第28話 水とコイルと三つの出口、あるいは「ゴミ」が「燃料」に化ける日
(視点:ドワルガ)
「……先生。領地の水、めどが立ちそうって本当ですか?」
ヴェルトランから届いたレポートをアルとよみながら、アルが訪ねてくる。
「そうね。今はオルガン以下の魚人たちが、魔法で子供用の飲料水を確保している。いつまで、それに頼ってたら砂漠化してしまうわ。」
私は参謀室の天井を仰ぎ、深いため息をついた。
北の領地。 夏休みの突貫工事で、石油ボイラーを使った「温水供給システム」は完成した。 凍土は溶け、川の水量は戻った。 だが、肝心の「水質」にはまだ致命的な課題が残っていた。
あの土地の水は、魔族が乱掘した魔石の粉が混じり、魔素濃度が異常に高い。 そのまま飲めば、魔力酔いで内臓をやられる。 だからこそ、住民たちは長年「原因不明の病」に苦しめられてきたのだ。
「初代浄水器は、失敗だったわね」
私は部屋の隅に転がっているガラクタ(試作1号機)をヒールでコツンと突いた。
「砂、布、活性炭、簡易フィルタ。 見た目の汚れは完璧に取れたわ。透明で、キラキラした美しい水になった。 ……でも、中身は『猛毒』のままだった」
アルが苦笑する。
「ガルドさんが飲んだら『力がみなぎる!』って喜んでましたけど、ヴェルさんは子供に与えたらだめだっていってましたもんね……。」
「見た目は清流、中身はエナジードリンクの原液。 生活用水としては及第点でも、飲み水としては失格よ。」
私はホワイトボード(黒板)に向き直り、カツカツと文字を書いた。
『課題:物理濾過だけでなく、魔素そのものを分離する』
「……で。 その難題を解決したのが、そこのね、ネ、、助手よ」
私が指差した先。 部品の山の真ん中で、愛用の寝袋にくるまって丸くなっている物体――ネーヴが、もぞりと動いた。
「……寝袋じゃやない……。……できた」
ネーヴが寝袋から手だけをニョキッと伸ばし、一台の装置を指差した。 寝ぼけているのか、シャツのボタンが掛け違えられていて、白い鎖骨が露わになっている。 ……まったく、無防備なんだから。
指差された先には、銀色のタンクに、複雑怪奇なコイルが幾重にも巻き付いた、見るからに怪しい機械。
「これが、第二世代?」
「ん。 濾すだけじゃ、ダメ。 魔力の波、ほどいて、分ける」
ネーヴは眠そうに目をこすりながら、簡潔に解説した。
「水、通す。 コイル、回る。 遠心力と魔力干渉で、成分、三つに分かれる」
「三つ?」
リオが首をかしげる。 セリナも面白そうに、ワイングラス片手に覗き込んできた。
「百聞は一見にしかずよ。動かすわね」
私はタンクに、旧領から持ち帰ったサンプル用の「汚染水」を注ぎ込み、スイッチを入れた。
ブゥゥゥン……
低い駆動音と共に、コイルが怪しく発光する。 タンクの中で水が渦を巻き、やがて三つの蛇口から、それぞれ違うものが出てきた。
一つ目の蛇口からは、透き通った水。
「これが一番の目的、『純水』よ」
私はコップに受け、一口飲んで見せた。
「……うん。味気ないくらい、ただの水ね。 魔素はほぼゼロ。これなら赤ん坊が飲んでも平気よ」
「おおっ!」
アルとリオが歓声を上げる。 これで、旧領の「飲み水問題」は解決だ。
二つ目の蛇口からは、淡く発光する液体が出てきた。 少し粘度があり、甘い香りが漂う。
「こっちは?」
「『濃縮魔素水』。 水から分離した魔素が、ここに集まってるの」
私は慎重に瓶に詰めた。
「これ、原液で飲んだら即死レベルだけど…… 千倍に薄めれば『上質なポーション』になるわ。 傷薬にもなるし、疲労回復にも効く。 レムス(料理長)が欲しがってた『元気の出るスープ』の素よ」
