第23話 領地再興の誓い、あるいは「英雄」を辞めた日
(視点:アル)
「父さん、母さん——ありがとう。俺はあなたたちの意志を継ぎます。……って、墓前で言うセリフにしては、ちょっと王道すぎて恥ずかしいかな」
北の丘の上。
風が吹き抜け、手向けられた野花を揺らしている。
目の前にあるのは、ガルドさんが積み上げてくれた石碑だ。
不格好だけど、手のひらの温度が残っているような、温かい石積み。
その横には、なぜか酒樽が供えられている。
(間違いなくドワルガ先生の仕業だ。「死者とも飲み交わすのが流儀よ」とか言って置いてったやつだ)
俺は石碑の前に座り込み、眼下の景色を見下ろした。
一ヶ月前までは、ただの廃墟だった場所。
今は、杭を打つ音が響き、煙突から煙が上がり、魚人と人間が怒鳴り合いながら資材を運んでいる。
――生きてる。 この土地は、もう死んでない。
「……ははっ。これ、全部俺たちがやったんだよな」
乾いた笑いがこぼれる。
正直に白状しよう。
この世界に転生して、軍学校に入る前……いや、ここに来る直前まで、俺はどこかで勘違いしていた。
『転生者なんだから、チート能力で無双して、魔族をバッタバッタとなぎ倒す英雄になるんだ』
そんな、ゲームみたいな「英雄願望」が、頭のどこかにあった。
「滅領の子」という悲劇のレッテルすら、主人公補正の一種みたいに思ってた。
――バカだったなぁ、俺。
王都での暗殺未遂事件。 そして、この一ヶ月の泥まみれの土木工事。
現実は、魔法一発で解決なんてしなかった。
水を通すには計算と配管が必要で、人を動かすには飯と寝床と「納得」が必要だった。
敵は魔物だけじゃなく、寒さ、飢え、病気、そして「諦め」だった。
『個人の武力』なんて、国を作る上では、ほんの小さなパーツに過ぎない。
(……勝てないよ、あの人たちには)
脳裏に浮かぶのは、この夏を共に駆け抜けた大人たちの顔。
ドワルガ先生。
見た目は幼女なのに、その指揮は冷徹で完璧だった。
技術と権力と根回しで、不可能な工事をねじ伏せた。
セリナさん。
笑顔で裏社会を操り、海賊すら「戦力」に変えてみせた。
ガルドさん、ヴェルトランさん、オルガンさん……。
みんな、「一人で勝とう」なんてしてない。
誰かと組み、支え合い、組織として動くことで、巨大な理不尽に抗っている。
「俺がなりたいのは、孤独な英雄じゃない」
拳を握りしめる。 爪が食い込む痛みが、俺を現実に引き戻す。
「俺は、**『場所』**を作りたい。 先生たちが、ガルドたちが、ルシアやネーヴやリオが……そしていつか、エリシアが。 安心して帰ってこられる、最強の『場所』を」
それは、剣を振るうよりずっと地味で、ずっと難しい戦いだ。
計算して、頭を下げて、泥をかぶって。
「もったいない」精神でリソースをかき集めて、システムを作る。
でも、そっちの方が――俺の性には合ってる気がする。
懐から、小さな袋を取り出した。
出発の朝、ドワルガ先生がポンと投げてよこしたやつだ。
『これ、蒔いておきなさい。 あなたのお母様が遺した研究データをもとに復元した、“魔力に強い野菜の種”よ』
母さんが、この土地の未来を信じて改良していた種。
「いつか、魔族も人間も、同じ食卓を囲めるように」と願って作った(らしい)種。
「……受け取ったよ、母さん」
指先で土に穴を開け、種を落とす。
土を優しく被せる。
これが芽吹く頃には、俺は王都に戻っているだろう。
でも、根っこはここに残る。
「父さん、母さん。 俺は“復讐”のためだけに生きるのはやめました。生産性がないからね」
石碑に向かって、ニカっと笑いかける。
「その代わり――ここを、世界一の『ごちゃまぜ国家』にしてみせます。 魔族も人間も、魚人も獣人も。 腹いっぱい食べて、笑って、喧嘩して、同じ湯に入る。 そんなふざけた場所を、本気で作ってやります」
風が強く吹いた。
ガルドさんが立てたボロボロの領旗が、バサッ! と音を立てて翻る。
まるで、「おう、やってみろ!」と背中を叩かれたみたいに。
立ち上がる。 膝についた土を払う。
丘の下では、帰りのトラックのエンジン音が聞こえている。
ネーヴがクラクションを鳴らし、リオが手を振っているのが見える。
待たせたな、相棒たち。
「……よし」
俺は最後に、石碑をコンと拳で叩いた。
「行ってきます。 ――次は、もっとたくさんの仲間を連れて帰ってくるから」
俺は駆け出した。 もう、迷いはない。 「転生者アル」の英雄ごっこは終わりだ。 ここからは――「領主代行アル」の、泥臭くて騒がしい国作りが始まる。
(……あ、その前に、先生へのレポート提出期限が今日までだった気がする)
現実はいつも、感動の余韻を待ってくれない。 俺は全力で坂を駆け下りた。
ここで、いったん夏休みは終わり、2学期が始まります。
次の話からは、領地復興を加速化させていくこととなります!




