第27話 年齢詐称(?)研究補助員、あるいは「寝袋」の卒業
(視点:ドワルガ)
「……リオ。念のために確認するんだけど」
朝の参謀室。 私は書類の山と格闘しながら、向かいで工具を磨いている魚人ハーフの少年に声をかけた。 その足元では、例によってネーヴが寝袋にくるまったまま、導管をカチカチいじっている。
「ネーヴって、今年でいくつなの?」
「え? 僕たちと同い年ですよ、多分」
「『多分』ってなによ」
「だって、父さんが海から拾ってきたとき、アルもネーヴも僕と背丈がほとんど一緒だったんです。だから村では『同い年トリオ』って扱いで……」
「雑ねぇ、年齢認定」
私は呆れてため息をついた。
まあ、見た目は確かに幼い。
小柄で、童顔で、無表情。どう見ても12〜13歳だ。
……だが、書類上の手続きをするにあたり、正確な数字が必要になったのだ。
「ネーヴ」
「……ん」
「あなた、歳はいくつ?」
ネーヴは工具を止め、視線だけをこちらに向けた。
そして、何気ない天気の話でもするように、ぽつりと答えた。
「二十」
「「は?」」
私とリオの声が、完璧にハモった。
■ 同い年だと思っていた三人
「に、二十って……今年で? 成人済み!?」
リオが椅子から転げ落ちそうになる。
「うん。春で」
「ちょ、ちょっと待ってくれ! ってことは、父さんが二人を連れてきたとき、俺が7歳だから……ネーヴは15歳!? え、俺ずっと年上のお姉さんにタメ口きいてたの!?」
ネーヴはこてん、と首をかしげた。
「リオ、小さかった。 アルも、小さかった。 私も、小さかった。 だから、いっしょ」
「説明になってないわよ!」
そこへ、窓からひょいっとセリナが顔を出した。 朝から元気な不法侵入者だ。
「あらあら〜? なんか面白い話してる?」
「セリナ、聞いて驚きなさい。 このミノムシ(ネーヴ)、二十歳だって」
「……マジ?」
さすがのセリナも三秒固まった。 だが、すぐにニヤリと悪い笑みを浮かべる。
「ってことはさ〜。 この子、合法でお酒飲める歳じゃん」
「話をそこに持っていかないでちょうだい」
私は頭を抱えた。
見た目年齢詐欺の私が言うのもなんだが、この参謀室の年齢構成、どうなってるのよ。
■ 白い部屋と“船”の記憶
私は気を取り直して、もう一歩踏み込むことにした。
ネーヴが自分のことを話す機会なんて、年に一度あるかないかだ。
「ネーヴ。 リオの親父殿に拾われる前のこと、どれくらい覚えている?」
ネーヴは工具を置き、少し遠くを見る目になった。
「……白い部屋」
「白い?」
「床も壁も、天井も白。 金属の机、いっぱい。 丸い窓、光、へんな音。 ……そこで、ずっと作ってた」
彼女は自分の手をじっと見つめる。
「言われたもの、組んで、動かして、測って。 たまに、刺される。 熱いの、入れられる。 ……数えるの、嫌になった」
リオが息を呑む。
「やっぱり……研究所、だったんだな」
「でも、作るのは好きだった。 うまく動くと、きれいだったから。 だから、今とちょっと似てる」
「『嫌だった』と『好きだった』を同じ棚に置かないで。大人の胸が痛むわ」
私は胸の奥の痛みを抑えて、問いを重ねた。
「そこに、アルもいたの?」
ネーヴの目が、ほんの少し柔らかくなった。
「隣の部屋。 ガラスの向こうで、アルも刺されたり、測られたりしてた。 でも、よく笑ってた。 へんな人」
リオが複雑そうな顔をする。
アルの過去。
それは私たちが想像する以上に、重いものなのかもしれない。
「ある日、すごく大きい音がした。 全部、揺れた。 白い部屋、赤くなって、煙が出て、傾いた」
ネーヴは淡々と語る。
「ドア、壊れた。 大人たち、叫んでた。 煙の中から、アルが来た。 すすだらけで、ボロボロで……でも目だけ、すごく強かった」
『ここ、ダメだから。一緒に逃げよう』
そう言って、手を引かれたのだという。
「怖かったけど、『行かなきゃ』って思った。 だから、走った。 ……最後、すごく揺れて、落ちて、暗くなった」
ネーヴは小さく首を振った。
「目が覚めたら、もう海の近く。 冷たくて、塩の味。 そこから先は、リオの父さんが拾ってくれた」
■ 海は今日も、変なものを運ぶ
リオが、バトンを受け取るように口を開いた。
