第35話 年末舞踏会、あるいは「虎の穴」への正装
(視点:ドワルガ)
「チョーかわいー!」
年末。
王宮、および教会総長グレオス主催の大舞踏会・当日。
控室の鏡の前で固まっている私を見て、最初に叫んだのはセリナだった。
「……殺すわよ」
「あら怖い。でも、似合ってるわよ? 『七年ぶりのドレス姿』」
鏡の中には、深紅のドレスを着た少女――もとい、私が映っていた。
フリル、レース、宝石。ドワーフの機能美とは対極にある装飾の塊だ。
「……軍服で行くと言ったはずよ」
「王女殿下から『お礼です』って特注ドレスが届いたのよ? 断ったら政治問題よ」
「ハメられた……!」
今回の舞踏会は、名目上は「王家と教会の親睦」だが、実質は**「北方再興の功労者・アルのお披露目会」**だ。 アルが主賓扱いされる以上、保護者の私も逃げられない。
「どうせ虎の穴に入るなら、虎児くらいは拾って帰らないとね。 ……ほら、みんなも準備できたみたいよ」
カーテンが開く。
そこに並んでいたのは、見違えるような「我が子(生徒)」たちだった。
ルシアは、夜会に溶け込むような漆黒のドレス。
その美貌は凶器に近い。
ネーヴは、シンプルな灰色のドレス。
ただし、アクセサリー類は全て自作の小型魔導具だ(たぶん爆発する)。
リオは燕尾服を着せられ、緊張で耳ヒレをピクピクさせている。
そしてアルは――
純白の礼服に身を包み、少し照れくさそうに首元をいじっていた。
「……似合わないですね、俺」
「馬鹿おっしゃい。どこの王子様かと思ったわよ」
私は憎まれ口を叩きつつ、内心で舌を巻いた。
泥だらけの作業着も似合うが、正装すると育ちの良さが隠せない。
さすがは、あの二人の息子だ。
「ねぇドワルガ参謀」 セリナがこっそり耳打ちしてくる。
「今日、照明さんが仕事しなくていいくらい、あの二人が輝いてない?」
「照明が嫉妬して消えそうね」
「私のドレスは?」
「チョーかわいーって言ったでしょ。もう一日中ハグしたい」
「やめろ。化粧が崩れる」
軽口を叩きながらも、私の胃はキリキリと痛んでいた。
宗派の動きは明らかにおかしい。
ここ数年、グレオスに睨まれた貴族は、皆、あまり良くない死に方をしている。
(アルを呼んだのは、表彰するためじゃない。……値踏みするためだ)
私は扇子(鉄扇・武器仕様)を握りしめた。
「行くわよ。 美味しいご飯だけ食べて、さっさと帰りましょう。 ……誰も食わせるつもりはないからね」
舞踏会の会場は、目が痛くなるほど煌びやかだった。
シャンデリア、生演奏、香油の匂い。
その眩しさの中に、ドロリとした影が差している。
「ようこそ。年末の良き日に」
壇上。
宗主グレオスが、完璧に整えられた笑顔で立っていた。
底のない、爬虫類のような笑顔だ。
隣には、王女エリシア。 豪華なドレスに着せ替え人形のように飾られているが、その表情は硬い。 アルの姿を見つけると、一瞬だけ、パァッと花が咲いたような顔をした。
(……いじらしいこと)
グレオスが口を開く。
「アル殿。北方再興の功、しかと聞き及んでおります」
「もったいないお言葉です」
アルが優雅に礼をする。
挨拶は型通り。
だが、グレオスの視線がアルに向けられたとき、その奥に一瞬だけ、どす黒い光が走ったのを私は見逃さなかった。
(……やっぱり、ロックオンしてるわね)
セリナからの報告では、過激派の内部でアルは
「北の蛮族領主」
「ゴブリンと風呂に入る異端者」
「王女をたぶらかす害虫」
と、好き放題言われているらしい。
笑い話で済むうちはいいが、異端認定されれば火刑台行きだ。
「ドワルガ参謀」
不意に、グレオスがこちらを向いた。
「陛下も、北方のご活躍を大いに頼もしく思っておられる。 ……ですが、出過ぎた杭は打たれるもの。 若き再興者には、相応の“節目”が必要ですな」
「……恐れ入ります。 ですが、杭も太すぎれば、打った槌の方が砕けることもありますよ?」
私が笑顔で返すと、グレオスは満足げに目を細めた。
「ふふ。槌が砕けるか、杭が折れるか。 ……今宵の余興が楽しみですな」
背筋に、冷たいものが走る。 これは、宣戦布告だ。
私はワイングラスを口元に運びながら、胸の中で一本、太い線を引いた。
(……何があっても、ここからアルを生きて連れ帰る。 たとえ、このドレスを血で染めることになってもね)
音楽が鳴り響き、貴族たちの笑い声が天井に渦を巻く。
その華やかな喧騒の下で、私の「参謀」としての思考回路だけが、氷のように冷たく冴え渡っていった。
これから1時間ごとに投稿します。1章完結45話、クライマックスまでお楽しみください!




