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第2章 第5話 ノーム十体、あるいは「求人募集」としての精霊召喚

「……ねえ。どうしてあの子の机の周りだけ、床が鏡面仕上げみたいに輝いているのかしら?」


 朝のホームルーム前。  教壇に立った私は、教室の一角を見て眉をひそめた。


 そこだけ、床がピッカピカなのだ。  ワックスを三度塗りして磨き上げたかのように、天井の木漏れ日が反射している。  その中心に座っているのは――ネーヴ・アクアレイド。


「……きれい、正義」


 彼女は無表情で言い切った。  その足元で、小さな影がサササッと動いた気がした。……今、何かいた?


「ネーヴさん。今、足元に何か――」


「……新入り。  働き者。あとで紹介する」


 嫌な予感しかしない。  私は咳払いをして、本題に入った。


「えー、では予定通り。  今日はネーヴさんの『精霊適性試験』を行います。移動!」


 場所を移して、世界樹の根元。  リゼラも合流している。彼女は白衣のポケットに手を突っ込み、獲物を見るような目でネーヴを見つめていた。


「ネーヴ。精霊魔法の経験は?」


「ない。  でも、興味ある。工房の効率、上げたい」


 ブレないわね、この子は。  生きる目的が「効率」と「開発」に全振りされている。


「魔力値は?」


「……リゼラ先生の検査で、Aプラス。  レリア先生の三倍くらいって言われた」


「さらっと傷つく事実を言わないでちょうだい」


 私は頭痛をこらえた。  アルほど規格外(測定不能)ではないにせよ、この子も十分に化け物クラスだ。


 リゼラが一歩前に出る。  彼女はネーヴの前に立ち、講義するように指を立てた。


「いい? ネーヴ。  ドワーフだって、精霊を呼ぶこと自体はできるのよ。  でも、彼らは決定的に『魔力(燃料)』が足りない。  だから、せっかく呼んでも維持できずに、数分で消えてしまう。  ……結果、『ドワーフは魔法が苦手』という定説ができあがったわけ」


 リゼラはネーヴの胸元、心臓のあたりを指差した。


「でも、あなたは違う。  ドワーフの頑丈な『器』の中に、ダークエルフの膨大な『燃料タンク』を持っている。  維持できないなんてことはありえないわ」


「……じゃあ、なんで今まで使えなかった?」


「使い方が分からなかっただけよ。  精霊への『アクセス権』を持ってるのに、パスワードを知らなかった状態ね」


 リゼラはニヤリと笑った。


「イメージしなさい。  祈る必要も、媚びる必要もない。  あなたの魔力を『報酬』として提示して、対等に契約を結ぶのよ」


「……報酬。契約」


 ネーヴの目が、カチリと音を立てて「仕事モード」に切り替わった。


「どんな精霊を呼びたいか、イメージはある?」


 私が聞くと、ネーヴは即答した。


「……手が欲しい。  器用で、文句言わなくて、細かい作業できる手。  土属性、金属加工が得意なら、最高」


 クラスの何人かが吹き出した。  アルとリオが「やっぱりな」という顔で頷き合っている。


(……まあ、土属性の工房系なら、危険はないわね)


