表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
67/97

第2章 第12話 魔樽試作一号、あるいは「いただきます」の封入式

(視点:レリア/第3教室担任)


「——そのニンジン、また叫ぶんだろ?」


 開口一番、トルノスが嫌そうな顔で言った。  髭についた鉄粉を払いもせず、極彩色の山を睨みつけている。


 ここは妖精大陸・東区の鍛冶工房街、その最奥。  “東の偏屈”こと、トルノス・ストーンヤードの工房だ。


 作業台の上には、アルたちが収穫してきた二種類のニンジンが積まれている。  片や、ン〜〜〜♪ と重低音でハミングするマンドラゴラニンジン。  片や、キィィィン…… と高周波を放つ結晶ニンジン。  混ぜるな危険、という言葉がこれほど似合う光景もない。


「今日は叫ばせません」  アルが胸を張って言う。


「お前なぁ、前置きがもう不穏なんだよ」  トルノスが眉間の皺を深くする。


 私は隣でメモを取りながら、苦笑した。  学園で起きた「いただきます事件」の噂は、どうやらここまでは届いていないらしい。


魔樽一号、準備完了

「よし。樽はできてる」


 トルノスが工房の奥から、小ぶりな樽をドン! と台に乗せた。  材質は、リゼラが議会をねじ伏せて(脅して)手に入れた**「世界樹の生木」**。  表面には複雑な魔力回路が彫り込まれ、鈍い光を放っている。


「内側にネーヴ設計の循環紋を刻印済みだ。  魔力導線は渦巻き型、魔素は中心に集まる構造。  こいつにニンジンをぶち込んで一年寝かせりゃ、“魔石代わりの魔力酒”になる……予定だ」


「予定、ですか?」


「魔石ってのは死者の魂の結晶だ。  だがこいつは、生きたまま魔力を蓄える“野菜”だ。理屈は合ってるが、前例がねぇ」


 トルノスの足元では、ネーヴの召喚したノーム十体が、  チョコマカと動き回り、台を磨き、ナイフを並べている。


「ノーム、整列」  ネーヴがボソッと言うと、


「ハイ!」「ハイ!」「ハイ!」  小さな精霊たちが包丁台の端にビシッと一列に並んだ。  その手には、魔力を遮断するミスリルの包丁が握られている。


(……相変わらず、かわいいわねこいつら)


「いただきます」の魔力

「じゃ、仕込みを始めるか」  アルがニンジンの入った木箱に手を入れる。


 私は反射的に耳をふさぎかけた。  あの日の鼓膜が裏返るような絶叫が、脳裏によみがえる。


 アルが、歌っているニンジン(紫)を掴む。


「…………キュ……」


 かすかな音。  あの日よりは小さいが、確かに“泣き出す5秒前”の空気だ。  トルノスが身構える。


 アルはニンジンを両手で支え、慈しむように目を閉じた。


「——いただきます」


 静寂。


 さっきまで張り詰めていたニンジンの魔素が、  ふっ、と緩んで落ち着いたのが分かった。  ハミングが止まり、ただの(光る)野菜に戻る。


「……おい」  トルノスが目を見開く。 「叫ばねぇな」


「前と同じ反応です」  アルが少し照れたように笑う。


「命をもらうときは、ちゃんと感謝してから。  僕の前の世界の習慣ですけど、このニンジンたちには、それが一番効くみたいで」


「感情と魔力の共鳴……か」  私は呟いた。


 ハイエルフは理屈と効率ばかり追いかけてきた。  ドワーフは技術と素材を信じてきた。  けれど、この野菜は“感謝”なんて曖昧なものに反応して、その身を差し出す。


(……歌といい、ニンジンといい。  私たちが忘れていた“何か”を、この子たちは持っているのね)


共同作業

「よし、じゃあ解体すっぞ!」  トルノスが号令をかける。 「ノーム、配置!」


「アイアイサー!」


 ネーヴが無言で包丁を構え、凄まじい速度でニンジンを刻んでいく。  その横で、アルが一本一本に手を添え、言葉を送る。


「今日もいただきます」 「力を貸してね」 「美味しくなれよ」


 そのたびに、ニンジンから立ち上る魔素のノイズが、  金色の粒子になって穏やかに漂い始める。  リゼラが、結晶ニンジンを慎重に砕き、マンドラゴラの破片と混ぜ合わせる。


 刻まれたレインボーニンジンが、樽の中に次々と落ちていく。  赤、黄、緑、紫。  そして透明な結晶の輝き。  色ごとに違う魔力の波形が、世界樹材の内側で混ざり合う。


「芯はここだ」  トルノスが樽の中央を指差す。 「ここに魔力が集まる。アル、お前の魔力で“起動(種火)”を入れろ」


「はい!」


 アルが樽の上に手をかざす。  彼の中にある規格外の魔力が、細く絞られて流れ込む。


 ボウッ……


 樽全体が、呼吸するように一度だけ大きく輝いた。  内側から温かい光が溢れる。


「——よし。一発で馴染んだな」  トルノスがニヤリと笑う。


「この樽が“魔石の代わり”になるなら、  死者から奪わなくていい。魔獣を殺さなくて済む。  ……馬鹿みてぇに時間はかかるが、俺はそっちのほうが好きだ」


 その言葉に、私は胸のどこかがチクリとした。


(……そうね。  効率だけを求めて、心を削ぎ落としてきた私たちへの、これは痛烈な皮肉だわ)


封印と、小さな声

「封印するぞ」  トルノスが木栓を手に取る。


「アル」 「はい」


弟子候補ネーヴ」 「……ん」


「そして女王さん」 「レリアでいいわよ」


「よし。じゃあ三人でやれ。  この樽は“お前らの仕事”だ」


 私たちは顔を見合わせ、木栓に手を添えた。  アルの手が温かい。ネーヴの手はひんやりしている。


「——せーの」


 グッ、と押し込む。  最後にトルノスがハンマーで軽く叩く。


 コンッ


 樽の中から、  コポ……と、かすかな水音が返事をした。  まるで、赤ん坊の寝息のような、穏やかな音。


「これにて、“魔樽試作一号”仕込み完了だ!」


 トルノスが誇らしげに宣言する。


「一年後、ちゃんと魔力酒になってりゃ大成功。  まずは俺たちで毒見だ。  人間や獣人に飲ませるのは、そのあとだな」


「アル、どう?」  私が尋ねると、彼は樽の表面に耳を当てていた。


「……ちゃんと、喜んでる気がします」


 そう言って、柔らかく笑った。


「土から抜かれるのは怖かったけど、  誰かに“いただきます”って言われて、  樽の中で“誰かを助ける力”になれるなら、  それはそれで、悪くないって」


「野菜の声まで聞こえるようになったの?」


「気のせいかもです」


 アルは肩をすくめる。  ……でも、その“気のせい”を笑い飛ばせないくらい、  工房の空気は温かかった。


 世界樹の枝で作った樽。  歌うニンジン。  そして、種族を超えた“いただきます”の感謝。


 それらが混ざり合って生まれるお酒は、  きっと、とびきり優しい味がするはずだ。


「……一年後が楽しみね」


 私はメモ帳を閉じ、  色とりどりの野菜くずが散らばる作業台を見て、ふっと微笑んだ。


 魔石に代わる、新しい「命の器」。  それが今、ここで静かに眠りについたのだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