冬の夜も、室内は春の陽気。薪割りの重労働から解放され、凍死者はゼロ。
融雪道路: 地下を通る温水パイプの余熱で、メインストリートの雪は自動で溶け、物流が止まらない。
ガス街灯: 夜の街を明るく照らす、魔石を使わない「消えない灯り」。
「すごいわねぇ……。これ、王都より進んでるんじゃない?」
「方向性が違うだけよ。 あっちは“生き残るために”技術を全部突っ込んだ結果だ。 ……ネーヴの魔導技術と、ドワーフたちの工業力、そしてアルの『出所不明の知識』が悪魔合体した結晶ね」
私は報告書の図面を指でなぞり、苦笑混じりに呟いた。
「……私、アイデア勝負なら負けない自信があったんだけどね。 上には上がいるって、思い知らされたわ」
15歳の子供たちが、大人が何百年もかけて到達できなかったインフラを、たった数年で組み上げてしまった。 その発想の柔軟さと、実現への執念には脱帽するしかない。
(……ただ、そのデタラメな知識を「魔力と科学の融合理論」として現実に落とし込んだのは、私だけどね)
そこだけは譲れない。 アルの妄想じみたアイデアを、物理法則と魔力理論の狭間で成立するように翻訳し、基礎設計を叩き込んだのは私だ。 その点に関しては、私以上の適任はいなかっただろうという自負はある。
最近では、視察に行った中央の役人が「快適すぎて帰りたくない」と駄々をこねる事案が発生しているらしい。 まったく、どこの田舎の温泉宿よ。
農業と、新たな特産品
続いて農業の欄。
『**全天候型巨大温室**の稼働により、冬期の野菜栽培に成功。 レインボーニンジンは通年収穫が可能となった。』
そこには、新商品のリストもあった。 ・乾燥ニンジンチップス(携帯食) ・高濃度ニンジンシロップ ・燻製魔獣肉(スチーム仕上げ)
「……商売っ気も出てきたわね」
「影ギルド経由で注文が殺到してるわよ。特に“温室育ちの薬草”は高値で売れる。 アルくん、帰ってきたら大金持ちかもね」
セリナが笑う。 かつて貧困にあえぎ、戦争の火種になりかけた土地が、今や富を生み出す「生産拠点」になりつつある。
最後には、地味に胸に刺さる一文。
『——以上。 当領地は“再興中”の段階を脱し、“自立発展”のフェーズへ移行したと判断する。 留守を預かる身として、彼がいつ帰還しても恥ずかしくない土台は整った。』
「……やるな。ヴェルトラン」
私は報告書を閉じた。 肩の荷が、また一つ降りた気がした。
アルの、相変わらずの手紙
ここで、セリナがくいっと顎を上げる。 「じゃ、おやつの時間ね?」
アルからの手紙を開く。 開いた瞬間、懐かしい字が目に飛び込む。
『ドワルガ先生へ お元気ですか。僕は元気です。 元気すぎてリゼラ先生に怒られました。 (追伸:レリア先生も最近、よく笑うようになりました。怒る時も笑顔なので逆に怖いです)』
「……向こうでもやってるのね」
手紙には、妖精大陸での近況がぎっしりと書かれていた。
精霊魔法の基礎は終わったこと。 ネーヴがトルノスの弟子になり、ノーム十体と工房を占拠していること。 リオがエルフたちに「魚料理」を布教して人気者になっていること。 そして、ルシアと共に「魔樽」の研究を進めていること。
『こっちには、すごい技術と素材が山ほどあります。 先生、帰ったらお土産(設計図)をたくさん持っていきますね。
特に、**「魔力を動力に変える変換器」の構想…… これがあれば、北の蒸気機関をもっと効率よく、 それこそ「自動で動く馬車(自動車)」**だって作れるかもしれません。』
「……また変なものを思いついているわ」
私は額を押さえた。 あの子の頭の中には、この世界の常識をひっくり返す設計図が何枚入っているのやら。
「でも、楽しそう」 セリナが目を細める。 そして、ふと思い出したように言った。
「ねえ、レリアも随分変わったみたいじゃない? アルくんの手紙、あの子とのやり取りがすごく楽しそう」
「……そうね。 あの堅物が、生徒に振り回されて笑ってるなんて想像もつかないわ」
「ふふっ。 昔のドワちゃんみたい。 無反応だった人形が、熱を持って動き出した感じ」
「……一緒にしないでちょうだい」
私はぶっきらぼうに返しつつ、グラスを傾けた。 7年前。絶望して心を閉ざしていた私を、無理やりこじ開けたのはセリナと、あの子だった。 レリアも今、同じ熱に触れて、止まっていた時間を動かし始めているのだろう。
遠い空の下で
手紙の最後は、こう結ばれていた。
『先生。 領地の報告、ヴェルトランさんから聞きました。 温室で育ったトマト、美味かったそうです。
僕がいなくても、あそこはもう大丈夫ですね。 それが少し寂しくて、でも、すごく嬉しいです。
僕も負けていられません。 胸を張って“ただいま”と言えるように、 こっちで出来ること、全部やってから帰ります。
アルより』
読み終えた手紙を、丁寧に畳む。
「……成長したわね」
「うん。 もう『守られるだけの子供』じゃない」
セリナが新しいボトルを開ける。 ポン、と軽快な音が響いた。
「ねぇドワちゃん」 「なんだ」
「北の領地は、熱と蒸気の街になった。 妖精大陸では、魔導と自然の融合が進んでる。 ……世界、本当に変わっちゃうかもね」
「変えるのよ。あの子たちが」
私はグラスを受け取り、窓の外の月を見上げた。
遠く離れた妖精大陸でも、きっと同じ月を見ているだろう。 そして北の領地でも、温かい部屋の窓から、誰かがこの月を見上げているはずだ。
場所は違っても、 同じ志の匂いがする。
「……乾杯」
「うん。あの子たちの、止まらない悪巧みに」
カチン。 澄んだ音が、夜の参謀室に響く。
私の「おやつ(手紙)」の時間は終わり。 さて、あの子たちが帰ってくるまでに、 王都の地盤(大人の仕事)をもう少しマシにしておかないとね。
私は飲み干したグラスを置き、 明日のためのペンを執った。




