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第20話 港と鍋と、代理の印、あるいは「料理長は火力が命」

(視点:ドワルガ)


「……なんで私が祭りの手配から人事発令、あまつさえ鍋の火加減の心配までしなきゃならないのかしらね」


 吐いた息が白くなって、思わず自嘲気味に笑った。    


夜の海賊騒ぎが明け、潮の匂いに朝日が混じる。  


崖下では、元・海賊改め「沿岸交易隊」の連中が、オルガンの怒鳴り声(楽しそうだ)に合わせて綱を引いている。


「親分、これからもよろしくお願いします!」


「バカ野郎、よそ行きはやめろ! 『船長』でいい!」


 ……うん、順調ね。  荒くれ者たちが働く音は、復興一番のBGMだ。


 私は即席の演台(積み上げた木箱)に飛び乗り、書板をバシッと叩いた。


「注目! 臨時の運営体制を発表するわよ!」


 広場に視線が集まる。  戻ってきた領民、ハーフ魚人たち、ガルド、ヴェルトラン、ネーヴ、アル、リオ。  セリナは日陰で何かメモを取っている(たぶん詩のネタ帳だ、仕事をしろ)。


「治安維持はガルド。  内政と結界管理はヴェルトラン。  港と海運はオルガン。  技術的なトラブルはネーヴへ。  ……それ以外の苦情は、全部私のところに持ってきなさい」


 ざわ、と小さくどよめきが走る。  



「最強の布陣だ」


「あの三傑が揃うなんて」という囁き。


「加えて、“代理”を置くわ」


 私は書板を掲げ、隣のアルを顎で示した。


「アルは軍学校の学生よ。ずっとここにはいられない。  だから、彼が戻ってくるまでの間、  内政の実務はヴェルトラン、対外折衝はガルドが『領主代理』として連署する。  ……文句ある?」