「いいわ。  大地の底にいる『ノーム』に呼びかけてみて。  詠唱は――」


「……いらない。  条件提示だけでいい」


 ネーヴは私の言葉を遮り、地面に手を当てた。  そして、紡いだ言葉は、祈りというより――**「業務連絡(求人募集)」**だった。


「土の下の、小さな手。  こっちに工房、こっちに仕事。  魔力(給料)は弾む。福利厚生メンテも保証する。  ……出てこい」


 ズズズッ……


 地面が揺れた。  攻撃的な揺れではない。何かが、ワラワラと這い出してくる振動だ。  魔力が、ネーヴの手から大地へと惜しげもなく注ぎ込まれていく。


 土が盛り上がり、ポコッ、ポコッ、と音がして――


「「「へい! お呼びで!!」」」


 元気な声が重なった。


「……じゅ、十体!?」


 私は思わず数えた。  土煙の中から現れたのは、身長20センチほどの小人たち。  尖った帽子に、作業用つなぎのような服。腰には小さなハンマーやスパナを下げている。


 一匹や二匹ではない。  きっちり十匹、整列していた。  しかも、その体は魔力でコーティングされ、艶々と輝いている。


「点呼! イチ! ニ! サン! ……ジュウ!  全員揃いました!」


 先頭の赤い帽子のノームが、ビシッとネーヴに敬礼した。


「契約主を確認!  あんたが……ボスか?」


 ネーヴが瞬きをする。


「ボス……?」


「現場監督! 親方! 社長!  呼び方はなんでもいい!  こんなに良質な魔力エサをくれるなら、俺たちはあんたの手足だ!  いつまででも働けるぜ!」


 そう。  普通のドワーフならガス欠になる時間が過ぎても、彼らは消える気配がない。  ネーヴからの供給が、あまりにも潤沢だからだ。


 ネーヴの目が、カッと見開かれた。  かつてないほどキラキラしている。


「……じゃあ、『親方』で」


「「「へい! 親方!!」」」


 ノームたちが一斉に復唱する。  青い帽子のノームが、手帳(石板)を取り出した。


「親方! 現場はどこですか!  掘りますか? 組みますか? 磨きますか?  とりあえず、そこの石畳がズレてたんで直しておきました!」


(……さっきのピカピカ床の犯人はこれか!)


 ネーヴは、震える手でノームの一体を持ち上げた。  愛おしそうに。まるで最高級の工具を見る目で。


「……最高。  仕事、山ほどある。  リゼラの研究所、整理整頓。  あと、新しい魔導具の試作ライン、作りたい」


「「「うおおおおお! 仕事だァァァ!!」」」


 ノームたちが歓声を上げて走り回る。  一体がアルの靴紐を勝手に結び直し、別の一体がリオのベルトの金具を磨き上げている。  働き者すぎる。


「素晴らしいわ……!」


 リゼラが、うっとりとした声を上げた。


「見て、レリア。  十体の精霊を長時間維持しているのに、魔力回路に一切の乱れがない。  ドワーフの『維持できない』という弱点を、エルフの『魔力量』が完全にカバーしている。  ……コツさえ掴めば、あの子は一人で『工場』になれるわ」


 リゼラはネーヴに駆け寄り、その体をペタペタと触り始めた。


「熱暴走なし。脈拍正常。  ネーヴ、どこか痛いところはない?  頭が熱くなったり、視界がチカチカしたりしない?」


「……平気。  リゼラ、くすぐったい」


「ああ、愛おしい検体!  あとで研究室に来なさい。詳しく『中身』を見せてもらうからね」


 リゼラの目が完全にイッていた。  ネーヴもまんざらでもなさそうだ。


「……先生」


 アルが、遠い目をして私に言った。


「俺のハネ(謎の精霊)より、あっちの方が優秀に見えるんですけど」


「……方向性が違うだけよ。たぶん」


 私も引きつった笑いで答えるしかなかった。  ハネは「謎の力」だが、こっちは完全に「物理的な労働力パワー」だ。


 私は、コホンと咳払いをした。


「……えー、合格よ。  土属性・工房系精霊ノーム。  しかも十体同時使役かつ長時間維持なんて、聞いたことがないわ」


「やった」


 ネーヴは、いつもの無表情のまま、小さくガッツポーズをした。


「ネーヴ。  その子たちは、道具じゃないわ。パートナーよ。  大事にしなさい」


「……ん。分かってる」


 ネーヴはノームたちを見下ろした。


「こいつらは、私の『手』。  今まで、手が足りなくて作れなかったもの……全部、作る。  一緒に、世界をいじる」


「「「へい親方! 世界いじり、了解っす!!」」」


 頼もしい返事だ。頼もしすぎて怖い。


 私は記録用紙にペンを走らせた。


『ネーヴ・アクアレイド:土属性適性S  召喚精霊:ノーム×10(建設・工作特化)  備考:学園の設備が勝手に改造される恐れあり。要監視』


 静かだった森に、ハンマーの音と掛け声が響いている。


 アルの規格外の魔力。  ネーヴの規格外の技術力。


 この二人が揃ってしまった今、この学園が「ただの学校」でいられる時間は、もう残り少ないかもしれない。


「さあ、教室に戻るわよ!  ノームたちは……まあ、連れて行っていいわ。  ただし、授業中に校舎を増築しないこと!」


「「「へい!!」」」


 元気な返事を背に受けて、私は歩き出した。

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