第5話 酔った勢いで「魔王軍の将軍の娘」を入学させてしまった件について
「……あ!?」
深夜の参謀室。 優雅に書類仕事を片付けていた(つもりの)私の口から、淑女らしからぬ声が漏れた。
書類の雪山が崩れた拍子に、一番下からひらりと舞い落ちた一枚の“青い紙”。
それを拾い上げた瞬間、私の思考回路は完全にフリーズしたわ。
『一年目 在籍継続・特例身元保証書』
そこには、流麗な筆跡で署名された私の名前。
そして、鮮やかに、くっきりと押された私の実印。
「……いつ押したのかしら、これ」
「おや、やっと気づいた?」
窓辺から、鈴を転がすような声が落ちてきた。
銀髪、褐色の肌、そして夜闇に光る紅い瞳。 窓枠に腰掛け、最高級の赤ワインを揺らしているのは――セリナ。
「あなたね……」
「いやぁ〜、だいぶ前にサインもらったから、そろそろ気づく頃かなって思って。見守りに来てあげたのよ?」
「見守りじゃなくて、自白しに来たの間違いでしょう!」
私は青い紙をひらひらさせながら、セリナに詰め寄った(物理的威圧感は皆無だけど!)。
■ セリナという女の正体
「確認するわよ、セリナ」
「はーい、どうぞ〜」
「あなた、表向きは“恋多き吟遊詩人”みたいな顔してるけど―― 実際は、大陸中に根を張る影ギルドの女帝よね?」
「あら、人聞きが悪い。愛と情報の運び手、と呼んで」
「そのギルドを通して、私の可愛い発明品を世界中に売りさばき、 その裏金とコネクションで、魔族側の穏健派ともパイプを作っている」
「うんうん。ドワちゃんの才能を世界平和に役立ててるのよ」
「……そこまでは、把握してるわ」
「でしょ? 問題はそこからよね〜」
■ 酔わせて押させたハンコ
「この、保証書よ」
私は青い紙を指で弾いた。パン! といい音がする。
「“一年目の在籍開始”の前夜。
アルを見つけた祝いだとかなんとか言って、あなたが持ってきた極上ウイスキー。
あれを飲んで、私が上機嫌になったあたりで……
『細かい説明はあとでするから、とりあえずこれにサインして〜』って言われた記憶が、うっすらと、本当にかすかにあるわ」
「うんうん。あの日、ドワちゃん最高に可愛かったわよ? 『私が世界を変えるのよ〜!』って叫びながら、豪快にハンコ押してくれたもの」
「……穴があったら入りたいわ」
頭を抱える。
お酒は理性を溶かす溶剤とはよく言ったものね。
私の理性、溶けすぎでしょう。
「でもドワちゃん、“重要なことは全部覚えてるタイプ”でしょ? 無意識でも、本当にヤバいものにはサインしないはずよ?」
「今この瞬間まで、この紙の存在を忘れていた私が言うのもなんだけど…… これ、中身は何なのよ」
■ 書類には何も書いてない(表向き)
改めて、青い紙を読み直す。 そこには巧妙にぼかされた文言が並んでいた。
・対象:一年生コード73番
・適用条件:「特別な事情により、在籍継続に際し、裏面の特例措置を適用する」
保護者欄には、架空の貴族名。
ギルド側保証人のサイン(セリナ)。
監督責任者:王国軍参謀 ドワルガ。
“魔族”のまの字もない。 ただ、コード番号と、私の責任だけが明記されている。
「……よくこの紙切れ一枚に、ここまで爆弾を隠蔽できたものね」
「プロだもの。愛弟子のためなら書類偽造くらいお茶の子さいさいよ」
「自慢にならないわよ!」
■ すでに同級生として潜伏中
「で――この“コード73番”の子」
「はい」
「正体は?」
セリナはワインを一口含み、にっこりと笑った。
