第2章 第11話 魔石とニンジン酒、あるいは「生きた魔力」の貯蔵法
(視点:リゼラ/特別研究棟主任)
工房の炉はじりじりと赤く光り、鉄と石の焼ける匂いが充満している。 トルノスは、分解したペンダントの図面を横にのけ、アルが持ち込んだ二つの木箱へ視線を移した。
「――で、魔石の代わりを作りてえ、って話だな」
トルノスは、ごつごつした指で髭を撫でた。 その瞳は、職人特有の冷徹さで対象を見定めている。
「結論から言うぞ。魔石を人工で作るなんざ、無理だ」
きっぱりと切り捨てられた。 アルが少し肩を落とす。
「無理、ですか」
「ああ。魔石ってのはな、いわば**“魂の燃えカス”**だ」
トルノスの声が低く、重く響く。
「人間の墓を掘れば、砂粒みてぇな魔石が出る。 高位のエルフやドラゴンの墓なら、純度の高いでかい魔石が出る。 長い時間をかけて、命が結晶化したもの……それが魔石だ。 だからこそ、人工で作るってのは“魂の偽造”だ。神の領分に踏み込むことになる」
工房に重い沈黙が落ちる。 魔族が生きる糧としているものが「誰かの魂の痕跡」であるという事実は、技術屋たちの良心を揺さぶるには十分だった。
だが、私は白衣のポケットから手を出し、静かに言った。
「……いいえ。可能性なら、あるわよ」
私はアルに合図した。 アルが二つの木箱を開ける。
二種類のニンジン
一つ目の箱(B・C区画産)。 中には、丸々と太った極彩色のニンジンたちが詰まっている。 ン〜〜♪ と低いハミングを奏で、時折モゾモゾと動く。
「こっちは『マンドラゴラ化』したニンジン。 魔力を吸って、半ば生物化しているわ。生命力の塊ね」
二つ目の箱(D区画産)。 中にあるのは、透き通ったクリスタルのようなニンジンだ。 音もしない。動かない。 ただ、周囲の空気が歪むほどの高密度な魔力を放っている。
「こっちは『結晶化』したニンジン。 私の培養液で限界まで魔力を詰め込んだ結果、物質の限界を超えて鉱物に近づいたものよ」
トルノスがルーペで結晶ニンジンを覗き込む。
「……すげぇな。純度は魔石並みだ。 だが、これじゃあただの『爆弾』だぞ。 魔力がパンパンに詰まってるだけで、安定してねぇ。触れば暴発する」
「そう。そこが問題だったの」
私は空中に指で魔法陣を描いた。 緑色の光が集まり、手のひらサイズの妖精が現れる。 木の精霊、ドライアドだ。
「ねえ、これを見てどう思う?」
ドライアドは、結晶ニンジンに近づき、恐る恐る触れた。 そして、フルフルと首を振った。
『……冷たい。 すごい力だけど、空っぽよ。 “心”がないわ』
次に、歌うマンドラゴラニンジンに触れる。 ニンジンがくすぐったそうに身をよじった。
『こっちは熱い! うるさいけど、“生きてる”わ。魂の音がする』
私はドライアドを戻し、ニヤリと笑った。
「聞いたでしょう? 結晶ニンジンは『魔石に近い密度(器)』を持っているけど、中身を繋ぎ止める『魂』が足りない。だから不安定で、魔力を留めておけない。 逆に、マンドラゴラニンジンは『魂』はあるけど、『密度』が足りない」
アルが、ハッとして顔を上げる。
「……まさか、先生」
「そうよ、アルくん」
私は二つのニンジンを並べた。
「足りないなら、足せばいい。 **『結晶(器)』と『マンドラゴラ(魂)』**を混ぜ合わせるのよ」
ネーヴが、工具の手を止めて呟いた。
「……混ぜる? 固体と固体。混ざらない」
「物理的に混ぜるんじゃないわ。溶かすのよ」
私は宣言した。
「酒にするの。 結晶ニンジンとマンドラゴラニンジンを一緒に漬け込み、発酵させる。 液体の中で時間をかけて、二つの性質を融合させるのよ」
魔樽計画
トルノスが、顎を撫でながら唸った。
「……発酵、か。 理屈は通るが、そんなデタラメなエネルギーを受け止められる容器(樽)があるか? 普通の木樽じゃ、内側から溶けて終わりだぞ」
「あるわよ。この妖精大陸にだけ」
私は窓の外、森の中心にそびえる巨木を指差した。
「**『世界樹』**よ」
「……あぁ?」
「世界樹は、この星の魔力を循環させる巨大なポンプ。 その枝で作った樽なら、内部の魔力を『循環』させながら、外に漏らさずに熟成させることができる」
トルノスの目が、職人の色に変わった。 難題を突きつけられた時の、一番いい顔だ。
「……なるほどな。 世界樹の樽の中で、結晶の魔力とマンドラゴラの生命力を、時間をかけて馴染ませる。 魂を偽造するんじゃねぇ。野菜の命を使って、新しい『循環』を作るってわけか」
アルの目が輝いた。
「魔石の代わりじゃなく……生きた魔力の貯蔵庫!」
「その通りだ。 食ってよし、燃料にしてよし。 これなら、誰も殺さずに魔力をチャージできる」
トルノスは腕まくりをして、ニカっと笑った。
「面白ぇ! 乗ったぞ、その悪巧み! 名付けて**『魔樽計画』**だ!」
そのネーミングセンスはどうかと思うが、今は突っ込まないでおこう。
役割分担
トルノスが指を順にさして、命令を飛ばす。
「リゼラ! お前は妖精議会へ行って、**“世界樹の枝材”**を一本もいでこい。 枯れ枝じゃねぇぞ、生きてるやつだ」
「言い方! 申請書を何枚書けばいいと思ってるのよ!」 「知るか。交渉はお前の専門だろ」
「アル! お前は魔樹畑を整備しろ。 B区画の歌うヤツと、D区画の光るヤツ、最高の比率を探り当てろ!」
「はい! 叫ばせないように抜いてきます!」
「ネーヴ! お前は回路班だ。 樽の内側に刻む“循環紋”の設計をやれ。 中で魔力が暴走しないよう、対流を制御するんだ」
「……やる」
ネーヴが短く答えると、足元のノームたちが一斉に動き出した。
「オシゴトー!」「計算ダ!」「樽ヲ作ルゾ!」
わらわらと散らばり、掃除を始めたり、木材を運び始めたりする小さな職人たち。 工房が一気に賑やかになる。
「……ふん。悪くねぇ」
トルノスが、満足げにハンマーを握り直した。
「さあ、忙しくなるぞ! 死んだ魂(魔石)に頼らねぇ、新しい“飯”を作ってやろうじゃねぇか!」
ハンマーの音が、高らかに響いた。 カーン! カーン! それは、この妖精大陸で新たな「名産品」が生まれる、最初の産声だった。




