第21話 燃えた夜と空へ昇った子、あるいは「大人の投資術」
(視点:ドワルガ)
「……虫が光に集まるのは世の常だけど。まさか、こんな可愛い蛾が釣れるとはね」
祭りの喧噪から少し離れた、高台の石垣。
灯りが届くか届かないかの境界線に、ひとつの影があった。
夜風に揺れる黒髪。月光を弾く琥珀色の瞳。
ルシアだ。
彼女は祭りの輪には入らず、一人でじっと、再興しつつある街を見下ろしていた。
「……先生こそ。こんな時間まで立ちっぱなしだと、成長期が遠のきますよ?」
「うるさいわね。私の成長期は百年後に予約済みよ」
私はよっこいしょ、と彼女の隣の木箱によじ登った(足がぶらぶらするのが屈辱的だ)。
眼下では、レムスの鍋を囲んで人間と亜人たちが馬鹿騒ぎをしている。
「……ここが、あの日燃えていたなんて。やっぱりまだ、信じられません」
ルシアがぽつりとこぼす。
「私もよ。 あの時間、私は王宮の地下書庫にいた。 この土地の水脈と魔素データをひっくり返して、『ここを戦場じゃなく“橋”にすべきだ』って計算してたの」
「橋……?」
「そう。魔族と人間。奪い合うんじゃなくて、物と魔力が行き来する場所」
ルシアが、痛ましそうに眉を寄せる。
「……父も、同じことを言っていました」
彼女の父。魔族穏健派の将軍。
かつて、アルの父と何度も手紙を交わし、和平を模索していた男。
「魔族にとって、魔石は“食糧”です。ないと死ぬ。 だから、この領地の鉱山を喉から手が出るほど欲しがった。 でも父と、アルのお父さんは言っていたそうです。 『奪うのではなく、交換しよう』って」
「人間側は魔石を売る。魔族側は鉄や果物を出す。 ……成立していれば、理想的な貿易都市になっていたはずよ」
私は悔しさを込めて言った。
「でも、止められなかった」
ルシアの声が震える。
「過激派の声に押し流されて……攻撃命令が出たとき、父は会議室を飛び出したそうです。 『翼持ちでよかったと思ったのは、あの瞬間だけだ』って」
空を飛べる魔族である彼が、全速力で駆けつけた。
止めようとして。救おうとして。
「でも、着いたときには――」
「……あの、“光”があったのね」
私が先を促すと、ルシアは夜空を見上げ、指をさした。
「はい。 火災の赤じゃない。 天から突き刺さるような、青白い“光の筒”」
七年前の報告書にあった記述。
『説明不能な光柱』。
魔術的痕跡が一切ない、異質なエネルギー。
「父が見たそうです。 燃え盛る屋敷の上に、その光が降りてきて…… 触れた魔族の兵たちは、悲鳴も上げずに溶けて消えたって」
背筋がゾクリとする。 それは、この世界の理じゃない。
「でも、アルだけは違った」
ルシアが拳を握る。
「瓦礫の上に倒れていた小さなアルを、光の筒が優しく包んで…… 傷ひとつ付けずに、そのまま空の向こうへ連れ去ったそうです。 まるで、『サンプルを回収する』みたいに」
「……回収」
その単語の響きに、私は眉をひそめた。
女神の加護? 奇跡? いいえ、もっと無機質で、冷たい響きだ。
「父は追いかけようとしたけれど、追いつけなかった。 ……だから父は、ずっと探していたんです。
『あの子は死んでいない。空の向こうへ連れて行かれただけだ』って」
「それが、今回の再会に繋がったわけね」
私は息を吐き、手元の酒瓶をあおった。
アルの空白の数年間。
宇宙だか異界だか知らないが、あの子はそこで“何か”を見て、帰ってきた。
ルシアが、膝に顔をうずめる。
「……それでも、時々思うんです。 魔族なんて、いなくなればいいのかなって」
「なに?」
「魔石がないと生きられない。誰かから吸わないと維持できない。 そんな“欠陥品”みたいな種族だから、争いが終わらないんじゃないかって。 ……なんで、魔族として生まれたんだろうって」
か細い声が、夜風に溶ける。
私は酒瓶を置き、彼女の頭を(精一杯手を伸ばして)ガシッと掴んだ。
「痛っ……先生?」
「バカ者」
私は彼女の目を見据えた。
「いい? 『資源がないと生きられないから欠陥品』だと言うなら、 人間も獣人も、みーんな欠陥品よ」
ルシアが瞬きをする。
「人間だって、食べなきゃ死ぬわ。 森を切って、畑を耕して、他の命を奪って生きてる。 魔族が魔石に依存してるのと、人間が穀物に依存してるの。 何が違うのよ?」
「それは、そうですけど……」
「違うのは、『奪う』か『交換する』か。その選び方だけよ」
私は、眼下の広場を指さした。
そこでは、人間が魚を焼き、魚人が歌い、ゴブリンが薪を運んでいる。
「見なさい。 あそこには、魔族が混ざる余地が十分にあるわ。 あなたの父上と、アルの父上が夢見た“交換の場所”が、今まさに形になろうとしてる」
「……私が、そこにいてもいいんでしょうか」
「いいに決まってるでしょ。 あなたがここにいるのは、『魔族だから』じゃない。 『どう生きるか』を自分で選んだからよ」
私はニヤリと笑った。
「それにね。今さら『魔族なんて滅びればいい』なんて言われたら困るのよ。 私がここまで積み上げたコネと、セリナの裏工作と、私の胃痛が全部ムダになるじゃない」
「……結局そこですか」
ルシアが呆れたように、でも少しだけ柔らかく笑った。
「人生は投資よ、ルシア。 『魔族として生まれた』という元手があるなら、最大限利用しなさい。 卑下して捨てるなんて、もったいないわよ?」
「……ふふ。先生らしいですね」
ルシアが顔を上げる。 その瞳には、もう迷いはなかった。
「分かりました。 元は取ります。アルに貸した分も含めて、きっちりと」
「よろしい。強欲なのはいいことよ」
その時――
ボォォォン!!
眼下の広場で、青白い火柱が上がった。
「……またか」 「……レムスさんですね」
私とルシアの声が重なる。
「キャハハハハ! 先生、レムスがまたやった!」 「火力、計測不能!」 「あちちち! 水魔法、はやくー!」
ネーヴとリオの悲鳴が聞こえる。
「……ったく。 感動的なシーンの余韻くらい残させなさいよ」
私は頭を抱えながら、木箱から飛び降りた。
「行きましょう、ルシア。 放っておくと、復興したばかりの街が『料理長の情熱』で全焼するわ」
「はい。行きましょう、先生」
ルシアが立ち上がり、ドレスの裾を払う。
その足取りは、来る時よりもずっと軽かった。
夜風が吹く。
謎の光の柱、消えた記憶、種族の業。
重たい話は山ほどあるけれど――
今はとりあえず、あの馬鹿騒ぎの中に帰るとしましょうか。