 ガルドが胸をドンと拳で叩いた。


「あるわけねぇ! 留守は任せろ!」


 ヴェルトランが静かに眼鏡を直す。


「河道は整えた。あとは水を流すだけだ。……泥舟にはさせんよ」


 オルガンがニカっと笑う。


「海路は俺たちが繋ぐ。アル坊の帰る道は、いつでも開けとくぜ」


 アルが、深々と頭を下げる。


「お願いします。  俺は……もっと勉強して、強くなって、必ず戻ってきますから」


 その背中は、最初に来た時よりもずっと大きく見えた。


 昼。  広場の真ん中では、即席の“和解祝祭”が始まっていた。


 人間とハーフ魚人が、大きな鍋をはさんで円になり、  最初はぎこちなく、やがて笑い声を交わし始める。


 メニューは、魚介と凍土野菜、そして少しだけ贅沢な干し肉のごった煮。  


燃料は井戸からの石油ではなく、ちゃんとした薪だ(石油臭いスープはごめんだからね)。


「先生、鍋の火、弱い」


 ネーヴが鍋底を覗き込んで呟く。


「薪が湿ってるのよ。昨日の潮風で」


「……火力不足。煮えない」


 ネーヴがチラッと石油井戸の方角を見る。


「ダメよ。石油直火で炙ったら鍋が溶けるわ」


「じゃあ、俺の火魔法で……」  と、リオが言いかけたその時。


 ふわり。  どこからか、香ばしい匂いをまとった影が現れた。


「……遅れてすまねぇ。  懐かしい匂いにつられて、つい帰ってきちまった」


 振り向いたガルドが、目を見開く。


「レムス……!?」


 広場が一瞬静まり返る。


 かつての屋敷の料理長。  


弓と銃の名手でもあり、戦場でも厨房でも頼れる男。  


だが、その姿は――


左腕が、肩から先、無かった。


「……生きていたのね」  私の声は、思ったより小さかった。


「こっちの台詞ですよ、ドワルガ様」  


レムスは人懐っこく笑う。  


隻腕になっても、その飄々とした雰囲気は変わらない。


「“あの屋敷が燃えた”って聞いて、もうダメかと思ってたんですがね。  こんな賑やかな匂いがすりゃあ、幽霊だって戻ってきますよ」


「アル坊……いや、アル様も。ご無事で何よりです」


「レムスさん!」  アルが駆け寄る。  レムスは残った右腕で、アルの頭をワシワシと撫でた。


「大きくなりましたねぇ。……でも、腹の虫が鳴ってる音は昔と同じだ」


 私は、荷台の奥に隠しておいた木箱を、コンと叩いた。


「帰ってきたなら、さっそく働いてもらうわよ。出世払いでね」


「ん? なんです、その物騒な箱は」


「ネーヴ、開けて」


ネーヴが箱を開ける。  


布に包まれていたのは、鈍い銀色の輝きを放つ――機械仕掛けの義手。


関節部分には精緻な刻印。  


手の甲には、魔力集束用のレンズが埋め込まれている。


「ドワルガ様……これは?」


「“ガルド第二号”を見て、ずっと試したかったのよ。  戦闘用じゃない。あんたのための、**『料理人専用・火属性特化型義手』**よ」


 レムスが目を丸くする。


「こいつは驚いた。包丁じゃなくて、火を握れってことですか」


「包丁は右手で握りなさい。  


その左手は、かまどであり、オーブンであり、ライターよ」


私は胸を張った。


「当初は『火炎放射器(汚物消毒用)』にするか迷ったんだけど――」


「……却下した。バーナーにした」  


ネーヴが、ちょこんと親指を立てる。


「料理長に兵器を持たせるのは、さすがにマズイと思ってね」


レムスが義手を受け取る。  


慣れた手つきで肩に固定し、魔力を通す。  


ウィィン……と低い駆動音がして、指先が動いた。


「おっ……軽いな。それに、熱い」


「点火機構付きよ。  火力は三段階調整。指先から出るわ」


「へぇ……。  つまり、“直火焼き”ができるってわけだ」


レムスの目が、久しぶりに“料理人の目”になる。  


ギラリと光る、獲物を狙う目だ。


「じゃあ――試運転といくか!」


レムスが大鍋の前に立つ。  


湿気て燻っていた薪に向かって、左手をかざす。


「景気づけだ。いくぞ……!!」


 カチッ。


「――ファイアー!!」


 ボォォォォォン!!!


青白い炎柱が、天高く立ち上がった。  


鍋底を舐めるどころか、鍋ごと飲み込む勢いだ。


「待て待て待て待て!! 火加減!!!」


セリナは慌てて結界を展開し、炎を鍋の縁の内側に押し込める。  


前髪がチリっと焦げた。絶対に気のせいじゃない。


「うわあああ! レムスさん、それ兵器です! 完全に兵器です!!」  アルが叫ぶ。


「すげぇ! 俺のジャンプより派手だ!」  ガルドが大喜びする。


「先生、データ収集。火力、想定の1.5倍」  ネーヴが冷静にメモを取る。


周囲は悲鳴と爆笑の渦だ。  


ルシアまで、お腹を抱えて笑っている。


「はっはっは! こいつはいい!  湿気た薪も、一発で炭にならぁ!」


レムスが豪快に笑う。  


炎に照らされたその顔は、本当に楽しそうだった。


「……ったく。  火加減の調整から再教育ね、これは」


私は焦げた髪先をつまみながら、ため息をついた。  


でも、口元が緩むのは止められなかった。


 夕方。  鍋はあっという間に空になり、  子供たちは満腹で転がり、  大人たちは「明日はあっちの瓦礫を片付けよう」「港の杭を打とう」と話し合っている。


 私は書板に今日の記録をまとめ、  アル、ガルド、ヴェルトラン、オルガン、ネーヴ、そしてレムスの名前を書き込んだ。


 それぞれの“役割”が、カチリとハマった音がする。


「……よし」


 私は顔を上げた。


「解散!  明日は早いぞ。ガルドは足のメンテナンス、レムスは『弱火』の練習!  ネーヴは……まあ、好きにしなさい」


「了解!」


「へいへい、弱火ねぇ……」


「……ん。寝る」


 空には星が増えていた。

 北の星は冷たいけれど、地上の灯りは温かい。


私たちは、もうすぐ王都へ戻る。  


けれど、ここには“代理”以上の、本物の魂たちが残る。


(……大丈夫ね)


 私は、書板にそっと手を置いた。  


この領地はもう、誰かの助けを待つだけの廃墟じゃない。  


自分たちの足で立ち、手で作り、火を灯す――「生きた街」だ。


 レムスがまた「ファイアー!」と叫んで、リオが水をぶっかける音が聞こえる。


 ……まあ、火加減だけは前途多難かもしれないけれど。


――この小さな宴は、後に


『北の果ての再会』改め  『ごちゃまぜ国家の“最初の晩餐”』


として、吟遊詩人セリナが涙ながらに(半分は笑いながら)歌う、建国の叙事詩の第一章となるのだった。

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