第40話 揺れる都、あるいは「硝子細工の歌姫」の沈黙
(視点:エリシア/15歳)
「――では殿下。本日の舞踏会も、いつものように愛らしい笑顔で」
宰相のうやうやしい、けれど心のこもっていない言葉。
私は扇子で口元を隠し、鏡の前で練習した通りの角度で微笑んだ。
「ええ。皆さまの安寧を、女神に祈りましょう」
……空っぽだ。 自分の口から出る言葉が、砂のように乾いて崩れていく。
アルが死んで(ということになって)、2年が過ぎた。 私は15歳になった。背も伸びたし、ドレスのサイズも変わった。 けれど、この王城での扱いは、あの日から一歩も進んでいない。
「都合のいい象徴」。 「美しいお飾り」。
父様は病に伏せ、政治の実権は貴族たちと教会が握り合っている。 干ばつが続き、民が飢えていても、舞踏会の灯りは消えない。 私はただ、彼らが決めたことにニコニコと頷き、手を振るだけの硝子細工だ。
胸元のペンダントを握りしめる。 教会から贈られた「加護」。 これを着けていると、思考が霧に包まれたようにぼんやりとして、抵抗する気力が削がれていく。 神官たちは「祈りが深まっている証拠」だと言うけれど。
(アル……。 あなたのいない王都は、息をするのも苦しいわ)
助けて、とは言えなかった。 彼はもういないのだから。
控え室に戻ると、窓辺に銀色の影があった。
「お疲れ〜、姫様。今日も完璧な『お人形さん』だったね」
セリナさんだ。 この人だけが、唯一、私を皮肉混じりに「人間」として扱ってくれる。
「……嫌味なら結構よ。北からの手紙は?」
「はいはい」
差し出されたのは、分厚い封筒。 差出人は――「アル・エルンストの叔父」。 亡きアルの意志を継ぎ、北の旧領を復興させているという人物。
手紙には、躍るような文字で「復興」が綴られていた。
『温泉リゾート、全面開業。 獣人と人間の共同運営農場、収穫倍増。 ゴブリン警備隊、本日も異常なし。 ……みんな、笑って暮らしています。』
文字が、滲んで読めない。
北には、歌がある。湯気がある。「生きた生活」がある。 アルが命懸けで守ろうとした「楽園」が、そこにはある。
それに比べて、私は――。
窓の外を見る。 王都の空は澱んでいる。
南の地方から流れてきた獣人難民たちが、城壁の外で飢えに震えているのが見える。
でも、私は何もできない。
「可哀想ですね」と呟いて、祈るフリをすることしか許されていない。
「……ねぇ、セリナさん」
「ん?」
「私は、何のためにここにいるのかしら。 アルが作った『楽園』の噂を聞くたびに……自分が『地獄』の飾り物になったみたいな気分になるの」
セリナさんは何も言わず、ただ寂しそうに目を細めた。
かける言葉がないのだと、分かっているから。
私は膝を抱えた。 明日もまた、着せ替え人形のようにドレスを着て、空っぽの笑顔を振りまくのだろう。
アルとの約束――「逃げておいで」という言葉だけが、遠い夢のように響いていた。
これから1時間ごとに投稿します。1章完結45話、クライマックスまでお楽しみください!




