第2章 第10話 石職人と詰まりすぎた祈り、あるいは「偏屈」と「変人」の共鳴
(視点:リゼラ/特別研究棟主任)
「――間違いなく、あの東の偏屈の業物ね……」
王都から持ち込まれたペンダントを、光にかざした瞬間、口からこぼれた。 細工の精度、魔力を流す溝の切り方、台座の噛み合わせ。 ここまでバカ正直に“流れ”だけを優先した石細工、妖精大陸でも一人しかいない。
「やっぱり、妖精大陸製だったんですね」 アルが息をのむ。
「エリシア殿下が、“遠い国から来た聖具”って言ってました。 宗派の人たちも、やたら誇らしげで」
「誇っていいのは職人だけよ」 私はペンダントを指先でつまむ。
「この削り、この回路、このムダに丁寧な仕上げ。 ——トルノス・ストーンヤード。東の匠。間違いないわ」
ネーヴが、ビクリと反応した。 いつも無表情な彼女が、珍しく目を丸くして食いついてくる。
「……トルノス? 『東の匠』の?」
「あら、知ってるの?」
「……知ってる。 ドワルガ先生の義手データ、見たとき。 『設計:ドワルガ、製造監修:トルノス』って書いてあった。 先生が言ってた。『あいつの腕だけは確かだ』って」
私は苦笑した。 あの二人、仲が悪いようでいて、技術屋としては認め合っているのだ。
「行きましょう。 その“確かや腕”を持つ偏屈親父に、王女殿下の“宿題”を突きつけにね」
鉄と熱気と、興奮する少女
妖精大陸の東区画。 静謐な森を抜けると、空気は一変した。
カン! カン! ガシャン! 地響きのようなハンマーの音。噴き上がる蒸気。鼻をつく鉄と油の匂い。
そこにあったのは、ただの工房ではなかった。 巨大な溶鉱炉を中心に、無数の建物が連なる**一大魔導工廠(工場地帯)**だった。
「すげぇ……! なんだこの規模!」 リオが口をあんぐり開ける。
行き交うドワーフたちの数は、ざっと見ても数百、いや千人はいるだろうか。 かつては小規模な工房だった場所が、ここ数年で爆発的に発展している。 (5年前、私たちと交わした“誓い”通りにね)
そして――隣にいるネーヴの様子がおかしい。
「……すごい」
彼女の瞳が、かつてないほどキラキラと輝いている。 頬が紅潮し、鼻息が荒い。
「あの排気ダクト、効率いい。 あそこの搬入レーン、自動化されてる。 ……いい匂い。鉄の匂い、油の匂い……最高」
彼女はうっとりと深呼吸している。 森の中では死んだ魚のような目をしていたのに、ここでは水を得た魚のようだ。
「ネーヴちゃん、目が怖いよ……」 リオが若干引いている。
「……ドワルガ先生、アイデアの奇人。 トルノス親方、技術の匠。 資料で読んだ通り。……ここは、聖地」
ネーヴは早口でまくし立てた。 どうやら彼女の中で、 **「ぶっ飛んだ発想で設計図を引くドワルガ(奇人)」**と、 **「それを完璧な精度で形にするトルノス(匠)」**は、 技術屋としての二大巨頭らしい。
偏屈親父との対面
工廠の最奥。 一番熱気がこもる場所に、その男はいた。
煤けたエプロン。ごわごわの髭。 弟子たちに怒号を飛ばしながら、自らも巨大なハンマーを振るう初老のドワーフ。 トルノス・ストーンヤードだ。
「おらぁ! そこの炉、温度が甘ぇぞ! 5年前の約束を忘れたか! 俺たちは世界一の技術集団になるんだよ!」
相変わらずの熱量だ。 私は咳払いをして、声をかけた。
「精が出るわね、トルノス」
彼は手を止め、こちらをギロリと睨んだ。
「……あぁ? なんだ、エルフの学者が何の用だ。 ここはてめぇらみたいな上品な連中が来る場所じゃねぇぞ」
「相変わらず口が悪いのね。 今日はあんたの“古い仕事”の点検に来たのよ」
