第2章 第4話 どういうことか、教えてもらおうか。あるいは「地下室の姉妹」
「――で。どういうことか、説明してもらえるかしら、リゼラ?」
放課後の職員室。一番奥にある応接スペース。 遮光カーテンで薄暗くされた空間で、レリアが紅茶を静かに置きながら、私を射抜くような目で見つめていた。
その隣では、セリナが勝手に私の隠し持っていた高級菓子を齧っている。 サクッ、サクッ。いい音がするわね、私の金で買ったお菓子は。
「今日は逃がさないわよ。 あんなに取り乱したあなたなんて、10年の付き合いで初めて見たわ」
私は観念して、革張りのソファに深く沈み込んだ。 白衣のポケットから、空の試験管を取り出して指先で弄ぶ。ただの癖だ。硝子の冷たさが、少しだけ頭を冷やしてくれる。
「……言い訳はしないわ。 見た通りのことよ。あの子――ネーヴは、私の『妹』だわ」
「妹?」 レリアが眉をひそめる。 「あなた、天涯孤独の身の上じゃなかった?」
「戸籍上はね。 でも、試験管の中なら話は別よ」
私は、セリナが齧ろうとしていた二枚目のラングドシャを素早く奪い取って、口に放り込んだ。甘さが脳に染みる。
「あの子と私は、同じ研究所で、同じ父の手によって作られた。 私はハイエルフとダークエルフのハーフ。 あの子は――ドワーフとダークエルフの禁忌配合。 10歳になるまで、私たちは地下の白い部屋で、姉妹のように……いいえ、『隣同士の検体』として育ったの」
レリアが息を呑む気配がした。 セリナだけは、薄々勘付いていたのか、あるいはただの野次馬根性か、静かに紅茶を啜っている。
「父は天才だったわ。そして、狂っていた。 『魔力の器』としての肉体強度と、『魔素への感応度』を極限まで高める研究。 その結晶が、あの子よ」
私は遠い目を回想に向けた。
10年前のあの日。 研究所が閉鎖され、父が姿を消した夜。
「父は、私を置いていった。 『お前はここに残れ』と言って、ネーヴの手だけを引いて出て行ったの」
あの時の絶望。嫉妬。そして安堵。 選ばれなかった悔しさと、実験動物としての運命から外された安堵が、今でも胸の中で泥のように渦巻いている。
「死んだと思っていたわ。 父の実験の果てに、壊れて廃棄されたとばかり……。 まさか、あんな呑気な顔で、人間の少年の後ろにくっついて現れるなんてね」
自嘲気味に笑うと、セリナが横から口を挟んだ。
「で? どうするの? 感動の再会? それとも『お姉ちゃんよ!』って抱きつく?」
「鳥肌が立つことを言わないで。 ……あの子、記憶がないみたいだし」
「記憶?」
「ええ。さっきの反応を見る限り、研究所のことも、私のことも覚えていない。 父が消したのか、ショックで飛んだのか……あるいは」
私は言葉を濁した。 あるいは、**「記憶容量の効率化」**のために、不要なデータとして削除されたのかもしれない。あの父ならやりかねない。
私は懐から、一冊の古びた手帳を取り出した。 父が残していった、研究ノートの写しだ。私の呪いの書。
「この学園に来たのも、地下にこもっているのも、全部これの解読のためよ。 父が何を目指し、何に怯え、何を作ろうとしていたのか。 その答えが、あの子の中にある」
レリアが真剣な顔で問う。教師の顔だ。
「……危険な存在なの?」
「爆弾よ。 ドワーフの頑丈な肉体に、ダークエルフの魔力回路を埋め込んだ、生ける魔導兵器。 ……でも」
私は、今日の昼休みに見た光景を思い出した。 アルの肩に乗った精霊を見て、「きれい」と呟いたネーヴの横顔。 工具箱を大事そうに抱える、ただの不器用な少女の姿。
「……トリガーさえ引かなければ、ただの『機械いじりが好きな女の子』よ」
「リゼラ」
レリアが、私の手の上に自分の手を重ねた。
「教師として聞くわ。 あの子を、この学園に置いておいても大丈夫?」
私は即答した。
「私が管理するわ。 特別講師として、アルと一緒にあの子のメンテナンスも請け負う。 魔力回路の調整も、身体のケアも、全部私がやる」
それは、研究者としての興味か。 それとも、姉としての贖罪か。 自分でも分からないけれど、これだけは確かだ。
「……10年前に守ってやれなかった分、せめて『壊れないように』油くらいは差してあげるわよ」
私が憎まれ口を叩くと、レリアはふっと表情を緩めた。
「素直じゃないわね。 まあいいわ。任せる。 その代わり――何かあったら、私たちも巻き込みなさいよ?」
セリナがニッと笑う。
「そうそう。 禁忌の研究とか、訳ありの妹とか、大好物だからさ〜。 影ギルドの情報網、フルに使ってあげる」
「……悪趣味な連中」
私は呆れながらも、胸のつかえが取れるのを感じた。
父・ザハルの影。 謎の寄生体の予兆。 そして、帰ってきた妹。
パズルのピースが、嫌な形で揃い始めている。 でも、一人ではない。この食えない女狐たちがいるなら、なんとかなるかもしれない。
「いいわ。共犯者になってもらう。 ……さあ、授業の準備よ。 あの問題児たちに、『エルフの魔法』の恐ろしさを叩き込んでやるんだから」
私は白衣を翻し、立ち上がった。 地下室の魔女は、もう孤独ではない。 厄介で、頼もしい、最高の悪友たちがいるのだから。
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