【外伝5】余談 婚活パーティーの罠、あるいは「見えない尻尾」と甘い看病を編集
第1章 逃げられないお見合い
(視点:アル・エルンスト/叔父)
「叔父」としての仮面生活も、板についてきた頃。 北の領地は、かつてない活気に包まれていた。
「――報告します、代行! 新型動力船『海龍号』、試運転完了だ!」
執務室に入ってきたのは、沿岸交易隊の長、オルガンさんだ。 潮焼けした顔をほころばせ、設計図をバンと机に広げる。
「すげぇぞコイツは! 地下から出る『黒い油(石油)』と、ネーヴの『魔導エンジン』を組み合わせたハイブリッドだ! 風がなくても走るし、波が高くても出力で押し切れる。 これなら、冬の海でも交易が止まらねぇ!」
「それは朗報ですね。ネーヴとドワーフたちの苦労が報われました」
僕が頷くと、オルガンさんはニカっと笑い、急に声を潜めた。
「で、だ。 こう景気が良くなってくると、若い連中も色めき立つもんでな。 ……どうですか、代行。そろそろ身を固めるってのは?」
「……はい?」
「いや実はな、うちの魚人の娘たちが『仮面のミステリアスな領主様も悪くない』なんて言い出しててな。 鱗の肌もツルツルして気持ちいいもんですぜ? 一人、嫁にもらってくれませんか?」
僕は飲んでいたお茶を吹き出しそうになった。
「い、いえ、結構です! 僕にはその……仕事が恋人ですので!」
やんわり(全力で)断るが、一度火がついた「世話焼き魂」は止まらないらしい。
「あら、魚人は嫌ですか? なら、うちの村の娘はどうです?」 と人間の農婦が顔を出し、 「獣人のふかふかな嫁さんもいいぞ!」 と現場監督の狼獣人が親指を立てる。
そんなような話がしばらく続き、僕が頭を抱えていると、執政官のヴェルトランさんが静かに書類を置いた。
「……諦めろ、アル。 領民たちからの要望書だ。名目は合同婚活パーティーとなっているが、要はお前さんを引きずり出したいらしい。 無下に断ることもできん。適当にごまかすにしろ、参加せざるを得ない。 それにな、アル。お前の15歳だって、貴族なら許嫁がいてもおかしくない年頃だぞ」
「……うっ」
正論で殴られた。 ヴェルトランさんは無慈悲に言った。 逃げ場は、ないらしい。
第2章 ツンデレの参加理由
「……行きませんよ。なんで私がそんな、人間の婚活パーティーなんかに」
久しぶりにセリナさんが訪ねてきたと思ったら。『アルくんのお見合い大会があるから、冷やかしに行かない?』というふざけたものだ。
「あら、いいの? アルくん、今や『北の英雄』でしょ? 人間の美女も、獣人の可愛い子も、人魚のお姫様まで狙ってるらしいわよ?」
セリナさんが、わざとらしく煽ってくる。
「特に人魚なんて、あの子の好みに刺さりそうじゃない? ほら、海で育った子だし」
……ピクリ、と眉が動くのを止められなかった。 アルは、魚人に育てられた。海への愛着は人一倍強い。 もし、艶めかしい人魚に「海へ還りましょう」なんて誘惑されたら……?
