【第1.5章 第1話】泥酔の参謀と影の女帝の鉄拳、あるいは「二つの理由」
「……酒だ。酒を持ってこい」
王都の掃き溜め、裏通りの安酒場。 私はカウンターに突っ伏して、腐りかけた木のような声で注文した。
あの日から、2年。 北の領地が燃え、あいつらが死んで、息子のアルも行方不明になったあの日から、私は逃げ続けていた。
「私がもっと早く兵器を完成させていれば」
そんな後悔が、シラフになると脳みそを食い荒らす。だから、酒で麻痺させるしかなかった。
その時。 酒場の扉が、蹴破られたような音を立てて開いた。
「みーつけた」
甘い香油の匂い。 場違いに華やかなドレスを着た、銀髪のダークエルフ――セリナが立っていた。
リュートを背負い、派手な帽子を被ったその姿は、どこからどう見ても「浮かれた吟遊詩人」だ。
「……何の用よ。今は誰とも話したくないの」
私が背を向けると、彼女はヒールの音を響かせて近づいてきた。 そして、私の襟首を掴み、無理やり椅子から引きずり下ろしたかと思うと――
バゴォッ!!
鉄拳制裁。 私は壁まで吹き飛んだ。
「……いつまで被害者面してんのよ、このバカ!」
セリナが仁王立ちで叫んでいた。
「あんたが酒に逃げてる間もね、私は探してたのよ! 北の瓦礫の下も、……魔族領の奥深くまで潜ってね!」
彼女は荒い息を吐き、一枚の羊皮紙を私に投げつけた。 それは、魔族の言葉で書かれた密書だった。
「魔族領に潜入して、穏健派のトップ……『グレイラット将軍』に会ってきたわ」
「はぁ!? あんた死ぬ気!?」
「うるさい! で、将軍が教えてくれたのよ。あの日、彼は燃える屋敷の上空で見たって。**『光の筒が、少年を包んで空へ連れ去った』**のを」
私は震える手で羊皮紙を拾った。 そこには将軍の署名と共に、『特異点(少年)は死亡していない。回収されただけだ』と記されていた。
「死体がないのは、燃え尽きたからじゃない。連れて行かれたからよ。……だったら、いつか帰ってくる可能性が、ゼロじゃないでしょ!?」
その言葉が、腐りかけていた私の心臓を再起動させた。 生きてる? あの子が?
「もしあの子が帰ってきた時、あんたがこんな泥酔したクズのままだったら……あの子は本当に、帰る場所を失うのよ! 『ごめんね、私は悲劇のヒロインごっこで忙しかったから』って言うつもり!?」
私は床に座り込んだまま、震える手で口元の血を拭った。 痛い。でも、その痛みが、止まっていた思考回路を無理やり回し始める。
(……生きてるなら。やることは一つだ) (あの子が帰ってくる場所を、作らなきゃならない)
「……分かったわよ」
私はよろめきながら立ち上がった。
「私が悪かった。目は覚めたわ。あの子のために、もう一度……」
「待ちなさい」
セリナが、冷ややかな声で遮った。 見上げると、彼女はさっきまでの激情を消し去り、底知れぬ「冷たい瞳」で私を見下ろしていた。
「アルくんの話は、ここまで。……ここからは、『私』の話よ」
「あんたの?」
セリナは吟遊詩人の帽子を脱ぎ捨て、長い髪をかき上げた。
「ドワルガ。あんた、気づいてないの? 最近、この世界の『色』が褪せてきてることに」
「……は?」
「歌も、会話も、政治も。どいつもこいつも効率的で、画一的で、つまらなくなってる。まるで誰かが書いた三流の台本通りに動かされてるみたいに……世界から『熱』が消えていってるのよ」
セリナは自身の腕を抱いた。 それは恐怖というより、生理的な嫌悪感に震えているように見えた。
「気持ち悪いのよ。私の愛した混沌で、自由で、泥臭い世界が、何かに塗りつぶされていく感覚。……このままじゃ、私も、あんたも、いずれ『あっち側』に飲み込まれて、つまらない人形にされちまう」
彼女の目は本気だった。 常にふざけている彼女が、肌で感じ取った「世界の異変(AIの侵食)」。 それは、技術屋の私には見えていなかった脅威だ。
「だから私、決めたわ。今まで逃げ回ってたけど……『影ギルド』のトップの座、引き受けてやることにした」
「はぁ!? あんた、『組織に縛られるのは死んでも嫌だ』って……」
「嫌よ。今でも嫌。でもね、この気味の悪い流れに抗うには、個人の力じゃ足りないの。裏社会の全部を使ってでも、足場を固めなきゃいけない」
セリナは私に一歩近づき、その手を差し出した。
「でも、私一人じゃ無理よ。影の世界で生きる私には、表の世界を動かす『力』も『技術』もない。……だから、相棒が欲しいの」
彼女は、まっすぐに私を見据えた。
「ドワちゃん。あんたは性格が悪くて、金に汚くて、技術オタクで、最高に人間臭い。この『色が褪せていく世界』で、あんただけは絶対に、つまらない人間に書き換えられないって確信できる」
「……褒めてるの、それ?」
「最高の賛辞よ。だから――手を組みなさい。アルくんの帰る場所を作るため、そして……私たちがこの世界で正気を保って生き残るために」
私は、差し出された手を見た。 アルのため。それは義務であり、贖罪だ。 でも、セリナの言う「世界への違和感」――それに抗うための共闘。 それは、私の技術屋としての魂を、ゾクリと震わせた。
「……上等よ」
私はニヤリと笑い、彼女の手を握り返した。
ガシッ。
油と血と、香油の匂いが混じり合う。
「セリナ、あんた私に投資しなさい。この国で一番性格が悪くて、一番有能な参謀になってやるわ。……あの子を守る盾を作り、あんたが気持ち悪いと感じる『世界の異変』を、私の技術で解明してやる」
「商談成立ね」
セリナが、妖艶に、そして凶悪に笑った。
「さあ、顔を洗いなさい。忙しくなるわよ。まずは軍の上層部を脅して、予算を分捕るところから始めましょ」
1章のはじまる5年前のストーリ3部作です。ドワちゃんは2章になるとあまり登場しなくなるので、2章のメインになるリゼラや他のキャラへとつなぐストーリとなります。今日の12時10分および18時10分に残り2話掲載します。また、12月から2章の毎日更新開始します。




