第42話 再会、あるいは「ヒーロー」は仮面をつけてやってくる
(視点:エリシア)
翌日の御前会議は、最悪の熱気で満ちていた。
「陛下! 緊急報告です!」
伝令の兵士が、礼儀も忘れて飛び込んでくる。
「南門前の難民キャンプで、暴動が発生! 獣人の一部が警備兵と衝突し、火の手が上がっております!」
会議室がどよめく。
建築ギルドの長が「それ見たことか!」と叫び、貴族たちが「鎮圧だ!」「王都を守れ!」と騒ぎ立てる。
「静粛に」
重たい杖の音が、喧騒を断ち切った。
宗教派の総長、グレオス。
彼は爬虫類のような目で周囲を見渡し、冷ややかに告げた。
「慈悲は無用です。 神の都を汚す暴徒には、相応の報いを与えねばなりません。 ――聖騎士団に、『浄化』を命じましょう」
浄化。それは「皆殺し」の別名だ。
「お待ちください!」
私は立ち上がっていた。 自分が何をしようとしているのか考える前に、体が動いていた。
「彼らは飢えているだけです! 話を聞けば――」
「殿下」
グレオスが、私を遮った。
まるで、聞き分けのない子供を諭すような、侮蔑を含んだ優しい声で。
「歌姫は、歌っていればよろしいのです。 血なまぐさい仕事は、我々大人が引き受けますよ」
その瞬間、私の中で何かが切れた。
(……大人? これが大人の仕事?)
(問題を先送りにして、弱いものを切り捨てるのが?)
私はドレスの裾を蹴り上げた。
「……結構です。 歌姫は歌っていればいい? ええ、その通りですね。 ですから――私が現地へ行って、歌って鎮めます」
会議室が凍りつく。
制止する声を振り切って、私は部屋を飛び出した。
足が震える。怖い。
でも、頼れる大人は、あの人しかいない。
バン! ノックもせずに参謀室の扉を開ける。
「ドワルガ参謀! 力を貸してください!」
息を切らせて叫んだ私の目に、異様な光景が飛び込んできた。
いつもの書類の山。
その中心に、ドワルガ参謀。。。
「あら、殿下。お待ちしておりましたよ」
ドワルガ参謀は、驚きもせずにニヤリと笑った。
「宰相閣下はお忙しいようですので…… 私が代わりに、この国の『尻拭い』をさせていただきましょうか」
彼女が示した先。
カーテンの影から、一人の男が歩み出る。
黒い仮面。
分厚い靴。
全身を覆うローブ。
異様な出で立ちの男。
「紹介します、殿下。 北の領主代行――“アル殿の叔父”です。 ……最強の助っ人をご用意しておきました」
仮面の男が、私の方を向く。 その立ち姿。
重心の置き方。 そして何より、纏っている空気の「温かさ」。
心臓が、早鐘を打つ。
まさか。
そんなはずない。だって彼は……。
「はじめまして、エリシア殿下。 北の領主代行――“アル殿の叔父”と申します」
低く加工された声。
でも、その言葉の端々に、隠しきれない「彼」のリズムがある。
男は一歩近づき、私に言った。
「殿下。俺たちが……いえ、北のチームが、食料と受け入れ先を用意しました。 ですが、暴動を止めるには『きっかけ』が必要です。 ……歌って、いただけますか?」
その問いかけ方。
私を「王女」としてではなく、「一人の人間」として頼ってくれる、その響き。
視界が滲む。
喉が詰まって、声が出ない。
私は震える手で、彼のローブを掴んだ。
「……叔父上。 ひとつだけ、お願いがあります」
「なんでしょう」
「その仮面……取っていただけませんか?」
部屋の時間が止まる。
ドワルガ参謀が、やれやれと肩をすくめた。
男は、一瞬ためらい―― それから、観念したように小さく笑った。
「……敵いませんね、殿下には」
カチ、と音がして。 仮面が外される。
そこにあったのは。 茶色の髪。
少し大人びたけれど、変わらない優しい目。
2年前、私の目の前で死んだはずの――
「……ようこそ、エリシア。 遅くなってごめん。迎えに来たよ」
「アル……ッ!!」
涙腺が決壊した。 私はたまらず、彼の胸に飛び込んだ。
温かい。
生きている。
幽霊じゃない、本物のアルだ。
「うあぁぁぁぁ……っ! バカ! バカぁ……っ!」
「ごめん、本当にごめん」
アルの手が、私の背中を優しくポンポンと叩く。
そのリズムに、張り詰めていた心の糸が、ぷつりと切れた。
彼が生きていた。
それだけで、地獄だった王都が、光に満ちて見えた。
「……泣くのはあとよ、殿下」
ドワルガ参謀が、ハンカチを差し出しながら言った。
その目も、少しだけ赤い。
「泣き止んだら、仕事よ。 最強の助っ人が来たんだから、もう負ける気なんてしないでしょ?」
私は涙を拭い、顔を上げた。 アルが、ニカっと笑って手を差し出してくる。
「行こう、エリシア。 俺たちの『宿題』……貧困のない世界を、ここから始めよう」
私はその手を、強く、強く握り返した。
「うん……っ! 行きましょう、私のヒーロー!」
絶望は終わった。
ここからは、私たちの反撃の時間だ。
これから1時間ごとに投稿します。1章完結45話、クライマックスまでお楽しみください!




