【外伝3】 白き獣の襲来と、二つの墓標
(視点:アル・エルンスト/叔父)
「――緊急警報! 北の森から、大型の魔獣反応!」
冬の終わりのある日。 監視塔からの鐘の音が、平和な領地の空気を切り裂いた。
執務室で書類と格闘していた俺は、ガバッと顔を上げた。 生憎、治安隊長のガルドさんは隣領への視察で不在だ。 指揮を執れるのは、俺(叔父)しかいない。
「……行きます」
俺はマントを翻し、壁にかけてあったハルバード――『のびる君・改』を掴んで飛び出した。
◆ 氷雪の巨獣
現場に到着すると、そこには白い悪夢がいた。 体長5メートルはあろうかという、巨大なホワイトベア。 雪山から降りてきたはぐれ魔獣だ。
「うわぁ……デカすぎでしょアレ!」
先着していたリオが、氷の壁を展開しながら叫ぶ。 彼の水魔法で作った防壁も、ベアの一撃でガラス細工のように砕かれていく。
「リオ! 領民の避難は!?」
「完了してます! でも、このままだと完成したばかりの『第2乾燥小屋(干し肉用)』が潰されます!」
「それはマズい。レムスさんが泣く!」
俺は仮面の奥で目を細めた。 相手は格上。だが、地形はこちらの庭だ。
「リオ、足元を狙え! 水を撒いて凍らせろ!」
「了解! ……って、叔父上、まさか突っ込む気ですか!?」
「領主代行が後ろで震えてちゃ、示しがつかないでしょう?」
俺はニヤリと笑い(仮面で見えないが)、ハルバードに魔力を流し込んだ。
ギュィィィン!
柄が伸びる。先端の刃が回転を始める。 ドワルガ先生の技術と、ネーヴの改造が詰まった相棒だ。
「――いくぞ!」
リオが放った水流が、ベアの足元で瞬時に凍結する。 ツルッ! 巨体がバランスを崩した一瞬の隙。
俺は跳んだ。 ネーヴ特製の「跳躍ブーツ」が火を吹く。
「はあああっ!!」
空中からの、回転斬り。 ハルバードの一撃が、ベアの首筋を正確に捉えた。
ズドン!!
地響きと共に、白い巨獣が沈黙する。 一瞬の静寂。 そして――
「う、うおおおおお!!」 「叔父上すげぇぇぇ!!」
遠巻きに見ていたゴブリン警備隊や領民たちから、割れんばかりの歓声が上がった。
「あの細腕で……一撃だぞ!?」 「魔法も剣も使えるなんて、何者なんだ……!?」
……しまった。ちょっと張り切りすぎたか。 「文官肌の叔父」という設定が、音を立てて崩れていく音がした。
◆ 大宴会と、レムスの腕
その夜。 大浴場に併設された「憩いの広場」は、熱気と湯気と、香ばしい匂いに包まれていた。
「さあさあ! 新鮮なホワイトベアのステーキだ! 食ってあったまれぇ!」
レムス料理長が、左手の義手(バーナー仕様)で豪快に肉を炙っている。 魔獣の肉は硬くて臭みがあるはずだが、レムスの手にかかれば極上のジビエだ。
「うめぇ! 脂が乗ってる!」 「叔父上が狩った肉だと思うと、余計に美味いな!」
人間も、獣人も、ゴブリンも。 風呂上がりのほかほかの顔で、同じ皿をつついている。
「叔父上、食べないんですか?」
リオが、大盛りの皿を持って隣に座った。 俺は少しだけ仮面をずらして(口元だけ出して)、肉を一切れ放り込んだ。
「……美味い」
「でしょ? レムスさんの腕、神がかってますから」
リオが笑う。 その向こうで、ゴブリンの子供たちが「オジサマ、ツヨイ!」とはしゃいでいる。
平和だ。 魔獣が来ても、みんなで守り、みんなで食う。 俺が――アルが作りたかった景色が、ここにある。
(……父さんと母さんにも、見せたかったな)
ふと、そんな想いがよぎった。 この賑やかな「家族」のような風景を、誰より望んでいたのは彼らだったはずだ。
「……明日の朝、墓参りに行こう」
俺は心の中で決めた。 誰にも見られない時間に、こっそりと。 「領地は元気です」と報告するために。
◆ 霧の中の訪問者
翌朝。 まだ日が昇りきらない、薄霧の早朝。 俺は一人、丘の上を目指した。
父さんと母さんの墓(石碑)がある場所。 誰にも会わないはずの時間帯。
だが――そこには、先客がいた。
数人の領民たちだ。 昨日、魔獣襲撃の際に避難誘導をしてくれていた古株の老人や、その孫たち。
彼らは、二つの石碑の前で手を合わせ、涙を流していた。
一つは、父さんと母さんの碑。 そしてもう一つは――その隣に新しく建てられた、「アル・エルンストの墓」。
「……アル様。 昨日は、叔父上が魔獣を倒してくださいました」
老人が、震える声で語りかけている。
「あの方の戦う姿……まるで、アル様が乗り移ったようでした。 あなた様が連れてきてくださった方々は、みんな立派にこの地を守ってくれています」
供えられた花。 子供が描いた、下手くそな似顔絵(たぶん俺だ)。 そして、誰かが置いた、俺が好きだった木の実の菓子。
「会いたかったなぁ……」
孫娘が、鼻をすすりながら呟く。
「生きてたら、きっと今の領地を見て、一緒に笑ってくれただろうに……」
俺は、木の陰で立ち尽くしていた。 足が動かなかった。
彼らは泣いている。 俺の死を悼んで。俺の不在を嘆いて。
――俺は、ここにいるのに。
仮面のすぐ下、手を伸ばせば届く距離にいるのに。 「生きてるよ」と言えば、その涙を止められるのに。
でも、言えない。 言えば、彼らを危険に晒すことになる。 王都の敵が、この「楽園」を標的にする。
(……残酷だな、偽装死ってやつは)
胸が締め付けられるような痛み。 でも同時に、温かいものが込み上げてくる。
俺は死んだことになっている。 でも、俺が遺したものは、こんなにも愛されている。 「アル・エルンスト」という存在は、彼らの心の中で、ちゃんと生き続けている。
「……叔父上?」
ふと、子供が振り返った。 俺は慌てて、仮面の位置を正し、いつもの「叔父の演技」で歩み寄った。
「……早起きですね。 皆様も、墓参りですか?」
「あ、はい! 今日はアル様の……甥御さんの月命日みたいなものでして」
老人が、涙を拭って微笑む。
「叔父上も、お参りに?」
「ええ。 ……『よくやった』と、褒めてやろうと思いまして」
俺は、自分の墓の前に立った。 そこにある「死んだ自分」に向かって、深く、深く頭を下げる。
(見てろよ、アル。 お前が死んだふりをしてまで守りたかったこの場所は、 俺が――『叔父』が、絶対に守り抜いてやるからな)
風が吹いた。 供えられた花が、「うん」と頷くように揺れた気がした。
俺は領民たちに背を向け、 仮面の下で、誰にも見えない涙をひと筋だけ流した。
あと、外伝を3話くらい投稿する予定です。
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