【外伝2】分岐19話 Bad End 沈んだ航路、あるいは「正義」が凍らせた領地
(視点:アル・エルンスト)
夜の海に、三隻の船影が見えた。 掲げられているのは、クラーケンの旗。 間違いなく、海賊だ。
船首に立っている男の顔に見覚えがあった。 オルガンさん。かつて、僕の家族に魚を届けてくれていた漁師の顔役。
胸が痛んだ。 だが、僕の頭の中にある「計算機」は、冷徹な警告を発していた。
『対象:武装勢力(海賊)』 『リスク評価:極大。領地内への招き入れは治安悪化、略奪、外部からの信用失墜を招く恐れあり』 『推奨行動:即時排除』
情に流されてはいけない。 僕は今、領民の命を預かる「領主代行」なのだ。 犯罪者集団を身内に引き入れるなんて、リスク管理としてありえない。
「……先生。やってください」
僕は、隣に立つドワルガ先生に合図を送った。
「本当にいいのね、アル? あれは、ただの略奪者には見えないけれど」
「海賊旗を掲げている以上、彼らは敵です。 領民を危険に晒すわけにはいきません。 ……沈めてください」
先生は一瞬ためらい、そして無言で杖を振った。 セリナさんとヴェルトランさんの魔力が重なる。
海が割れ、二体の巨大な水クラーケンが出現した。 それらは威嚇のためではなく――破壊のために、その腕を振り下ろした。
バキボキッ!!
木材が砕ける音。悲鳴。
それら全てが、冷たい北の海に飲み込まれて消えた。
翌朝、港には船の残骸だけが打ち上げられていた。 僕は「治安は守られた」と安堵していた。
――その時までは。
◆ 領民たちの眼差し
「……ひでぇことをしやがる」
浜辺に集まっていた領民の一人が、震える声で呟いた。 彼は、打ち上げられた半魚人の遺体(かつての隣人の子供)を抱きかかえていた。
「こいつらは……俺たちの村の、あぶれ者たちだったんだ」 「食うに困って海に出たけど、根っからの悪党じゃなかった。 ただ、帰る場所を探して戻ってきただけかもしれないのに……」
領民たちの視線が、僕に突き刺さる。 それは「感謝」ではない。 **「恐怖」と「拒絶」**だった。
「アル坊は前の領主様と似ても似つかねぇ、事情も聞かずに、みんな沈めちまったぞ」 「俺たちも、役に立たなくなったらああやって切り捨てられるんじゃねえか?」
信頼が、音を立てて崩れていく。 僕は「正義」を行ったはずなのに、彼らの目には「冷酷な独裁者」として映っていた。
その日から、領民たちの口数が減った。 作業はする。命令には従う。 だが、そこにあったはずの「熱」は、完全に冷え切っていた。
◆ 閉ざされた海路
そして、冬が近づくにつれ、もう一つの「罰」が僕を襲った。
物流の途絶だ。
北の海は荒い。 海流は複雑で、岩礁が多く、普通の商船は寄り付かない。 この海を安全に航行できるのは、地元の海を知り尽くしたベテラン漁師――つまり、オルガンたちだけだったのだ。
さらに、彼らは「海賊」として裏社会のルートも持っていたはずだ。 正規のルートが使えない時でも、物資を調達できるコネクション。 それを、僕は自ら海の底へ沈めてしまった。
「アル様、食料が届きません! 予定していた商船が、海流の悪化で引き返しました!」
「魚も獲れません! 沖のポイントを知っていた連中は、もう……」
ガルドさんが、渋い顔で報告してくる。 倉庫の備蓄は減る一方だ。 陸路は雪で閉ざされつつある。 頼みの綱だった海路は、僕自身が「封鎖」してしまった。
◆ 廃墟への道
食料不足と、領主への不信感。 その二つが重なれば、結果は見えている。
ある朝、目が覚めると、領民の半数が消えていた。 何も言わずに、南へ逃げ出したのだ。
残ったのは、動けない老人と、義足のメンテナンスを受けられなくなった負傷兵だけ。
ドワルガ先生が、ガランとした執務室で静かに言った。
「……『正しい判断』だったわよ、アル。 武装勢力を排除する。治安を守る。教科書通りなら100点満点だわ」
先生は、冷めたコーヒーを啜った。
「でも、領地経営はテストじゃない。 『正しさ』だけじゃ、人はついてこないのよ」
僕は、窓の外を見た。 誰もいない港。 打ち上げられた木片が、墓標のように突き刺さっている。
あの日、あの海賊たちと話していれば。 「リスク」を承知で、彼らを受け入れていれば。
今頃ここは、荒くれ者たちの笑い声と、新鮮な魚と、他国からの珍しい物資で溢れかえっていたかもしれない。 「海賊が経営する貿易会社」なんて、ふざけた組織が世界を驚かせていたかもしれない。
でも、もう遅い。 僕が選んだ「正義」が、この街を殺したのだ。
雪が降り始めた。 何もかもを白く覆い隠すように、静かに、冷たく。 そこは、二度と春が来ない、死に絶えた「元・再興地」だった。
――外伝・完




