【外伝4】分岐32-33話 Bad End 静かなる略奪者と、凍りついた計算書
窓の外で、白い雪が降り積もっていく。 執務室の暖炉の火は消えかけていた。薪をくべる気力も、もう残っていない。
手元の報告書には、残酷な数字と、もっと残酷な「敗因」が記されていた。
『食料備蓄率:15%(冬越え不可能)』 『主要因:野生動物による食害、および収穫作業の遅延』
「……ゴブリンなんていなくても、守れると思ってたんだけどな」
俺は自嘲気味に笑った。 計算は完璧だったはずだ。人間と獣人だけで、効率よく回せば冬は越せるはずだった。 でも、俺は一つだけ見落としていた。
この領地が、**「大自然のど真ん中」**にあるということを。
◆ 歌う畑と、森の住人たち
あの日、俺はゴブリンたちを追い払った。 「魔物を領民にするリスク」を嫌ったからだ。 畑のニンジンを守るため、それが一番確実な方法だと思った。
だが、ニンジンを狙っていたのは、魔物だけじゃなかった。
シカ。ノウサギ。イノシシ。ネズミ。
彼らは魔物じゃない。ただの野生動物だ。 でも、彼らにとっても、あの「歌って光る高栄養ニンジン」は、雪が降る前の最高のご馳走だった。
夜になると、畑が光り、歌う。 それは森中の動物たちへの「ディナーショーの招待状」だった。
「アル様! 東の畑、全滅です! シカの群れが入りました!」 「こっちはネズミだ! 収穫前の根っこをかじられてる!」 「イノシシが防護柵を壊しました! 手が足りません!」
連日、悲鳴のような報告が上がってきた。
◆ 圧倒的な人手不足
俺たちは必死に防ごうとした。 だが、人間と獣人だけでは、他の作業(住居建設・防壁強化・薪割り)で手一杯だった。 24時間体制で広大な畑を見張る人員なんて、どこにもいない。
もし、あの時……ゴブリンたちを受け入れていたら?
気配察知に優れたサボルがいれば、動物の接近をいち早く知らせてくれただろう。 穴掘りが得意なホルがいれば、動物よけの溝をあっという間に掘ってくれただろう。 怪力のハコブと、彼らの大家族(100匹)がいれば、動物に食われる前に、人海戦術で一気に収穫しきれたはずだ。
「雑草取り」や「見張り」といった、単純だけど数が要る仕事。 それを任せられる「数」を、俺は自ら切り捨ててしまったのだ。
◆ 収穫の敗北
そして、冬将軍が来た。
動物たちに食い荒らされ、穴だらけになった畑。 残ったニンジンを慌てて収穫しようとしたが、人手が足りず、半分以上が土の中で凍りついた。
掘り出してみたニンジンは、動物の歯型がついているか、冷気で腐っているか、どちらかだった。
「……これじゃあ、売り物にもならないし、保存も効かねえ」
ガルドさんが、かじられたニンジンを見て力なく呟いた。
「動物たちも、生きるのに必死だったんだ。 ……俺たちが、守りきれなかっただけだ」
その言葉が、重くのしかかる。
俺は「魔物」というリスクを排除したつもりで、 「自然」という、もっと巨大で数え切れないリスクに押しつぶされた。
◆ 静かなる撤退
食料がなければ、人は定着しない。 獣人たちは「これじゃ飢え死にする」と言って去り、 人間の職人たちも「春になったらまた来る(たぶん来ない)」と言って去った。
残ったのは、雪に埋もれた畑と、 動物たちの足跡だけ。
俺は執務室の鍵を閉めた。
「……帰ろう」
机の上には、書きかけの計画書。 『多種族共生都市構想』。
俺は、誰も傷つけなかった。 ゴブリンとも戦わず、ただ「常識的に」追い払っただけだ。 とても「賢い」選択をしたつもりだった。
その結果――ウサギとシカに負けた。
雪の中、王都へ戻る馬車の窓から、 森の奥で光る目がいくつも見えた気がした。
そこは、正しくて、合理的で、 そしてどうしようもなく「弱かった」俺たちの、墓標だった。
――外伝・完




