第29話 ニンジンが歌う夜、あるいは「いただきます」という安全装置
(視点:ドワルガ)
「――先生。またニンジンがやらかしました」
昼休み。 仮設ラボで図面を引いていた私の元へ、リオが血相を変えて飛び込んできた。
手には、一本のニンジン。
……いや、太すぎる。
大根サイズだ。
しかも色が濃いオレンジで、表面が脈打つように発光している。
「……『やらかした』って、野菜に使う動詞じゃないわよ」
「だってこれ、聞いてくださいよ!」
リオがニンジンを机にドン! と置く。 耳を澄ますと――
〜〜♪ ン〜〜〜♪
「……鼻歌?」
「はい。畑一帯で、重低音の合唱中です」
私は額を押さえた。頭が痛い。
◆ 三段ブーストの結果
元々、この種の素性は分かっている。 アルの母上が、生前この土地のために品種改良していた「魔力耐性ニンジン」だ。
・通常なら収穫まで約100日 ・魔素の高い土地だと成長が早く、病気にも強い
それが、この領地――魔石乱掘で魔素まみれの土地(栄養過多)に来た結果、
100日 → 約1ヶ月で収穫可能
となっていた。これだけでも十分すごい。
だが、そこに私の可愛い弟子が、良かれと思って余計なことをした。
「ネーヴ。あなた、何をしたの」
足元の寝袋をつま先でつつく。
ネーヴが顔だけ出して、ボソッと言った。
「……浄水器の『濃縮魔素水』。
捨てるの、もったいない。 だから、まいた」
結果――
100日 → 1ヶ月 → 10日で収穫可能(歌付き)
「……三段ブーストか。限界突破しすぎよ」
セリナが横から顔を出し、面白そうに笑う。
「タイトルつけるなら『働きすぎニンジン』ね。過労死しそう」
「過労死するのは土壌の魔素よ。……いや、待てよ?」
私はふと、ある可能性に思い当たった。
◆ 魔素が強すぎて「病気」を心配したが——
私は魔力計を取り出し、光るニンジンに当てた。 針がギュン! と振り切れる。
「……やっぱり、魔力含有量が異常に高い」
普通なら、こんなものを食べたら魔力中毒になる。
この土地の井戸水と同じで、「毒」になるはずだ。
だが、アルから届いたヴェルトランの観察報告書には、こうあった。
『最初は毒性を懸念したが、結果は逆だった。 “謎の微熱”や“だるさ”を訴えていた領民が、このニンジンをスープにして食べた翌日、ケロリと回復した。 毒が抜けたような顔をしている』
「……病気どころか、治った?」
ネーヴが、寝袋から這い出して(完全にイモムシだ)解説する。
「……水の中の魔素は、バラバラ。体に悪い。 ニンジンの中の魔素は、整列してる。 “栄養”として、パッケージされてる」
「つまり――」
私は膝を打った。
「バラバラに散らばって人を蝕んでいた『環境汚染(魔素)』が、 ニンジンに吸収されることで『高濃度の栄養』に変換されたってこと!?」
リオが目を丸くする。
「先生が昔言った『水を変えられない限りこの土地に未来はない』ってやつ…… 水を変えて、ついでに野菜が掃除機になったパターンですね」
「掃除機言うな。 ……でも、事実ね」
アルの母の品種改良は、ここまで見越していたのか、それとも執念が生んだ奇跡か。
どちらにせよ、本当に惜しい人を亡くしたわ。
◆ 叫ぶ野菜と「いただきます」
「で、“歌う”件についてだけど——」
セリナが報告書の続きを読み上げる。
『夜になると、畑全体からハミングが聞こえる。 光るニンジンが風に揺れながら共鳴しているようだ。 最初に夜回りした農夫は腰を抜かしたが、子供たちは“畑が呼んでる”と言って逆に集まってくる』
「ホラーなのかメルヘンなのかはっきりしなさい」
さらに追記がある。
『ニンジンを無言で引き抜くと、“ギャアアア!”という断末魔のような悲鳴を上げ、周囲の魔素を乱す。 ただし、土を優しく揺らし、心を込めて“いただきます”と声をかけてから抜くと、 “スポン”と良い音を立てて静かに抜ける』
「……マンドラゴラじゃないのよ」
私は頭を抱えた。
「『いただきます』って、アルの口癖よね?」
リオが頷く。 「はい。アルが『食事前の儀式だ』って言って、みんなに教えてました。 まさか野菜の収穫マナーになるとは思いませんでしたけど」
「礼儀で騒音問題を解決するな……」
とはいえ、対策があるなら良しとしよう。
この領地の公用語に「いただきます」が追加された瞬間である。
◆ 魔族も生きられる“畑の栄養”
そこへ、ノックの音。
「入っていい?」
ルシアが顔を出す。
手には、泥を落としたばかりの光るニンジン。
「また試食?」
「大事な検証だから」
ルシアは真剣な顔で、ニンジンをひとかじりした。
カリッ。
いい音がする。
彼女は咀嚼し、飲み込み――そして、深く息を吐いた。
その瞳が、とろりと潤む。
「……すごい」
「どうしたの?」
「満たされる……」
ルシアは、自分の胸元をぎゅっと掴んだ。
「先生、知ってますよね? 魔族は、人間の食べ物を食べても『味』はしても『栄養』にならない。 お腹は膨れても、魔力が枯渇していれば、飢えて死ぬんです」
「ええ。だから魔石をかじるしかない」
「でも、これは違う」
彼女はニンジンを見つめる。
「このニンジンは……魔石と同じくらい、いや、それ以上に純度の高い魔力が詰まってる。 食べた瞬間、体の芯から熱くなる。 ……これなら、生きていける」
その言葉に、室内の空気が変わった。
アルが、静かに口を開く。
「……つまり、 このニンジンがあれば、魔族は『魔石鉱山を襲わなくても』生きていける?」
ルシアが小さく、けれど力強く頷く。
「はい。 戦って、奪って、殺し合わなくても…… 畑を耕せば、生きていける」
セリナが、ふっと息を漏らした。
「すごいわね。 平和の鍵が、まさかニンジンだなんて」
「歌うニンジンなら、なおさら物語向きだな」
私はニヤリと笑った。
◆ まとめ:平和の味はオレンジ色
私は床(黒板)に、今回の発見をまとめた。
【特産品:歌うニンジン】
・成長速度:爆速(10日)
・効果(人間):疲労回復、病気治癒、体力増強
・効果(魔族):魔石代替食料(重要!!)
・副作用:夜に歌う。抜くときは挨拶必須。
・備考:子供が食べるとハイテンションになり寝なくなるため、夕食への混入は要調整。
セリナが横から一行足す。
『※世界を救う(予定)』
「気が早いわよ」
「でも、そうでしょ?」
否定しきれない自分が、少しだけ誇らしい。
私はニンジンを一本手に取り、光にかざしてみた。
オレンジ色の淡い光。
それは、魔族の飢えを満たし、人間の病を癒やし、多種族をつなぐ「架け橋」の色だ。
「……アルの母上に、一本供えてやりなさい」
「はい。一番うるさく歌う元気なやつを選んでおきます」
アルが笑う。
滅びた領地の再興は、 剣でも魔法でもなく、 一本の騒がしい野菜から、本当の意味で動き出した。
(……さて。 次はこれをどうやって『兵糧』として、あるいは『外交カード』として使うか。 参謀の腕の見せ所ね)
私は光るニンジンをかじり、その甘さに思わず顔をしかめた。
……甘すぎる。
でも、悪くない味だ。
これから1時間ごとに投稿します。1章完結45話、クライマックスまでお楽しみください!