「あの人、また火力を上げそうですね……」
アルが遠い目をする。
そして、三つ目の蛇口――というか排出口。 そこからボトボトと落ちてきたのは、黒くてドロドロした「泥」のようなものだった。
「……うわ、なんか邪悪そう」
リオが顔をしかめる。
「これが『魔屑』よ」
私は火箸でその黒い塊をつまみ上げた。
「魔力の残りカス。 純水にも、ポーション水にもなれなかった、不純物の塊。 魔力の向きがバラバラで、不安定で、使い道がない」
「つまり、ゴミですか?」
「ええ。産業廃棄物ね。 浄水器を稼働させればさせるほど、このゴミが大量に出るわ」
リオが鼻をつまむ。
「先生臭いです。埋めたら土地がダメになっちゃいますよね?」
「そう。だから頭を抱えていたのよ。 ……昨日の夜まではね」
私はニヤリと笑い、ネーヴに合図した。
ネーヴが、ガサゴソと新しいアイテムを取り出す。 それは、以前作った「民間用義手」のパーツに似ていた。
「……ゴミじゃない。 燃料」
ネーヴが、黒い泥を乾燥させて固めた「黒い石」を、義手のソケットに装填した。
カチリ。
キュィィィン!
義手が甲高い唸りを上げ、指先が目にも止まらぬ速さで動き出した。 空気を掴む音がするほどの出力だ。
「なっ……!?」
アルが目を見開く。
「これ、使用者の魔力供給なしで動いてるんですか!?」
「そうよ」
私は胸を張った。
「魔屑は、不安定だからこそ『爆発力』がある。 人体に入れるには毒だけど、機械を動かす燃料としては最高なのよ」
私は床に図解を描いた。
『魔屑カートリッジ(外部バッテリー)』 ・用途:義手・義足の出力ブースト ・効果:使用者の魔力を消費せず、一時的にパワーを数倍にする ・制限:持続5分。使い捨て。
「これを使えば、魔力が少ない一般人でも、義手を使って重い石を運んだり、硬い岩を砕いたりできる。 つまり――『魔法使いじゃない人』が、『魔法のような怪力』を使えるようになるの」
「すげぇ……!」 リオが目を輝かせる。
「ゴミが、エネルギー革命の種になったってことですか!」
「そういうこと。 水を作れば作るほど、燃料も手に入る。 無駄がないでしょう?」
アルが、感心したように唸った。
「……先生。 先生のその『一粒で三度おいしい』設計思想、大好きです。 究極の『もったいない精神』ですね」
「『合理的』と言いなさい」
私は髪をかき上げた。
「これで、旧領のインフラは整ったわ。 安全な水。 特産品のポーション。 そして、労働力をブーストする燃料。 ……文句なしの『文明開化』よ」
ネーヴが、最後に小さな瓶を差し出した。
「……あと、これ」
「ん? それは?」
二番目の「ポーション水」を、さらに薄めたような液体だ。
「畑に、まく用。 アルの母さんのニンジン。 あれ、魔素が好きだから」
アルがハッとする。
「そうか……! 普通の作物には毒でも、あのニンジンなら『栄養』になる!」
「……育ちすぎる予感しかしないけどね」
私は苦笑いした。
まあ、いいわ。 水が変わり、人が変わり、大地が変わる。 その中心にいるのが、この「問題児たち」と、私の技術だ。
「さあ、この設計図を持って行きなさい! 次の休みには、北の領地を『水の都』に変えてくるのよ!」
「はいっ!」
若者たちの返事が、部屋に響く。 私の「裏金」と「技術」の結晶が、海を越えて花開く日は近い。
……たぶん、ものすごく変な色の花だろうけどね。
これから1時間ごとに投稿します。1章完結45話、クライマックスまでお楽しみください!