私は包みごとペンダントを掲げる。 トルノスは鼻を鳴らし、最初は興味なさそうにしていたが―― その中身が見えた瞬間、顔色を変えた。
「……おい。そいつをよこせ」
ひったくるように受け取り、ルーペを目に当てる。 無言の時間。 周囲の弟子たちも、親方の真剣な空気に作業の手を止める。
「……間違いねぇ。俺のだ」
彼は呻くように言った。
「10年前……『女神への祈りを捧げるための、純粋無垢な器を』って依頼で作った最高傑作だ。 だか、なんでこんな……中身がドロドロに焼き切れてやがる?」
アルが一歩前に出る。 真剣な眼差しで、職人を見据える。
「……表向きは、『聖歌を増幅する聖具』として渡されていたんです。 王都の宗教過激派が、エリシア殿下にそう言って着けさせていました」
「増幅だぁ?」
「ええ。でも、逆でした」
アルは拳を握りしめた。
「三ヶ月前、南で獣人の暴動があった時のことです。 鎮圧のために歌おうとした殿下を、聖騎士団が襲ってきました。 あの混乱の中で……殿下はこのペンダントを外したんです」
アルの声に熱がこもる。
「そうしたら――歌の力が、弱まるどころか、爆発的に跳ね上がったんです。 聖騎士団の洗脳を吹き飛ばすほどの力が、溢れ出してきました。 ……その時、分かりました。 こいつは力を増幅していたんじゃない。 殿下の歌を限界まで吸い取り、搾り取るための『呪い』だったんだって」
トルノスの目が、怒りに染まる。 持つ手が震えるほどに。
「ふざけやがって……! 俺の技術を、そんな薄汚い搾取に使ったってのか! あの坊主ども(教会)、『聖女のため』とか抜かしやがって……!」
彼は作業台に拳を叩きつけた。 職人としての誇りを踏みにじられた怒り。 そして、自分の作品が知らぬ間に少女を苦しめていたことへの後悔。
「……直すぞ。 こんな胸糞悪いもん、俺の手でケリをつけてやる」
新たな弟子
解析が始まった。 トルノスが図面を引き、魔力回路のバイパス手術を計画する。 だが、彼の手が止まった。
「……チッ。ここの回路、細かすぎて俺の指じゃ届かねぇ。 専用の極細ニードルが必要だ」
その時。 横からスッと、求めていた通りの工具が差し出された。
「……これ。先端0.1ミリ。魔導鋼製」
ネーヴだ。 彼女はいつの間にか作業台の横に陣取り、トルノスの思考を先読みして道具を並べていた。
「あ? なんだ坊主、気が利くじゃねぇか」
「……次、そこ開くなら、固定具こっち。 魔力供給、私がやる。安定させる」
ネーヴは無表情のまま、的確にサポートに入った。 その手際は、長年の相棒のようにスムーズだ。 足元では、ノームたちが「ボルト持ッテキタ!」「掃除スル!」と甲斐甲斐しく動いている。
トルノスが、作業の手を止めてネーヴを見た。 値踏みするような、鋭い視線。
「……おい、小さいの。お前、名前は?」
「ネーヴ」
「どこのもんだ」
「……ドワルガ先生の、助手」
「あいつのか!」 トルノスがニヤリと笑う。
「通りで、変な癖と、確かな腕(技術)を持ってるわけだ。 ……おいネーヴ。お前、筋がいいな」
褒められたネーヴの目が、パァッと輝いた。 「匠」に認められた喜び。
「……ここで、勉強したい。 弟子入り、したい」
「ハッ! ドワルガの弟子を奪っちゃ悪いが…… ま、あいつなら『使えるもんは使え』って言うだろうな」
トルノスは豪快に笑い、ネーヴの頭をガシガシと撫でた。
「いいだろう! 明日から来い! 掃除と道具磨きからだが、俺の技、全部盗んでけ!」
「……ん。盗む」
こうして、壊れたペンダントを巡る旅は、 職人の怒りと、少女の新たな一歩を乗せて、再び動き出した。
熱気渦巻く工房の中で、 ネーヴは新たな、自分の恋人を見つけたような顔をしていた。




