【外伝1-1】分岐36話 Bad End 選ばなかった選択肢
※残酷な描写が嫌いな方は、この外伝1は飛ばしてください。
(視点:アル・エルンスト)
「ねぇ、アルくん。ひとつ、最悪だけど“安全な”提案してもいい?」
王都の隠れ家。 テーブルの上に置かれた黒い封筒を指し、セリナさんは言った。 その瞳には、いつものふざけた色はなく、冷徹な光が宿っていた。
「アルくんの死亡を偽装するの。 君が歴史から消えれば、敵はターゲットを見失う。 一時的に名前は失うけれど……誰も死なずに済むわ」
その提案を聞いた時、僕の頭の中にある「計算機(前世の理性)」が、瞬時にリスクとリターンを弾き出した。
プランA:正面突破(リーダーの道) プランB:偽装死(幽霊の道)
合理的に考えれば、逃げるべきだ。相手の底が見えない以上、一度潜って体制を立て直すのが定石だ。 ……でも。
「……いえ。その案は却下です」
僕は黒い封筒を、指先で押し返した。 湧き上がってきたのは、根拠のない自信――いや、「転生者としての傲慢」だったかもしれない。
「俺たちは強い。コソコソ隠れる必要なんてない。 正面から戦って、勝ちましょう。それが一番『確実』な道です」
今まで上手くいってきた。 領地も復興した。仲間も集まった。 だから、今回も「正攻法」で勝てるはずだ。そう思い込んでいた。
セリナさんは一瞬、寂しげな目をした気がした。 でもすぐに、いつもの不敵な笑みを浮かべた。
「……了解。あんたがそう言うなら、私の部下をフル動員するわ」
そして、舞踏会の夜。 結果から言えば、僕たちは「勝った」。
襲撃してきた過激派の実行部隊は、影ギルドの精鋭とガルドさんによって全滅した。 エリシア殿下も無傷。僕も軽傷で済んだ。 クーデターは未遂に終わり、僕は「王女を守った英雄」として、華々しく称えられた。
……その勝利が、敵の「本気」を引き出すトリガーだとも気づかずに。
異変が起きたのは、その数日後だった。
いつものように、ヴェルトランからの連絡書をドワルガ先生と読んでいると。
コン、コン。
ノックの音がした。 いつもの軽快なリズムではない。重く、湿った音。
「……誰?」
返事はない。 扉が、ゆっくりと開いた。
そこには誰もいなかった。 ただ、廊下の真ん中に、細長い木箱が一つ、置かれているだけだった。
宛名はない。 ただ、箱の表面に赤いインクで、『勝利の祝いに』とだけ殴り書きされている。
鼻を突く臭い。 鉄錆のような血の臭いと――セリナさんがいつもつけていた、甘い香油の匂い。
「……開けるな、アル」
先生の声が震えていた。 でも、確認しないわけにはいかない。 僕は震える手でバールを握り、蓋をこじ開けた。
ギギッ、と釘が鳴き、蓋が外れる。
中を見た瞬間。 僕の思考は、白く弾け飛んだ。
「……あ、ぁ……」
そこに入っていたのは、セリナさんだった。
いや、「セリナさんだったもの」と言うべきか。
「……嘘、でしょ……」
ドワルガ先生が、膝から崩れ落ちる。 ガタガタと震え、自分の口元を押さえている。
セリナさんの胸元には、ナイフで直接、文字が刻まれていた。
『イイ女だったぞ。次ハ、王女ダ』
これは、警告だ。 僕たちが「正義」を気取って勝ったつもりでいる間に、敵は一番大切なものを、一番惨たらしい方法で奪い取ったのだ。
僕への見せしめのために。 僕が「逃げなかった」せいで。
「……いやぁぁぁぁぁぁぁッ!!!」
先生の絶叫が、参謀室に響き渡った。 僕は、動けなかった。 吐き気が込み上げ、視界が歪む。
これが、戦争? これが、勝利の代償?
その時、窓の外で鐘が鳴った。 敵襲を告げる鐘ではない。 王宮の方角から上がる、不穏な黒煙。
――エリシア。
胸の文字が脳裏をよぎる。 『次は王女だ』。
僕は弾かれたように部屋を飛び出した。 後ろで、先生がセリナさんの亡骸に縋り付いて泣き叫ぶ声を、背中で聞きながら。




