第31話 ニンジンが難民を救う、あるいは「拉致」と紙一重のスカウト
(視点:ドワルガ)
「――先生。ニンジンで人を釣るのって、法的に『拉致』になりますか?」
朝の参謀室。 アルが真顔でそんなことを言い出した。 私は持っていたペンを置き、眉間を揉んだ。
「……まず、質問の言葉選びを直しなさい。『釣る』じゃなくて『勧誘』と言え」
「じゃあ、ニンジンでご案内」
「それはそれで胡散臭いわね」
机の上には、例の「歌うニンジン」が一本、鎮座している。
王都では栽培できないため、旧領から極秘ルートで取り寄せた貴重なサンプルだ。
(防音結界の中で、今日も元気に*ン〜〜♪*と唸っている)
「で? 誰を釣るつもりなの」
「獣人のみなさんです」
アルは窓の外、南の方角を指差した。
「王都は今、干ばつで食糧不足です。 そのしわ寄せで、南の荒れ地に『獣人保護区』なんて名目の隔離施設が作られようとしてます。 ……正直、あそこはただの収容所です。仕事もない、飯もない、未来もない」
アルの声が、少し低くなる。
「もったいないですよ。 獣人の人たちは、力持ちで、タフで、働く意欲もある。 それを『邪魔者』扱いして囲い込むなんて、リソースの無駄遣いです」
「……出たわね、君の『もったいない』精神」
私は苦笑した。 この少年は、社会問題すら「効率の悪いシステムエラー」として捉えている。
「一方、僕らの北の領地は?」
ネーヴが、床の寝袋から顔を出して即答する。
「……人手不足。 仕事、山積み。 飯とニンジン、余りまくり」
「需要と供給が、完璧に噛み合ってるじゃない」
私は指をパチンと鳴らした。
「つまり―― 王都で余っている労働力を、不足している北部へ移動させる。 そのための『交渉材料』が、このニンジンってわけね?」
「はい。 口先だけで『北へ行こう』って言っても、誰も信じません。 『あそこは極寒の不毛の地だ』って噂が広まってますから。 だから――実物を見せて、食わせて、胃袋から説得します」
■ 募集要項:まさかの超ホワイト
「でも、怪しまれない?」 リオが心配そうに言う。 「『うまい話には裏がある』って、スラムじゃ常識だよ?」
「だから、条件を包み隠さず提示する」
私は黒板(床)に、募集要項を書き出した。
【北の開拓団・募集要項】
1.食事:歌うニンジン入りシチュー食べ放題(※栄養価特大)
2.住居:暖房完備の寮(※ただし外は極寒)
3.風呂:大浴場あり(※魚人と混浴の可能性あり)
4.仕事:土木・建築・農作業(※肉体労働)
5.契約:奴隷契約なし。いつでも離脱可能。
「……書き出してみると、王都のスラムより遥かに好条件ね」
「ホワイトすぎて逆に怪しいレベルです」 アルが苦笑する。
「そこを信用させるのが、私の名前と、セリナの裏工作よ」
私はニヤリと笑った。
「公的には『参謀ドワルガ主導による、辺境開拓の特別雇用枠』とする。 セリナには、スラムの顔役たちに根回しを頼んでおいたわ。 『あそこの飯はマジで美味いらしい』って噂を流してね」
■ 実践:ニンジンスープ作戦
その日の夕方。 王都の南、獣人たちが集められようとしているスラム街の一角。 そこに、一台の屋台が出現した。
「さあさあ! あったかいスープだよー! 味見は無料! 元気が出るよー!」
リオが、持ち前の明るさで声を張り上げる。 大鍋からは、甘く濃厚な香りが漂っている。 アルの母のニンジンと、干し肉を煮込んだ特製シチューだ。
最初は警戒していた獣人たちも、匂いにつられて一人、また一人と顔を出した。
「……無料って、本当か?」 痩せこけたウサギ獣人の子供が、おずおずと尋ねる。
「本当だよ。ほら、熱いから気をつけて」 アルが器を渡す。
子供が一口すする。 その瞬間、垂れていた長い耳が、ピン! と立った。
「!! おいしい……!」
その一言が、合図だった。 周りの大人たちも、たまらず手を伸ばす。
「なんだこれ、体がポカポカするぞ……!」 「力が湧いてくる……!」 「うめぇ、こんな野菜、食ったことねぇ!」
瞬く間に人だかりができる。 私はその中心で、木箱の上に立った。
「美味いでしょう? それは北の領地で採れた野菜よ。あっちには、これが山ほどあるわ」
ざわめきが起きる。
「北? あの滅んだ土地か?」 「死の土地だって聞いたぞ」
「昔の話よ」
私はきっぱりと言い放った。
「今は水が通り、火が灯り、作物が育っている。 足りないのは、それを収穫して、家を建てて、街を作る『手』だけ。 ……どう? ここで『邪魔者』扱いされて飢えるのと、 あっちで『開拓の英雄』として腹一杯食うのと。 どっちを選ぶ?」
ロバ獣人の男が、疑わしそうに、でも縋るような目で聞いた。
「……本当に、仕事があるのか? 獣人だからって、足元見たりしねぇか?」
アルが前に出た。
「しません。 あっちには魚人もいるし、人間の職人もいる。 種族なんて関係ない。 『働いて、食って、笑う』。それだけができれば、誰でも仲間です」
アルの言葉には、嘘のない重みがあった。 実際に現地で汗を流し、彼らと寝食を共にしてきた少年の言葉だ。
男は、残ったスープを飲み干し、器をドンと置いた。
「……行こうじゃねぇか。 どうせここには未来はねぇ。 そのニンジンとあんたたちを信じて、賭けてみるさ」
「俺も行く!」「私も!」
次々と手が挙がる。 それは「仕方なく行く」顔じゃない。 自分の意思で「生きる場所」を選び取った顔だ。
■ 結末:拉致じゃない、たぶん
その夜だけで、五十人近い希望者が集まった。 彼らは数日中に、私の手配した馬車で北へ向かうことになる。
帰り道。 空になった大鍋を片付けながら、リオが呟いた。
「……先生。これ、ギリギリ誘拐に見えません?」
「失礼ね。『福利厚生付きの集団就職』よ」
私は胸を張った。 アルが、夜空を見上げてふっと笑う。
「よかった。 これで、あっちの人手不足も解消するし、 こっちの『保護区行き』になる人も減らせる」
「そうね。 王都の役人たちも『厄介払いができた』って喜んでるわよ。 皮肉な話だけど、利害は一致してるわ」
ネーヴが、あくびをしながら一言。
「……ニンジン、すごい。 世界、救うかも」
「気が早いわよ」
でも、否定はしなかった。
一本のニンジンが、政治も、差別も、国境も飛び越えて人を動かす。 アルの「もったいない精神」が、誰かの「生きる場所」を作ったのだ。
(……エリシア殿下。 見ていてください。 あなたの同級生は、王都の隅っこから、確実に世界を変え始めていますよ)
私は夜風に吹かれながら、 次の「悪巧み(計画)」に思いを馳せた。
これから1時間ごとに投稿します。1章完結45話、クライマックスまでお楽しみください!




