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第2章 第7話 ニンジン強化作戦、始動!

(視点:レリア/第3教室担任)

「――先生。私たちにも、なにかできませんか?」


 その言葉を聞いたとき、私は持っていたチョークを置いた。  表情は崩さない。あくまで冷静に、生徒を見据える。


 発端は、先日の「聖歌鑑賞会」だ。  あの日以来、教室の空気は――私の知る「静寂」とは異なるものに変質していた。


 今まで、彼らは「静か」だった。  それはハイエルフの美徳とされるが、私には「摩耗」に見えていた。  10年前からこの大陸を覆う、原因不明の無気力症。  思考が鈍り、感情が平坦になり、ただ生きているだけの状態。


 だが今、彼らの瞳には、微かだが「光」が宿っている。  エリシアの歌と、アルたちが持ち込んだ「規格外の魔力」によるブースト効果。  それが一時的なカンフル剤となり、彼らの精神を覆っていた霧を晴らしたのだ。


(……興味深いわね)


 私は内心で呟いた。  リゼラがいたら、「最高のサンプルだ」と喜んだだろう。  沈殿していた水が、石を投げ込まれて波紋を広げている。その波紋が、私の心まで揺らしている。


「なにかって、たとえば?」


 私が淡々と問い返すと、女子生徒は少し迷いながらも、はっきりと答えた。


「歌で心が軽くなるなら、この土地の澱みも……軽くできないかなって。  私たち、ずっと体が重かったんです。  でも今は、動きたい。  ただ衰えていくのを待つんじゃなくて、何かしたいんです」


 その言葉に、他の生徒たちも頷く。  「生への渇望」。  それは、私たちが長い間忘れていた、生物としての根源的な衝動だ。


 教室の温度が、ふわりと上がるのを感じた。  心地よい。けれど、慣れていない肌には少しピリつくような熱気。


 すると、教室の隅から、あの少年が口を挟んだ。


「……いいですね。それなら、心当たりがあります」


 アルだ。  彼は席を立ち、教壇の私の隣に立った。  遠慮がない。でも、不思議と不快ではない。


「僕の故郷でも、似たような問題がありました。  土地の魔素濃度が高すぎて、人が住めない場所。  そこで母が、魔力を“食べて”浄化してくれる作物を作ってたんです」


 彼はニカっと笑った。


「――ニンジンなんですけど」


 教室がざわつく。  「ニンジンで浄化?」「野菜が?」


 私は小さく息を吐いた。  高貴なエルフたちが、野菜の話で目を輝かせている。  滑稽だ。  けれど――悪くない光景だ。


「いいわ。許可します。  ただし、授業の一環としてね。  テーマは『魔素返還の効率化&安全化 〜ニンジンをベースに〜』」


 私は黒板に書き殴った。  チョークの音が、いつもより軽快に響く。


1.色と波長(アル&エルフ男子)

 まずは現状の共有から。  アルが「母のニンジン」の特性を説明すると、後列のエルフ男子が手を挙げた。


「ニンジンって、オレンジだけじゃないですよね?」


「ほう?」


「古い文献で読んだことがあります。紫とか白とか、原種に近いものはいろんな色があったって。  色が違うなら、吸収する魔素の“波長”も変わるんじゃないですか?」


 アルの目がきらりと光る。  その視線が、男子生徒を射抜く。


「……たしかに。うちの畑でも、突然変異で色が違うのがありました。  紫のは濃い魔素を、白いのは薄い魔素を吸いやすかった気がします」


「つまり――」


 私は黒板に書き込む。


 ・オレンジ:標準タイプ  ・紫:高濃度魔素担当(重い汚れ用)  ・白:仕上げ用(軽い汚れ用)


「魔素の“分別処理”ね。合理的だわ」


 私の言葉に、生徒たちが「おお〜」と感嘆の声を漏らす。  ただの知識が、実践的な「技術」に変わる瞬間。


2.森の堆肥(エルフ女子)

 さっきの女子生徒が、もう一度手を挙げた。


「あの、森の落ち葉って、もったいなくないですか?」


「落ち葉?」


「はい。あれは魔力が抜けきった“殻”じゃなくて、まだ“優しい魔力”が残ってると思うんです。  それを畑の肥料にしたら――ニンジンが吸い込む魔素も、少し“柔らかく”なるんじゃないかって」


