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第26話 手を作る街、あるいは「西の奇才」と「東の匠」の伝説

(視点:ドワルガ)


「……先生。旧領、本気で人が足りません」


 朝のコーヒーに口をつける前、アルが深刻な顔でそう切り出した。


「ガルドさんの部下や、戻ってきた旧領民たちはフル稼働してくれてます。  でも、土木・建築・魔導設備の設置……専門的な作業ができる『手』が圧倒的に足りないんです」


「贅沢な悲鳴ね」


 私はカップを置いた。  


復興が加速すれば、当然マンパワー不足に陥る。


兵士隊長ガルド。

元は名の知れた傭兵団長、王宮なら 義足でも喉から手が出るほど欲しがる逸材。

そんな男が、アルの両親の人徳に惚れ、生涯の忠誠を誓った。


そして、参謀(奇人)ドワルガと執政ベルトラン。

三人そろって、“三傑”と呼ばれたこともある。


「ガルド、ベルトラン、私——あの三人が本気で動けば、

領地が立ち上がるのは時間の問題だとは思っていた。

……だが、“ここまで早い”とわね。」


「で、ここからが本題なんですけど。」


アルが真剣な顔になる。


「ガルド隊長、あの義足であれだけ動けるの、

先生の義肢技術がすごいんですよね?」


「技術だけじゃない。

ガルドの気概と鍛錬が前提だ。」


「レムス料理長も、義手でまた大鍋振ってますよね。

“片腕の料理長”って噂が広まって、むしろ人気出てます。」


それは本当だ。

レムスは義手の反応速度に合わせて包丁技、鍋さばきを調整し、

以前より効率よく動けるようになった。


「先生。

義手義足があれば働ける人……

まだまだいるんじゃないですか?」


私は小さく息を吐いた。


「その通りよ」


 私は机の引き出しから、分厚いファイルを取り出した。  表紙には『人材リサイクル計画(裏帳簿)』の文字。


「この5年間、私は軍で何をしていたと思う?」


 私はファイルをバサリと開いた。


「負傷した正規兵への『義肢の導入』よ。  それまでは手足を失えば即除隊・使い捨てだった。  私がそれをひっくり返して、予算を分捕り、義肢をつけて戦線復帰させるシステムを作った」


 アルが頷く。  「ドワルガ部隊」と呼ばれる、義肢をつけた兵士たちの忠誠心が異常に高いのは、それが理由だ。


「おかげで、軍用のノウハウとデータは山ほど溜まったわ。  5年前、妖精大陸の偏屈ドワーフ(トルノス)と朝まで酒を飲み交わして、技術共有した甲斐があったというものね」


「……先生、ドワーフとも飲み仲間なんですか」


「飲み仲間兼、技術提携先よ。  あいつのおかげで、工場のライン設計までは頭にある」


 私は苦い顔でコーヒーを啜った。


「だが――国は『戦えない者』には冷たい。  腕をなくした魔道具職人、足を失った土木技師。  彼らは魔力適性があっても、民間人だからって、支援リストの対象外で放置されている」


 アルがファイルを覗き込む。  そこには、王都のあちこちに散らばる「動けない職人たち」のリストがびっしりと書かれていた。


「先生……これを、先生が?」


「ええ。この一年、セリナと一緒に『買い集めて』いたのよ」


 私はニヤリと笑った。  悪徳商人の顔で。


「国が予算を出さないなら、私が出す。  セリナと稼いだ『裏金』……もとい『事業開発準備金』でね。  彼らを私財で囲い込んで、生活の面倒を見てきたの」


「……でも、作ってはいなかった?」


「時間がなかったのよ。  正規兵のメンテと参謀の激務で手一杯。  民間用モデルを量産する『手』が、物理的に足りなかった」


 歯痒かった。  技術はある。金もある。ノウハウも5年分溜まっている。  あとは「作る時間」だけがなかったのだ。


「……でも、今は違う」


「……作れる」


 毛布の隙間から、灰銀の髪がのぞく。  ネーヴだ。今日もいや今日とて、私の研究室で野営キャンプしている。


「起きなさい、寝袋ちゃん。 私の代わりにやってくれる?」


 私がつま先でつつくと、ネーヴはもぞもぞと這い出し、寝癖のついた頭でぼんやりと呟いた。


ネーヴはまたこくり。

「いじりたい。」


 ネーヴが、工具箱を引き寄せてカチャリと鳴らした。  その瞳に、冷たくも熱い、技術屋の光が宿る。


「がんばる。先生の5年分のデータ、全部読んだ。トルノス式の工場ライン、ここで再現する」


 その言葉に、私はふっと笑った。


「期待するわよ。この『小さな寝袋』がいれば話は別。5年越しの宿題を、一気に片付けるわよ」


 私はネーヴの頭をガシガシと撫でた。


「やるわよ、弟子一号。  裏金とノウハウの結晶、見せてやるんだから!」


「……ん。やる」


 王都の裏通りにある倉庫。  


そこに集められたのは、片腕の魔導師、両足を失った斥候、指をなくした細工師たち二十名。


 みんな、目から光が消えている。  「戦えない」という理由で国から弾かれ、絶望していた者たちだ。  酒と埃の匂いがする。


「注目!」


 私が木箱の上に立ち、声を張り上げる。


「あなたたちを買い取ったドワルガよ。  単刀直入に言うわ。国はあなたたちを見捨てたけど、私は見捨てない」


 元魔導兵の男が、空っぽの袖を振って自嘲した。


「今さら何の用ですか、参謀殿。  俺たちはもう、戦場には立てませんよ。  正規兵の義手はあんたが作ってるって噂だが……俺たちに回す予算なんてないでしょう?」


「ええ、国の予算はないわ。  だから、私の**『ポケットマネー』**で作ることにしたの」


 私が言い放つと、男たちはぽかんとした。


「誰が戦場に行けと言った?  私が欲しいのは、あなたたちの『技術』と『魔力』よ。  5年かけて積み上げた軍用技術を、あんたたち民間用にカスタマイズしてやる」


 私はネーヴに合図を送る。


 ネーヴが、試作型の義手をダン! とテーブルに置く。  軍用のような無骨さはない。  作業用に特化した、繊細なマニピュレーター。  関節部が妖しく光り、まるで生き物のように脈打っている。


