第2章 第9話 ニンジンは叫び、エルフは祈る。あるいは「いただきます」の魔力
(視点:レリア/第3教室担任)
「先生、D区画だけおかしいです」
翌朝。 畑に一番乗りしたアルが、真顔で報告してきた。 私は眠い目をこすりながら畑へ向かい――そして、言葉を失った。
「……なによ、これ」
A、B、C区画は、可愛らしい双葉が出ている程度だ。 だが、リゼラが魔改造したD区画だけは、この世の風景ではなかった。
土の上空数センチに、小石や葉っぱがフワフワと浮いている。 その中心にあるのは、極彩色に輝く葉。 そして土に埋まっている本体部分は――ぼんやりと透き通り、内部で光が渦を巻いている。
「……成長を通り越して、**『結晶化』**しかけてるわね」
「現実は空気読まないですね」
ネーヴが測定器をかざす。 針が振り切れて、測定器から煙が出た。 「……魔素濃度、計測不能。これ、野菜じゃない。『魔力炉』」
嫌な予感しかしない。 野菜としての形を保っているのが不思議なくらいの高エネルギー反応だ。
拒絶する野菜
「とりあえず、一本抜いてサンプル採取よ」
私は教師としての威厳を保ちつつ(内心ビビリながら)、一番手近な光る葉を掴もうとした。
バチッ!!
「きゃっ!?」
指が触れる直前、静電気のような衝撃が走り、手を弾かれた。 痛い。
「結界!? 野菜が自衛してるの!?」
登校してきたエルフの生徒たちが、遠巻きにざわめく。 「きれい……」「でも怖くて触れない」「あれ食べたら爆発するんじゃ?」
アルが腕を組んで考え込んだ。
「……たぶん、あの中身は魔力の塊すぎて、こちらの世界とズレてるんです。 無理やり触ろうとすると、エネルギーの壁に弾かれる。 だから――**『波長』**を合わせなきゃいけない」
「波長?」
「はい。 こいつを『危険なエネルギー体』じゃなく、『自分たちの糧(食べ物)』だと認識させて、受け入れる儀式が必要です」
アルはD区画の前にしゃがみ込み、光る葉にそっと手をかざした。 まるで、暴れる猛獣をなだめるように。
「あのな。お前は爆弾じゃない。 俺たちの命を繋ぐ、大事なご飯だ。 ……美味しく食べるから、その力を貸してくれ」
そして、静かに、けれどはっきりと言った。
「――いただきます」
その瞬間。
ヒュン……。
周囲に漂っていた浮遊物が、ストンと落ちた。 張り詰めていた魔力の壁が霧散し、刺々しい光が、柔らかなオレンジ色の暖かな光へと変わる。
アルが葉を掴む。 今度は弾かれない。
スポンッ。
小気味よい音と共に、透き通るような美しいニンジンが抜けた。 それは宝石のように輝いているが、触れると確かな「野菜」の瑞々しさがあった。
「……えええええ!?」 生徒たちが驚愕の声を上げる。
「挨拶……したから?」 「“いただきます”って、ただの食事の合図じゃなかったの?」
決死の試食会
「毒性……というより、純粋な魔力そのものね」 遅れてやってきたリゼラが検分し、興奮気味に許可を出した。 「素晴らしいわ! 物質とエネルギーの境界にある食材なんて!」
「じゃあ、誰か試食してみる?」
私の問いかけに、全員が視線を逸らす。 当然だ。さっきまで重力を歪めていた物体を口に入れるなんて、勇気以前の問題だ。
「……私が、やります」
手を挙げたのは、クラス委員長のミリアだった。 銀髪の優等生。真面目すぎて融通が利かないと評判の子だ。 彼女は青ざめた顔で、それでも決意を込めて前に出た。
「ミリア、大丈夫?」
「……誰かがやらなきゃ、データが取れませんから」
彼女は悲壮な決意で、アルから輝くニンジンを受け取った。 震える手で持ち、目を閉じる。
「……い、いただきます」
小さな声で呟き、カリッとかじる。
カィィン……。
氷を噛み砕くような、繊細で涼やかな音がした。 沈黙。 全員が固唾を飲んで見守る。
ミリアの喉が動く。 その直後――彼女のビー玉のような瞳が、とろりと潤んだ。
「……ぁ……っ!?」
「ミリア!?」
次の瞬間、彼女の全身が内側から発光した。 髪がふわりと舞い上がり、肌が桜色に染まる。 彼女は自分の体を抱きしめ、うっとりとした表情で崩れ落ちた。
「……す、すごい……!」
ミリアが、夢見心地な声で叫んだ。
「重くない……! 体が、羽みたいに軽い! 力が湧いてくるのに、全然苦しくない! 視界がキラキラして……世界が、綺麗に見えます!!」
彼女の足元の土から、ポンポンと小さな花が咲き乱れる。 魔力暴走による、幸福感の具現化だ。
普段冷静な彼女が、花畑の中で踊りださんばかりに興奮している。 (……完全にキマってるわね、これ)
ネーヴが冷静にメモを取る。 「効果:魔力ブースト、疲労消失、極度の多幸感。 副作用:足元から花が咲く、性格が明るくなりすぎる」
感情の学習
その光景を見て、他の生徒たちも恐る恐る、しかし目を輝かせて畑に近づいてきた。 恐怖よりも、その圧倒的な「生の輝き」への憧れが勝ったのだ。
「僕もやってみる」 「私も!」
一人、また一人と、光る葉に手を添える。
「……いただきます」 「命を、もらいます」 「美味しくするからね」
それぞれの言葉で、それぞれの想いを込めて。 すると、畑からは拒絶の衝撃波ではなく、心地よい共鳴音が響き始めた。
キィィィン……♪
それはまるで、聖歌のような美しい和音。 エルフたちが笑っている。 「抜けた!」「きれい!」「あったかい!」と騒ぎながら。 その顔には、いつもの無気力な冷たさはなかった。
(……そうか)
私は気づいた。 「いただきます」は、ただの食事の合図じゃない。 **「異質な存在(魔力)」を受け入れ、自分の血肉に変えるための「受容の魔法」**なのだ。
効率化の中で忘れていた「敬意」と「感謝」。 それを、この規格外の野菜たちが思い出させてくれた。
「先生」 アルが、泥だらけの手で笑いかけてくる。 「これ、大成功ですね」
「……ええ。 ただし、調理室の予約を入れておきなさい。 この大量のエネルギー体……じゃなくてニンジン、今日中に処理しないと夜通し光り続けるわよ」
「うげっ、まぶしい」
その日の放課後。 第3教室からは、いつまでも煮炊きのいい匂いと「いただきます!」という元気な声、そして時折「まぶしい!」という悲鳴が響いていたという。
これは後に、学園の伝説となる**「発光野菜事件」**の幕開けだった。




