【第1.5章 第2話】「影の女帝」の決意と、鉄と油の狂宴
ドワルガを殴って正気に戻した、その数時間後。 私は王都の屋根の上で、冷たい夜風に吹かれていた。
懐から、一枚の古びたロケットを取り出す。 中には、しわくちゃで、意地悪そうに笑うエルフの老人の肖像画。
「……まったく。あんたの予言通りになったわよ、クソじじい」
3ヶ月前。 私の師匠であり、裏社会を束ねていた「先代・影ギルド長」が死んだ。 死因は『老衰』とされた。
……でも、おかしいのよ。
あのじじいは、まだ400歳そこそこだった。長命なハイエルフの血を引く彼が、そんな歳で枯れるわけがない。 死の直前、彼の体はどこも悪くなかった。 ただ――「生きる気力」だけが、不自然に、急速に削ぎ落とされていったのだ。
最期に残された遺言書には、震える文字でこう記されていた。
『セリナよ。ワシは最近、自分が自分でなくなっていく気がする。 怒りも、喜びも、まるで誰かに「不要なデータ」として消去されているようだ。 ……世界がおかしい。熱が消え、全てが効率的なだけの「管理された箱庭」になろうとしている』
師匠は、見えない何かに侵食されていた。 そして、こう結ばれていた。
『世界を見て回れ。 この「冷めた世界」に違和感を持ち、抗う者がいるか確かめろ。 もし、そんな“馬鹿な希望”を見つけたら……その時は迷わず、ワシの席(ギルド長)に座って、そいつを守れ』
私は旅に出た。 そして、絶望した。師匠の言う通りだったからだ。 どこの国も、政治も、会話すらも。画一的で、退屈で、何かのシナリオをなぞるように生気がない。
――でも、見つけた。
魔族領の将軍が語った「光の柱に連れ去られた少年」。 そして、泥水をすすりながらも技術への執着を捨てきれていなかった「ドワルガ」。
「……いいわよ。座ってやるわよ、あんたの席に」
私はロケットをパチンと閉じた。 この気持ち悪い「管理」から世界を取り戻すには、個人の力じゃ足りない。 組織の力で、あの子の帰る場所を作り、この腐った脚本を書き換えてやる。
「見てなさいよ、師匠。 あんたが怖がっていた『世界の静寂』なんて、私が全部ぶっ壊してやるから」
私は夜空に向かって不敵に笑い、屋根を蹴った。 さあ、ドワルガと合流して、次は「製造担当」を口説き落とす番だ。
◆ 鉄と油の墓場(視点:ドワルガ)
翌日。 私とセリナは、東区の工房街にいた。 かつては国一番の職人が集まると言われた場所だが、今は閑古鳥が鳴いている。 「伝統」や「組合の規則」に縛られ、新しい技術を拒絶した結果、錆びついた街。
その最奥に、ボロボロの看板を掲げた工房があった。 『ストーンヤード工房』。
ドガンッ!
私が扉を蹴り開けると、中から酒瓶が飛んできた。 それを寸前で避ける。
「誰だ! 組合の回し者なら帰れ! 俺は量産品の剣なんぞ打たん!」
怒号と共に現れたのは、煤けたエプロンを着た髭面のドワーフ。 東の匠、トルノス。 その目は血走り、手は酒で震えている。 ……私と同じだ。才能を持て余し、世界に絶望して腐っている。
「仕事を持ってきたわよ、頑固オヤジ」
私が声をかけると、トルノスは興味なさげに鼻を鳴らした。
「あぁ? 女子供の遊びに付き合う暇はねぇよ。帰んな」
取り付く島もない。 私が口を開きかけた時、後ろからセリナがすっと前に出た。 彼女は懐から、私が徹夜で描いた設計図を取り出し、作業台の上にバシッと叩きつけた。
「見てみなさいよ、トルノス。 ……これは、そこにいる**『西の奇人』**が描いた設計図よ」
セリナが親指で私を指す。 トルノスが片眉を上げ、私を見た。
「……奇人ドワルガだと? あの、魔法と機械を混ぜてボヤ騒ぎばかり起こしていた、イカれた発明家の?」
「悪かったわね、イカれてて」
私は一歩前に出た。 トルノスは鼻で笑い、渋々といった様子で図面を覗き込み―― 次の瞬間、その目が釘付けになった。
「……おい。なんだこれは」
震える指が、図面をなぞる。
「神経接続のバイパス? 魔力駆動の油圧シリンダー? ……おいおい、こいつはただの義足じゃねぇぞ」
「**『魔導義肢』**よ」
私はトルノスの作業台に両手をつき、顔を近づけた。
「戦場で手足を失って、国に捨てられた兵士や職人を、もう一度戦えるようにする『魔法の足』。 ……今のあんたには無理かしらね? 酒で腕が鈍ってるみたいだし」
トルノスのこめかみに青筋が浮かんだ。 彼は飲みかけの酒瓶を床に叩きつけ、愛用のハンマーを握りしめた。
「……ナメんじゃねぇぞ、小娘。 組合のジジイどもが見たら卒倒しそうな、イカれた構造だ。 魔導と機械の悪魔合体……タブーの塊じゃねぇか」
彼はニヤリと、凶悪に笑った。 その瞳から、泥酔の濁りが消え、職人の狂気が宿る。
「……だが、美しい」
食いついた。 こいつは、私と同類だ。 「正しいか」よりも「面白いか」、「美しいか」を優先する技術屋の魂。
「俺の腕なら作れる。金と素材さえあれば、世界一の業物にしてやる」
トルノスはハンマーを振り下ろそうとし――ふと、その手を止めた。 そして、眉間に深い皺を寄せて私を見た。
「……おい、ドワルガ。 ひとつ、致命的な問題があるぞ」
「なによ」
「**『動力(魔力)』**だ」
トルノスが、自身の太い腕を叩く。
「俺たちドワーフは頑丈で器用だが、魔力は空っけつだ。 こんな高出力な魔導義肢を作っても、それを動かす『膨大な魔力』を流し込み続けられる奴がいねぇ。 ……動力がなけりゃ、こいつはただの重たい鉄屑だぞ」
痛いところを突かれた。 確かに、魔導機器の運用には、繊細かつ大量の魔力供給が必要だ。 ハーフの私ならともかく、純血のドワーフには扱えない。
「……チッ。そうだったわね」
私が舌打ちをすると、後ろで聞いていたセリナが、くすりと笑った。
「あら、だったら『電池』を用意すればいいじゃない」
「電池?」
「そうよ。 魔力が有り余っていて、時間を持て余している……**高貴な『暇人』**に心当たりがあるわ」
セリナは悪戯っぽくウインクをした。
「ドワルガ、トルノス。 あんたたちの『鉄屑』に命を吹き込むために、ちょっと王女様を一人、誘拐しに行きましょうか」
――第2話 完
1章のはじまる5年前のストーリ3部作です。ドワちゃんは2章になるとあまり登場しなくなるので、2章のメインになるリゼラや他のキャラへとつなぐストーリとなります。今日の12時10分および18時10分に残り2話掲載します。ドワちゃんがいなくなっても、ちゃんと面白い形に仕上がりました。12月から2章の毎日更新開始します。