「……それに、聞いた話だと」
セリナさんが声を潜める。
「最近、過激派の残党が北に紛れ込んでるって噂もあるの。 パーティーの警備、ガルドたちだけじゃ手薄かもねぇ……」
その言葉に、私はガタッと椅子を鳴らして立ち上がった。
「……分かりました。行きます」
「あら、お見合いに?」
「ち、違います! 警備です! 同盟相手のトップが暗殺されたら、父(将軍)が困りますから! あくまで、護衛の増援として……公務として行くだけです!」
早口でまくし立てる私を見て、セリナさんは満足げにニヤリと笑った。
「はいはい、公務ね。 じゃあ、とびきり強そうで、可愛いドレスを用意しなきゃね? あ、北のみんなには『王都からの旧友』ってことにしておくわよ。角と尻尾はしっかり隠してね?」
第3章 見えない感触と暗殺者
(視点:アル・エルンスト)
会場となった大広間は、異様な熱気に包まれていた。
着飾った人間の娘たち。 毛並みを整えた獣人のお姉さんたち。 そして、水槽(特設)から艶めかしい視線を送ってくる人魚の方々。
「叔父様、こちらのお料理はいかが?」
「あたしの毛皮、触ってみます?」
「水の中、気持ちいいですよ……♡」
四方八方からのアプローチ。 仮面の下で冷や汗が止まらない。 誰か助けてくれ、と視線を泳がせた時――
会場の入り口がざわめいた。
現れたのは、夜会服に身を包んだルシアだった。 背中が大胆に開いた、深い群青のドレス。 凛とした美貌が、会場の空気を一瞬で支配する。
「……遅くなりました。 王都より、領主代行のご友人として参加させていただきました、ルシアです」
完璧なカーテシー。 彼女は真っ直ぐに僕の方へ歩いてくると、優雅に手を差し出した。
「代行。 最初のダンス、私がお相手を務めてもよろしいでしょうか?」
その目が「断ったら承知しませんよ」と語っている。 僕は救われた思いで、その手を取った。
「……喜んで」
音楽が始まる。 僕たちはフロアの中央へ滑り出した。
「助かったよ、ルシア。もう限界だった」
「だらしないですね。モテて結構じゃないですか」
ルシアは小声で憎まれ口を叩きながらも、僕のリードに合わせてステップを踏む。 ドレス越しに伝わる体温。甘い香り。 ……近い。
ターンをした瞬間、バランスを崩したルシアを支えようと、僕は彼女の腰に手を回した。 グニッ。
「ん?」
腰のあたり。何もないはずの空間に、不可解な弾力があった。 柔らかくて、温かくて、芯のある「何か」。 僕は反射的に、それをギュッと握ってしまった。
「んっ……!?」
ルシアが、ビクン! と体を跳ねさせた。 顔が瞬時に沸騰したように赤くなる。 足が止まり、僕の腕の中で力が抜けたようにくずおれる。
「ル、ルシア? どうした?」
「……あ、アル……っ! そ、そこ……離し……て……ッ!」
彼女の瞳が潤んでいる。 荒い息遣い。 僕の手の中にある「見えない何か」が、ピクピクと脈打ちながら、僕の指に絡みついてくるような感触。
(……まさか、尻尾!?)
ハッとした。 彼女は今、幻術で角と翼、そして尻尾を隠している。 見えなくても、そこにあるのだ。 そして魔族にとって、尻尾の付け根はデリケートな急所だと聞いたことがある。
「ご、ごめん!!」
慌てて手を離そうとするが、見えない尻尾が僕の手首に巻き付いているような感覚がして、すぐには離れない。
「だ、だめ……腰が、抜けちゃう……ぅ」
ルシアが艶めかしい声を漏らす。 周りの視線が集まる。 「あら、お熱いこと」「さすが代行、手が早い」なんて囁きが聞こえてくる。 違う、そうじゃないんだ!
その時だった。
ヒュンッ!
給仕に化けていた男が、盆の下から短剣を抜き、僕に飛びかかってきた。 過激派の暗殺者だ。
「死ねぇぇッ! 異端者め!」
反応が遅れた。 僕の腕の中には、腰砕け状態のルシアがいる。 避ければ、彼女が斬られる。
「くっ……!」
僕が背中で庇おうとした、その瞬間。
「――させませんッ!!」
ルシアの瞳に、剣士の光が戻った。 彼女は僕の胸を突き飛ばし、よろめく足で前に踏み込むと、片手で虚空を薙いだ。
ドォォォン!!
