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第22話 休暇明けの現実、あるいは「特筆事項なし」という大嘘

(視点:ドワルガ)


「……ただいま、クソったれな現実」


 参謀室の扉を開けた瞬間、私は優雅さをかなぐり捨てて呻いた。


私の愛する執務机(酒瓶置き場)が、消えていた。  


代わりにそこにあるのは、白い山脈。  


雪山ではない。


私の留守中に溜まりに溜まった、決裁書類の山だ。


「あら、おかえりなさいドワちゃん。日焼けした?」


山脈の向こうから、ひょっこりとセリナが顔を出した。  


彼女の手には、当然のように私の秘蔵のワインがある。


「セリナ。これは何の嫌がらせかしら?」


「嫌がらせ? とんでもない。ドワちゃんが軍部で出世した証拠よ。  『特別技術参謀殿の承認がないと動かない案件』が、こんなにたくさん♡」


「……たった一週間の休暇で、他部署がパンクする組織構造はどうなってるのよ」


 私はコートを放り投げ、書類の山を睨みつけた。


「休暇? いえいえ、公的には『重要拠点視察任務』よ。  だからほら、その“視察報告書”の提出期限、昨日になってるわよ?」


「この国、滅びればいいのに」


 私は悪態をつきながら、椅子によじ登った。


■ 報告書の“編集”作業


ペンを取り、猛スピードで書類をさばいていく。  


承認、却下、承認、保留、焼却(どうでもいい案件)。


「で? 本題はどうするの、ドワちゃん」


 セリナがワインを注ぎながら、声を低くした。  空気が変わる。


「例の、“現地調査”のご報告についてよ」


私は手元の白紙を見つめた。  


書くべきことは山ほどある。  


アルの異常な指揮能力、ネーヴの技術力、そして――


「……あの土地から、石油オイルが出たわ」


「えっ」


さすがのセリナも、グラスを止めた。


「石油って……あの、燃える水? 古代の遺物じゃなくて?」


「天然の鉱脈よ。しかも、質がいい。  精製すれば、現在の魔導機関の燃料をすべて置き換えられるレベルの“黒い黄金”だわ」


セリナが息を呑む。


「……ヤバいわね。  それがバレたら、貴族も教会も、血眼になってあの土地を奪いに来るわよ」


「ええ。  『魔族に汚染された不毛の地』だからこそ、今は誰も手を出さない。  けれど、『次世代エネルギーの宝庫』だと知れたら――戦争になるわ」


私はペン先で、トントンと机を叩いた。


「だから、“無かったこと”にする」


「隠蔽?」


「いいえ、“情報の最適化”と呼びなさい」


 私は報告書の原案に、サラサラとペンを走らせた。


『調査結果:  土壌の汚染は深刻であり、農耕には不適。  ただし、一部で**“湿地帯特有の地熱反応”**を確認。  湯治場としての利用価値はあると判断する。』


「……“地熱反応”ねぇ」


セリナがニヤリと笑う。


「嘘は言ってないわ。燃やせば熱が出るんだから」


「そういうこと。  魔力流の安定化と、難民の受け入れ状況だけ報告して、資源の話は黒塗りで埋める」


■ アルという爆弾の処理


「で、一番の爆弾……アルくんの扱いは?」


セリナが、私の顔を覗き込む。


「あの子、今回の復興の立役者でしょ?  指揮も執れば、交渉もする。おまけに『女神の加護』疑惑まである」


「……評価は『特筆事項なし』よ」


私は即答した。


「12歳の子供が、大人顔負けの指揮を執って領地を救いました、なんて書いてみなさい。  王宮はあの子を“英雄”に祭り上げるか、あるいは“危険分子”として排除にかかるわ」


「出る杭は打たれる、か」


「打たせるもんですか。  だから、功績はすべて分散させる」


私は報告書の「功労者」欄を書き換えた。


『現地復興は、元・兵士団長ガルドおよび元・政務官ヴェルドランの尽力によるもの。  アル・エルンスト生徒は、その補佐として現地研修に従事した』


「……地味ねぇ」


「地味でいいのよ。  あの子はまだ、目立つべきじゃない。  爪を隠して、牙を研いで……誰にも邪魔されずに力をつける時間が必要なの」


セリナが、いたずらっぽく笑った。


「過保護なママみたい」


「“有能な管理職”と言いなさい」


■ 女神の加護と、大人の嘘


 書類の山が、少しずつ低くなっていく。  窓の外は、もう夜明け前だ。


「ねぇ、ドワちゃん」


 セリナが、ふと真面目な声を出した。


「アルくんの記憶の欠落と、あの“光”のこと……本当に報告しなくていいの?」


 ――七年前。  あの子だけを包んで空へ消えた光。  そして、戻ってきたあの子が持っていた、この世界にはない知識。


「……まだ、“話半分”よ」


 私はペンを置いた。


「あの子が『女神に選ばれた』のか、それとも『何か別のものに作られた』のか。  まだ判断材料が足りないわ」


「でも、“加護”って言葉で包めば、教会は黙るわよ?」


「参謀の仕事を神頼みで片付けるのは、私の美学に反するの」


 私はグラスに残ったワインを飲み干した。


「それにね。  もし本当にあの子が“特別”なら……私たちのこんな小細工、いつか全部飛び越えていくでしょうよ」


「……それもそうね。あの子、規格外だもん」


 最後の一枚にサインをする。  インクが乾くのを待ちながら、私は大きく伸びをした。


「よし、完了!  これで公的には『何もなかった夏休み』よ」


「お疲れ様、共犯者さん」


 セリナが新しいボトルを開ける。  ポン、と軽快な音が響いた。


「乾杯しましょ。  私たちのついた嘘が、あの子たちの未来を守る盾になることを祈って」


「……祈るのは柄じゃないけど、飲むのは賛成よ」


 グラスを合わせる。  報告書の一行――「特筆事項なし」の裏には、  世界を変える黒い水と、運命を変える少年の秘密が隠されている。


それを抱えて生きていくのが、大人の仕事ってやつね。  


私は苦いワインを飲み下し、夜明けの空を睨みつけた。


さあ、二学期が始まるわよ。  


せいぜい暴れなさい、子供たち。  


尻拭いの準備は、万端なんだから。

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