表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
33/97

第33話 湯気と笑いと、帰る場所、あるいは「風呂は文明である」

視点:ドワルガ


「――文明とは、湯だ」


 私は琥珀色の液体(高級ウイスキー)を揺らしながら、重々しく宣言した。


「……ねぇドワちゃん。開口一番それ? 詩人にケンカ売ってる?」


目の前で呆れ顔をしているのは、吟遊詩人にして影ギルドの長、セリナだ。  


場所はいつもの参謀室。  


机の上には、北の領地から届いた分厚い報告書と、空になった酒瓶が一本。


「事実だもの。戦も、貧困も、差別も。  ひとまず温かい湯に肩まで浸かれば、だいたいのことは『まぁいいか』になる。  それが文明の極致よ」


「はいはい、深いねぇ。  で? その文明の極致で起きたっていう**『徹夜風呂パーティ事件』**の真相は?」


 セリナがニヤニヤしながら報告書を指差す。


「 真相:ネーヴが張り切って、浄水器の『濃縮ポーション水』を湯に入れすぎた。  

  結果:全員の体力が全回復しすぎて、目がギンギンになり、誰も寝られなくなった」


「バカじゃないの!?」


「で、体力が余り余った連中がどうしたかと言うと――  


『眠れないなら、せっかくだから風呂もう一個作ろうぜ!』ってなって。  


朝起きたら、大浴場が三つに増えていたそうよ」


「若い……! 若さの暴走が愛おしい……!」


 セリナが机をバンバン叩いて笑う。


「まあ、怪我の功名ね。  実は、予想以上に獣人の移住希望者が増えていたのよ。  あの『ニンジンスカウト作戦』の効果がテキメンで、既存の浴場じゃパンク寸前だったらしいわ」


「ああ、体が大きいもんね、あの子たち」


「そう。  だから、この徹夜工事で浴場が拡張されたのは、結果的に大助かりだったってわけ。  ……動機は不純だけど、結果は合理的よ」


■ まぜこぜ浴場、フル稼働中


 私は報告書のページをめくった。  そこに描かれているのは、ある意味で「革命」の光景だ。


湯気の中、背中を流し合う人間とハーフ魚人。  

義手や義足を外して(防水加工済み)、子供を高い高いしている元兵士。  

毛づくろいに余念がない獣人たちは、なぜか「リンス」の概念を発明してサラサラになっている。         ゴブリンたちは入口で一列に整列し、体を洗ってからおずおずと湯に入っている。


「……魔王軍でも、ここまで混ざらないわよ」


「『多種族混浴実験場』ね。タイトル決まり」


 トラブル防止のためにアルが定めた「入浴マナー六箇条」も、意外なほど守られているらしい。


入る前に洗う(基本)


飛び込まない(獣人・魚人へのフリではない)


旗を持ち込まない(ゴブリン対策。なぜか旗を持ちたがる)


口笛禁止(魚人が音で共鳴して風呂が波立つため)


魔導機器は外す(ネーヴがその場で改造を始めるため)


挨拶は共通語で「おつかれさま」


 アルの追伸には、こうあった。


『先生。  湯気の向こうで、言葉も種族も違う連中が  「ザバン・ふぅ・ペコリ」ってやってるのを見ると、  平和ってこういうことかなって思います。』


「……分かってるじゃない、あいつ」


 私はグラスを傾けた。  どんな条約よりも、どんな高説よりも。  「同じ湯の温度を共有する」ことのほうが、よっぽど雄弁だ。


■ 子供たちの背中


 報告書の端には、それぞれの筆跡でメモが残されていた。


リオ: 『先生、ボク、前より笑うこと増えた気がします。  なんでかなって考えたら、“おかえり”って言える家が増えたからでした。  あと、風呂上がりの牛乳は正義です』


ネーヴ: 『浄水器、改良した。  ポーション濃度、調整機能つき。  “寝る前用・リラックス”と“徹夜用・カフェイン増し”、切り替え可能』


ルシア: 『……この領地、嫌いじゃないわ。  たぶん、あの子の母親も、こういう場所を見たかったんだと思う。  (追伸:ネーヴに“美肌の湯”の開発を依頼しました)』


「……なんかズルいわね。子供たちだけ、いい台詞持っていくんだから」


 セリナが目を細める。


「いいじゃない。  あの子たちが、私たちの“先”を行ってくれてるんだもの」


「そうね」


 私は窓の外、北の空を見上げた。


 本来なら、十年かけてやるつもりだった復興計画。  

それがたった半年で、ここまで来た。    

水が通り、作物が育ち、技術が根付き、そして――  「帰る場所」ができた。


「……楽しみね」


 思わず、本音がこぼれる。


「アルはきっと、ここからさらに変なことをやらかすわよ。  ネーヴは機械を進化させ、リオは人と人を繋ぎ、ルシアは魔族の常識を変える。  私たちが王都で胃を痛めている間に、あいつらは世界をひっくり返すかもしれない」


「うん。その顔、覚えとく」


 セリナがニヤリと笑う。


「なに?」


「ドワちゃん、今、最高に『保護者』の顔してたよ」


「……うるさい。酒が回っただけよ」


 私は照れ隠しに、新しいボトルを開けた。  ポン、と軽快な音が響く。


「それじゃ、改めて」


 セリナがグラスを差し出す。


「滅びた領地から始まった、多種族ごちゃまぜ国家再興計画に――」


「そして、あいつらの作る『いい湯加減』の未来に」


 カチン。  澄んだ音が、夜の参謀室に響いた。


 その時、セリナが懐から羊皮紙を取り出し、サラサラと何かを書き始めた。


「……あら、降りてきたわ」


「何が?」


「新曲のインスピレーションよ。  『北の果て、湯気に煙る理想郷』……うん、悪くない」


 彼女は満足げに頷き、芝居がかった口調で読み上げた。


「この時、都の人々はまだ知らない。  


北の果て、氷の大地に湧いた熱い泉が、やがて凍てついた世界を溶かすことを。  


種族の壁も、言葉の壁も、すべては湯気の中に消え――  残るは、ただ裸の笑い声のみ。    


……そんな、温かくて馬鹿げた奇跡の物語が、ここから始まるのである」


 セリナはウインクをして、羊皮紙の末尾に大きくサインを書き入れた。


 ―― By セリナ

これから1時間ごとに投稿します。1章完結45話、クライマックスまでお楽しみください!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