「魔族側、穏健派の将軍の娘さん。 角と翼は私の幻術で隠して、人間名義で今年の春、フツーに入学済みよ」
「……“転入”ですらないのね。初日から普通に混ざってるわけだ」
私は眩暈を覚えた。 アルだけでも手一杯なのに、爆弾がもう一個、しかもすでに点火済みで転がっていたなんて。
「アルと同じ試験を受けて、ちゃんと実力で合格してるわよ。 コネなのは身元保証だけ」
「せめてもの救いね……って、救いになってないわよ! もしバレたら、私、参謀クビどころか国際問題の責任者よ!?」
■ 知っているのは、共犯者だけ
「知っているのは?」
私は震える声で尋ねた。
「この子の本当の身元を、今把握してるのは誰?」
「私と、ドワちゃんだけ。 魔族側では、父親の将軍くらいね」
「王女殿下は?」
「“優秀な一年生がいるなぁ”くらい。出自までは知らせてないわ」
「アルには?」
「まだ内緒♡」
「……はぁー……」
深いため息が、部屋の空気を重くする。
セリナがソファから降りて、私の背中に抱きついた。 甘い香油の匂い。本当に、この女は。
「ねぇ、ドワちゃん。顔が怖いわよ?」
「怖くならない方がどうかしてるわ。 “滅領の子”と“魔族の将軍の娘”を、何も知らせずに同学年・同クラスに放り込む―― 建前は立派な“多種族共生”かもしれないけど、現場の私は胃に穴が空きそうよ」
セリナの指先が、私の肩を優しくなぞる。
「でも、いい子よ、その子。 剣術は家柄どおり、魔術も上級。 あの世代の魔族には珍しいくらい、素直で真面目」
「つまり、“一番危ないタイプ”ってことじゃない」
「……ふふっ」
セリナが耳元で囁く。
「でもね、ドワちゃん。 “滅びた人間の子”と“居場所を失った魔族の娘”。 その二人が机を並べて、喧嘩したり笑い合ったりする未来。 ……あなた、嫌いじゃないでしょ?」
……ずるい。 本当に、こいつは私の弱点を知り尽くしている。
「……最後に確認よ、セリナ」
「な〜に?」
「これ、“アルを見つけた褒美”に含めたのは、あなたの独断ね?」
「独断。けど、必要経費」
「……責任は、半分ずつよ」
「いいの? 優しい〜! 大好き!」
セリナが頬ずりしてくるのを、私は手で押しのけた。
「合理的と言いなさい。 あなたが捕まったら、私の極上ワインルートが途絶えるもの」
セリナが窓枠に足をかけ、ひらりと身を翻す。
「じゃ、私はまた世界中の影ギルドを回ってくるわね。 ドワちゃんの新作魔導具、高値で売りつけてくるから!」
「変なところに流さないでよ!」
「需要があるところに流すのが商売よ〜。じゃあね!」
夜風と共に、悪友は消えた。
静寂が戻った参謀室で、私は青い紙を一番下の引き出し――鍵付きの“極秘重要区画”――に放り込んだ。
同じ一年生。 滅んだ領地の少年と、正体を隠した将軍の娘。
その両方を、この一年、私が監督する。
(……火種は受け取ったわよ。 燃え広がらせないのが、大人の仕事だものね)
机の端の風鈴が、チリ、と鳴く。
私は新しい紙を一枚抜き、優雅な筆記体で題名だけを書きつけた。
〈一年生実技訓練 ペア編成・暫定案(非公開)〉
その一番上に、アルと、コード73番の名前を並べて書く。
セリナからもらった果実酒を、グラスに注いで口に運ぶ。 甘くて、少しだけ苦い。
どんな酒も、どんな変わった果物でも、 時間をかけて漬け込めば、角が取れて、まろやかになるはず。
あの子たちも、うまく熟成してくれればいい――
グラスの琥珀色を見つめながら、私はふと、そんなことを願うのだった。
50話程度書き溜めているので、毎日数話投稿していきます。