「……そこからは俺の出番ですね。 ある日、父さんが漁の帰りに、『また変な鉄の箱が漂ってる』って言って、引き上げたんです」
「また?」
「はい。魚人の海って、変な『海洋ゴミ』多いんですよ。 見たこともない金属の塊とか。 父さんは『どっかの大陸の失敗作だろ』って気にしてませんでしたけど」
「豪胆ねぇ……」
「その日も、少し潰れた『鉄の船』みたいなものと、その中に倒れてた子供二人を見つけたんです。 アルと、ネーヴ。 二人とも、背丈がほとんど同じで、ボロボロで。 だから父さんは―― 『ああ、同じ場所から流れてきた迷子セットか』って」
「人間かどうかも気にしなかったわけね」
「父さん、種族とか気にしない人なんで。 で、俺も『同い年の新入りが二人来た!』って喜んで……」
リオは頭をかきむしった。
「まさか、片方が年上のお姉さんだとは思いませんでしたよ!!」
■ 禁忌ハーフという種族
セリナが、ネーヴをじっと観察するように眺める。
「で、この子の“中身”の話なんだけどさ」
「中身言うな」
「骨格は完全にドワーフ寄り。手の厚み、頑丈さ。 でも耳の形と、魔力の吸い方はダークエルフ」
セリナの声が、少しだけ低くなる。
「……禁忌ハーフ。 ドワーフとダークエルフの『混ぜもの』」
私は眉をひそめた。
「たしかに、どっちの血も見えるわね」
「政治的にも宗教的にもタブーな組み合わせよ。 自然にはまず生まれない。 だから、どこかの研究施設が『試験管の中』で作った可能性が高い―― ってのが、影ギルドとしての見立てね」
物騒な推測だ。 だが、ネーヴの異常な才能と、出自不明の状況を考えれば、否定できない。
ネーヴは、自分の耳をつまんで、ちょっと引っ張った。
「どっちでもいい。 作れるし、動けるから」
「……その割り切り方、強いわね」
■ 立場を整えるということ
私は白墨を握り直し、床(黒板代わり)に書き出した。
『状況整理:
・ネーヴ:20歳(成人)。
・ドワーフ×ダークエルフのハーフ。
・出身:白い研究所(詳細不明)。
・経緯:アルと共に脱走し、魚人に拾われる。』
「……よし。 年齢がはっきりした以上、“立場”を整えなきゃいけないわね」
私はネーヴに向き直った。
「今までは、『未成年の臨時研究補助員(寝袋)』扱いだったけど。 二十歳なら話が違うわ。 正式に、『成人の研究員』として雇用契約を結ぶ」
「契約?」
「そう。給料も出す。責任も乗る。 導管が爆発したとき、怒られる度合いが『子供の悪戯』じゃ済まなくなるってことよ」
「怒られるの、先生だけでいい」
「私を避雷針にするな」
リオがおずおずと手を挙げた。
「あの……その……。 ネーヴさん、今まで呼び捨てにしてすみませんでした! 今日から敬語使った方がいいですか!?」
「いらない」
ネーヴはあっさり切った。
「リオ、幼なじみ。 アル、一緒に逃げた人。 先生、今の上司。 ……順番、大事。歳、あとからでもいい」
セリナがニヤッと笑う。
「いいこと言うじゃない。 『年齢よりも絆が先』ってね」
■ 「寝袋」卒業
書類への署名が終わり、ネーヴはきれいな字で自分の名前を書いた。 これで正式に、私の部下だ。
「よし。今日からあなたは、私の正式な助手よ。 胸を張りなさい」
「うん」
ネーヴは工具を握り直し、ふとこちらを見た。
「先生」 「なに」 「ひとつ、お願い」
少しだけ真剣な声だった。 私は姿勢を正す。
「“寝袋”って、もう呼ばないで」
「……え?」
「もう、逃げてきた子供じゃない。 作れるし、守れる。 だから……ちゃんと名前で呼んで」
私は一瞬きょとんとして、それから――ふっと笑った。
「……そうね。悪かったわ。 了解よ、ネーヴ助手」
ネーヴはいつもの無表情のまま、 ほんの少しだけ、誇らしげに胸を張った。
リオが苦笑しながら言う。
「じゃあ、これからもよろしくお願いします。 ……先輩」
「うん。 リオ、後輩。 アル、同僚。 先生……」
一拍置いて。
「ブラック」
「最後だけ訂正しなさい!!」
セリナが吹き出す中、私は床の書き込みに一行追加した。
『※あだ名“寝袋”は禁止。本人の希望により卒業』
白墨の粉が舞う。
この先、領地も王都も、もっと騒がしくなるだろう。
でも、頼もしい「大人」が一人増えたなら、なんとかなる気もしてくるわね。