膨大な魔力の障壁(不可視の衝撃波)が炸裂する。 暗殺者は壁まで吹き飛び、気絶した。
「はぁ……はぁ……」
ルシアは肩で息をしていた。 瞬時に展開した障壁は、彼女の最大出力を超えるものだったのだろう。 それに、さっきの「ハプニング」で魔力制御が乱れていたはずだ。 顔色が蒼白だ。
「……無事、ですか……アル……」
言い終わる前に、彼女の体がぐらりと傾いた。
「ルシア!」
僕は慌てて彼女を抱き留めた。 体が熱い。魔力枯渇による発熱だ。
「パーティーは中止だ! 医者を! ヴェルトランさん!」
騒然とする会場の中、僕はルシアを抱き上げて医務室へと走った。
第4章 魔力欠乏症とキスの特効薬
翌日。 屋敷の客間。
ベッドで眠るルシアの顔は、まだ赤い。 ヴェルトランさんの処置で命に別状はないが、魔力の回復には時間がかかるらしい。
「……アルくん。心配?」
部屋の隅から、セリナさんが声をかけてきた。 いつの間にか来ていたらしい。
「当たり前ですよ。僕を庇って……」
「そうねぇ。あれだけの魔力を一瞬で放出したんだもの。 ……『魔力欠乏症』の重いのが来てるわね」
セリナさんは深刻そうな顔で、ルシアの額に手を当てた。
「これ、普通の薬じゃ治らないかも」
「えっ……じゃあ、どうすれば」
「他者から直接、高濃度の魔力を注ぎ込むしかないわ。 それも、一番効率の良い粘膜接触で」
セリナさんは人差し指を、自分の唇に当てた。
「――キスよ。 口移しで魔力を送るの。それしかないわ」
「キ、キス!? い、いや、それは……!」
「命と操、どっちが大事なの? ルシアちゃん、このままだと魔力回路が焼き切れちゃうかもよ?」
そんな馬鹿な、と思う理性と、セリナさんの真剣な(演技の)表情に、僕は混乱した。 ベッドの上のルシアは、苦しそうに呼吸をしている。
(……やるしかないのか?)
僕は覚悟を決めた。 これは治療だ。医療行為だ。邪な気持ちはない。……たぶん。
僕は震える手でルシアの肩を押さえ、ゆっくりと顔を近づけた。 彼女の唇が、目の前にある。 桃色の、柔らかそうな唇。
心臓が破裂しそうだ。 あと数センチ。吐息がかかる距離。
その時。
パチッ。
ルシアの目が、開いた。
「…………ん?」
琥珀色の瞳と、僕の目が至近距離で合う。
静寂。
ルシアの視線が、僕の顔、唇、そして背後でニヤニヤしているセリナさんを行き来する。 そして、自分の置かれた状況(キスされる寸前)を理解した瞬間――
ボンッ!
彼女の顔が、沸騰したように真っ赤になった。
「な、な、な、なにしてるんですかぁぁぁぁッ!!??」
ドゴォォォン!!
風魔法の衝撃波が炸裂し、僕は天井まで吹き飛ばされた。
数分後。 正座させられた僕とセリナさんの前で、ルシアが顔を真っ赤にして仁王立ちしていた。
「し、信じられません! 寝込みを襲うなんて!」
「ち、違うんだ! セリナさんが治療だって!」
「あら〜、私はただ『昔話によくある治療法』を教えただけよ〜?」
「からかわないでください!!」
ルシアは怒っている。 でも、その怒り方はどこか嬉しそうで、そして何より――元気そうだった。
僕はタンコブをさすりながら、こっそりと笑った。 まあ、彼女が元気になったなら、痛い目を見た甲斐もあったというものだ。
……ただし、この一件以来、領地では「代行は王都から来た『見えない尻尾』の姫君と熱い仲らしい」という噂が定着し、婚活の話はぱったりと止んだのだった。
――外伝・完