「……装着テスト。  軍用じゃない。職人用ハイエンドモデル」


 ネーヴの言葉に、男たちの目の色が変わる。  失ったはずの「半身」を見る目だ。


「動くわよ。  国は兵士を優先するけど、私は『職人』を優先する。  あなたたちの手足は、私が買い戻してあげるわ」


 倉庫の空気が、一変した。  見捨てられたと思っていた彼らの目に、再び熱い光が宿り始める。


 そこからは、怒涛の生産ラッシュだった。


 ウィィィン! ガギン!


 油と鉄の焼ける匂いが充満する。  男たちの熱気と、汗の匂い。


「ネーヴ! 3番の回路は『トルノス式』の配列を使いなさい! 耐久度が違うわ!」


「……了解。装甲板、軽量化」


 私の頭の中にある5年分のデータと、妖精大陸のドワーフ技術。  それをネーヴが恐ろしい速度で形にしていく。  彼女の手は止まらない。  まるで、彼女自身が精密な機械の一部になったかのように。


 アルとリオは、走り回っていた。


「水ー! 水持ってきました!」 「こっちの義足、サイズ調整終わりました! 次!」 「先生! ネーヴが立ったまま白目むいてます!」 「揺すれ! 一本仕上げるごとにボーナス出すって言え!」 「金で釣るんですか!?」


 カオスだ。  だが、積み上げてきたものは裏切らない。  迷いなく組み上がる義肢たちは、どれも最高傑作だった。


 1週間後の朝。  二十人全員が、整列していた。


 ある者は鋼の腕を、ある者はしなやかな脚を着けて。  その顔つきは、もう「お荷物」ではない。  誇り高き技術者のそれだ。


 代表の男が、新しい左手で敬礼した。  ギィン! と硬質な音が響く。


「ドワルガ参謀! ならびにネーヴ教官!  我ら『ドワルガ私設・魔導義肢工兵隊』、これより北へ向かいます!」


「うむ。  行ってきなさい。  5年待たせた分、死ぬほど働いてもらうわよ。  ……私の『投資』が間違いじゃなかったって、証明してくるのよ!」


「「「はっ!!!」」」


 彼らの声が、ビリビリと空気を震わせた。


 アルが、その光景を見て深く息を吐いた。


「……先生。  先生が5年間、軍で戦ってきた時間が、今ここに繋がってるんですね」


「ふん。無駄な苦労じゃなかったってことよ」


 私はすすだらけの顔を拭った。


「形にしてくれたのは、ネーヴだわ。  あの子がいなきゃ、私はまだノウハウと金の上にあぐらをかいて、指をくわえて見てるだけだった」


 ネーヴは、床にへたり込んでいた。  目の下に濃いクマを作っているが、その口元は微かに緩んでいる。


「……みんな、いい動き。  トルノスの技術、すごい」


 そう言って、彼女はそのままコテンと横になり、秒で寝息を立て始めた。


「あ、落ちた」


「寝かせておやり。……よくやったわ、私の自慢の弟子」


 私は自分の上着を脱いで、ネーヴにかけてやった。


 馬車が動き出す。  鋼鉄の手を振る男たちを見送りながら、私は思った。


 (トルノス。   あの時酒場で語った『技術者の国』……   北の果てで、ちょっとだけ実現しそうよ)


 さあ、北の開拓が加速する。  国が見捨てた者たちが、新しい国の礎になる。  これほど痛快なことはないわね。


「……ふふっ。いい顔してるじゃない、ドワちゃん」


 背後から、リュートを爪弾く軽やかな音がした。  振り返ると、セリナが木陰でニヤニヤと笑っている。  手には羽根ペンと羊皮紙。


「セリナ、いたの?」


「もちろん。  『捨てられた職人たちが、鋼の手足を得て旅立つ朝』……  こんなオイシイ場面、吟遊詩人として見逃すわけないでしょ?」


 彼女はサラサラと羊皮紙に何かを書き付け、満足げに頷いた。


「決めたわ。次の新曲のタイトル」


「……ろくなもんじゃないでしょうね」


「失礼ね。後世まで語り継がれる名曲になる予定よ?」


 セリナは気取った仕草で、空に向かってタイトルを読み上げた。


「『西の奇才ドワルガ、東の匠トルノス』。  ――捨てられた者に鋼の命を与える西の魔女と、  石に魂を吹き込む東の頑固オヤジ。  二つの技術が交わるとき、世界を変える“新しい手”が生まれる……」


「魔女はやめなさい、魔女は」


「いいのよ、語呂がいいんだから!」


 セリナはウインクをして、羊皮紙の最後に大げさなサインを書き入れた。


 この時、私たちはまだ知らない。


 国に捨てられ、裏金で拾われ、ネーヴの手で蘇った彼らの物語が――  やがて大陸中の職人たちの間で、「希望の歌」として語り継がれることを。


 ドワーフの金床のリズムに合わせて、高らかに歌われるその歌の最後には、必ずこう付け加えられるのだ。


 ―― By セリナ


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