 私は眉を上げた。  魔力を「数値」ではなく「質」で見ている。これぞエルフの感性だ。  そして、森の力を「循環」させようとする発想。


(……なるほど。  彼らは、病に侵されながらも、その感覚を失ってはいなかったのね)


「採用よ。いい線いってるわ」


 ・森の落ち葉堆肥 → 魔素を“ろ過”して柔らかくする


「歌で心をほぐすみたいに、落ち葉で土をほぐすってわけね」


3.禁断のレシピ(ネーヴ)

「はい、ネーヴ」


 ずっと無言で手をブンブン振っていた灰銀髪の少女を、しぶしぶ指名する。  彼女はアルの服の裾を掴んだまま、ボソッと言った。


「……この辺の枝で作った樽に、ニンジンとお酒を一緒に入れる。  “熟成魔力ニンジン酒”にする」


「却下。未成年よ」


 即答した。教室が笑いに包まれる。  ネーヴはむっと頬を膨らませる。


「効率いい。  アルの領地の魚人のおじさんたち、“あれ飲むと体がポカポカしてよく眠れる”って――」


「……まあ、発想自体は悪くないわね」


 私は黒板の隅に、小さく書き足した。  『※大人向け魔力酒:要・別途安全審査(ネーヴ立入禁止)』


4.楽しみへの変換(女子生徒たち)

「じゃあ、お菓子はどうですか?」 「ニンジン飴とか!」 「魔族の人に渡すなら、形が可愛い方がいいと思います!」 「グミとかケーキも!」


 女子たちが盛り上がる。  アルが「……天才?」と呟いて感動している。


「いいわね。  『魔力を食べる』って行為を、苦行じゃなくて『楽しみ』に変える。  精神衛生上も、その方が好ましいわ」


教室に吹く風

 私はチョークを置き、教室を見渡した。


 そこには――前よりもずっと“熱を帯びた”顔が並んでいた。  彼らの笑顔は、ただ楽しいからじゃない。  抑圧されていた魂が、出口を見つけて、一気に芽吹こうとしている。


 私は、隣に立つアルを見た。  彼は黒板を見上げ、満足そうに汗を拭っている。


 (……不思議な子)


 たった数日で、この冷え切った教室を、こんなにも暖かくしてしまった。  10年間、誰も変えられなかった澱みを、ニンジン一本で変えてしまった。


 胸の奥が、ざわざわする。  不快ではない。けれど、落ち着かない。  まるで、自分の中の何かが書き換えられていくような感覚。


「歌は、心の汚れをほぐす。  ニンジンは、土地の汚れをほぐす。  どっちも、“循環を取り戻す”ための鍵ね」


 私がまとめると、アルが嬉しそうに笑った。  その笑顔が、眩しくて、直視できない。


「母さん、たぶん喜びます。  この世界樹の下で、こんなにたくさんの人がニンジンの話をしてるって知ったら」


「……そうね」


 私は、表情を引き締めた。  これ以上緩んだら、教師としての威厳に関わる。


「じゃあ――決まりよ。  このクラスの特別課題は、【多色ニンジン畑プロジェクト】!」


「プロジェクト名、ダサくないですか?」 「静粛に。分かりやすさが一番よ」


 教室の空気が、あたたかく揺れる。


 ここから、“世界を動かす”ニンジンが生まれる。  もし本当になったら、歴史書にはなんて書かれるのかしら。  『世界を救った野菜』?


 ふっ、と口元が緩むのを止められなかった。


「さぁ、“世界樹ニンジン計画”、開講よ!  ――感情のままに、でもデータはちゃんと取ること。いいわね?」


「「「はーい!」」」


 元気な返事が、森に響いた。


 私は、騒がしい教室の片隅で、そっと自分の胸に手を当てた。  鼓動が速い。  これは動揺か、それとも――期待か。


 (……面白いわ。   このノイズが、どこまで広がるのか。   特等席で、観察させてもらうわよ)


 私の静寂を奪った「異物」たちが、これから何をしでかすのか。  ……少しだけ、楽しみになってきている自分がいた。

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