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第2章 第8話 世界樹の畑、あるいは「混ぜるな危険」の実験農場

(視点:レリア/第3教室担任)


「――はい、静かに。今日は全員、農家になります」


 世界樹の根元近くにある、実験用の小さな畑。  土の匂いと、樹液の甘い香りが混ざる場所。


 普段なら「野外活動なんて面倒」という顔をするエルフたちが、今日は妙にソワソワしている。  彼らの瞳には、先日取り戻した「生気」が満ちていた。  土に触れること、汗をかくこと。それが今の彼らにとって、何よりの娯楽であり、リハビリなのだ。


「先生、この畑も“研究”に入りますか?」 「入るわよ、アルくん。魔力循環学・実習編。単位も出るわ」 「やった。土いじりが点数になる!」


 ……この子は本当に、やる気スイッチが庶民的なところにあるわね。  でも、その屈託のなさが、硬直したこの学園には必要なのかもしれない。


 今日は、昨日みんなで出し合った“ニンジン強化案”の実践日だ。  特別講師として、リゼラも白衣をなびかせて参加している。  手には怪しげな色の液体が入ったフラスコを持っている。……嫌な予感しかしない。


「実験区画は4つ。条件を変えて、どれが一番育つか比較します」


 私が白墨代わりの枝で地面に図を描くと、生徒たちが興味深そうに覗き込んだ。


 A区画:【標準】 アルが持参した種 + 普通の土  B区画:【リサイクル】 アルが持参した種 + **魔屑まくず**肥料  C区画:【地産地消】 アルが持参した種 + 世界樹の落ち葉堆肥


 そして、問題のD区画。


 D区画:【全部乗せ】 A+B+C+リゼラ特製・魔力培養液


「……Dだけ、名前の圧がすごくない?」 「圧があるほうが、実験っぽいでしょ?」


 リゼラは楽しそうに、黒い粉(魔屑)と、蛍光色に光る培養液を土に混ぜ込んでいく。  土がシュワシュワと泡立ち、紫色の煙を吐き出す。  魔女の鍋の中身みたいだ。


「先生、これ大丈夫なんですか……?」  生徒たちが引いている。


「大丈夫よ。理論上、植物の魔力許容量を限界まで拡張するはずだわ。  ……まあ、爆発したらその時はその時ね」


「笑えません!」


 ネーヴが、ボソッと言った。


「……土、脈打ってる」


 見れば、D区画の土が、ドクン、ドクンと生き物のように波打っている。  不気味だ。  けれど、そこには圧倒的な「生命力」が渦巻いている。


「……懐かしいな、この『いつ爆発してもおかしくない』気配。  北の領地も、いつもこんな感じでした」


 アルが遠い目をして、最後の種を埋める。  その手つきは、まるで爆弾の信管をセットするように慎重だった。


「よし、植え付け完了!  水やり当番はローテーションよ!  特にD区画は……防護服を着て近づくこと!」


 私の号令に、生徒たちが「はーい!」と答える。  その声は、いつもの儀礼的な返事ではなく、本当に楽しそうな響きを持っていた。


泥だらけの放課後

 作業が終わる頃には、夕暮れになっていた。


 「あー、疲れた!」  「見て、爪の中まで真っ黒」


 泥だらけの手を洗いながら、生徒たちが笑い合っている。  高貴なハイエルフが、泥にまみれて笑う。  10年前なら「はしたない」と眉をひそめられた光景かもしれない。  でも今は、それが何よりも美しく見える。


 私は、木陰で汗を拭っているアルに近づいた。


「……お疲れ様」


 ハンカチを差し出す。  アルは驚いたように私を見て、それから照れくさそうに受け取った。


「ありがとうございます、先生。  ……汚しちゃいますけど」


「いいわよ。洗えば落ちるもの」


 彼が汗を拭う横顔を見る。  夕日に照らされたその顔は、充実感に満ちていた。  彼がここにいてくれてよかった、と心から思う。


「……ねえ、アル」


「はい?」


「この畑、どうなると思う?」


 私は、脈打つD区画を見ながら聞いた。


「さあ……。  とんでもないものが育つか、枯れるか。  でも、みんな楽しそうだから、それだけで成功だと思います」


 アルは、生徒たちの背中を見て目を細めた。


「あんな顔、初めて見ました。  入学した時は、みんな能面みたいだったのに」


「……そうね」


 私は、自分の胸に手を当てた。  ここも、温かい。  彼らが笑うたびに、私の心の中の氷も、少しずつ溶けていく気がする。


「先生も」


 不意に、アルが言った。


「え?」


「先生も、いい顔してますよ。  ……最初の頃より、ずっと」


 ドキリ、とした。  アルはニカっと笑い、ハンカチを返してくれた。


「じゃ、また明日!」


 彼は手を振って、リオやネーヴの元へ走っていった。


 残されたハンカチを握りしめる。  そこには、微かに土の匂いと、彼の体温が残っていた。


(……ずるい人)


 私は熱くなった頬を、冷たい風に晒した。


 D区画から、かすかに*ン〜〜〜♪*というハミングが聞こえ始めたのは、  きっと私の気のせいではないだろう。


 こうして、私たちの「ニンジン計画」は、  波乱と期待と、少しの動悸を含んで、静かに芽吹き始めたのだった。

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