第2章 第2話 特別講師、決まる。あるいは「地下室の魔女」の品定め(挿絵あり)
(視点:リゼラ/ダークエルフ・特別研究棟主任)
「――で、本題。アル・エルンストの飼育係……じゃなくて担当教官、誰にする?」
放課後の職員室。 遮光カーテンを閉め切った薄暗い応接スペースで、レリアが開口一番に投げつけてきた議題がそれだった。
「挨拶くらいしなさいよ。日光が眩しくて機嫌が悪いのよ、こっちは」
私は白衣の裾を払ってソファに沈み込んだ。 向かいには、涼しい顔で紅茶を飲むレリア。 その隣には、勝手に私の隠し持っていた高級菓子を齧っている不法侵入者――セリナ。
「あらリゼラ。久しぶりね。顔色が相変わらず死人みたいで素敵よ」
「あなたもね、セリナ。相変わらず生きてるのが不思議なほど敵が多そうで何よりだわ」
私たちは軽く毒を吐き合って、グラスを合わせた(私は水、セリナはワインだ)。 セリナとは古い付き合いだ。私の作る「きわどい薬」のお得意様であり、裏社会の情報を流してくれる腐れ縁。
「で、アル・エルンストの話だったわね」
レリアが机の上に資料を広げる。バサリ、と重い音がした。
「魔力量、測定不能。 人間なのに、ハイエルフの王族級かそれ以上。 ただし制御技術はゼロ。精霊魔法の適性も不明」
「……歩く魔力爆弾ね」
私は資料を爪先で弾いた。興味がないふりをして。
「普通の教師じゃ扱いきれないわ。 下手にいじれば暴発して、学園ごとクレーターになる」
「だから、あなたを呼んだのよ」
レリアが、射抜くような目で私を見た。
「『特別講師』をお願いしたいの。 表向きは、彼の魔力制御と世界樹研究のサポート。 本音は――**“暴発しないための安全装置”**になってほしい」
「安全装置?」
セリナが横から口を挟む。
「要は『家庭教師』兼『監視役』だよ。 あの子、ほっとくと感情のままに世界樹をハッキングしかねないからさ〜」
「……あの子の親も大概だけど、あの子自身も相当ね」
私はため息をついた。 面倒だ。地下の研究室にこもって、父の遺した「狂気のノート」を解読していたいのに。子供の世話なんて、私の性分じゃない。
「断るわ。私は――」
「サンプルとしてなら、最高級よ?」
レリアが悪魔の囁きをする。
「人間なのに、エルフ以上の魔素適性。 しかも、7年間の空白期間に『空の向こう』で何かを見てきた可能性がある。 ……あなたの研究テーマ、『魔力と記憶の相関』に、うってつけの検体じゃない?」
ピクリ、と私の指が止まった。
空の向こう。異界の記憶。 そして、異常な魔力。
(……父さんが研究していた『器』の理論に近い?)
私は資料を手に取り、アルの写真を見つめた。 どこにでもいそうな、人の良さそうな少年。 だが、その数値データは、私の知的好奇心をくすぐるには十分だった。
「……いいわ。引き受ける」
私は口元を歪めた。
「ただし条件がある。 私の授業は『地下特別研究室』、もしくは『世界樹の根元』で行う。 内容は私の独断。口出し無用。 あの子が泣いて帰っても、文句は言わせない」
「……殺さないでよ?」
「善処するわ。 壊したら、データが取れないもの」
レリアとセリナが顔を見合わせて、「うわぁ」という顔をした。
「怖い怖い。 アルくん、とんだ魔女に捕まっちゃったねぇ」
「魔女じゃないわ。研究者よ」
私は立ち上がり、白衣を翻した。
「さっそく、明日の朝からよ。 その『歩く爆弾』を世界樹の根元に連れてきなさい。 まずは魔力の通り道(回路)を、徹底的に検査してあげるから」
部屋を出る時、背中で二人が「胃薬追加しとく?」「いや、酒でしょ」と話しているのが聞こえたが、無視した。
暗い廊下を歩きながら、私は久しぶりに血が沸き立つのを感じていた。 静かすぎて退屈だったこの森に、最高に刺激的な「おもちゃ」が転がり込んできたのだから。
まさか、その「おもちゃ」の背後に、 私の過去そのものである「死んだはずの妹」がくっついてきているとは―― この時の私は、まだ知る由もなかった。
地下室への階段を降りる私の足取りは、死神のように軽やかだった。
12月1日から第2章スタートしました!
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