表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
19/97

第19話 潮が返る夜、あるいは海賊を社員にする方法

(視点:ドワルガ)


「……海がざわつく夜は、たいていロクなことが起きないのよね」


私は、復活したてのヴェルトランと差し向かいで酒を飲んでいた(彼はまだ水だけど)。  


丘の上の仮設テント。窓の外は海。  穏やかだった波音が、急に不穏なリズムに変わっていた。


 バン! と扉が開く。


「先生! 沖に船影です! 三隻!」


 アルが飛び込んできた。その後ろには、耳ヒレをピクピクさせているリオ。


「間違いありません。風に乗って、火薬と鉄の匂いがします。……それと、独特な魚臭さ」


「魚臭さ?」


「はい。普通の漁船じゃない。もっと……血なまぐさい、荒れた匂いです」


 私はグラスを置き、ゴーグルを首にかけた。  


「……行くわよ。  せっかく灯りがともった港を、火の海にされたんじゃ寝覚めが悪いわ」


崖の上。  


夜風が吹き荒れる中、私たちは海を見下ろしていた。


月明かりに浮かぶ、黒い帆の船が三隻。  


マストに掲げられているのは――


「……クラーケン(大イカ)の旗?」


 アルが目を細める。


「あれ、海賊旗に見えますけど……この辺りの漁村が昔、守り神として掲げていた紋章と同じです」


「守り神を掲げて略奪に来たってわけ? 趣味が悪いわね」


 私は鼻を鳴らし、隣に立つ二人の魔導師(?)に声をかけた。


「セリナ、ヴェル。準備はいい?」


「いつでもどうぞ〜。派手なのがお望み?」  セリナが楽しそうに指を鳴らす。


「病み上がりに無茶させるなよ……。まあ、脅すくらいなら造作もないが」  


ヴェルトランが苦笑しながら杖を構える。


「沈めないでね。  こちらの戦力を見せつけて、戦意をへし折るだけでいいわ」


「了解!」


 二人の魔力が夜気を裂き、海面に向かって奔流となって落ちた。


 ズズズズズ……ッ!


 海が割れる。  波間から、巨大な水の塊が隆起する。  月光を浴びて立ち上がったのは――


 二体の、巨大な水クラーケン。


一体は深く重い群青色(ヴェルの魔力)。  


もう一体は鋭く輝く氷青色(セリナの魔力)。


「うわぁ……」  


リオがドン引きしている。


「これ、『脅すだけ』のレベル超えてません? 怪獣映画ですよ?」


「これくらいやらないと、海の荒くれ者は止まらないのよ」


巨大な触手が、威嚇するように水面を叩く。バァァァン!!  


三隻の船は、巨大な水の怪物に挟まれる形になり、慌てて帆を絞って停止した。


船上がパニックになっているのが、ここからでも見える。  


船縁にわらわらと人影が集まってきた。  


松明の光に照らされたその姿は――


「……あれ?」


 リオが目を凝らす。


「先生。あいつら……人間じゃないです。  肌に鱗、耳にヒレ。……僕と同じ、半魚人ハーフだ」


「ハーフだけの海賊?」


その時、船の中から一際大柄な男が現れ、甲板の先頭に立った。  


怒号を飛ばし、パニックになる船員たちをまとめている。


アルが、その男を見て息を呑んだ。


「……嘘だろ。  オルガンさん……?」


「知り合い?」


「はい。昔、父さんと母さんの屋敷に、よく魚を運んでくれていた……漁村の顔役の人です!」


 アルが崖の縁に身を乗り出して叫んだ。


「オルガンさーーーん!!」


 風に乗った声が、海上の男に届く。  男――オルガンが、ビクリと肩を震わせて見上げた。


「……その声、まさか……アル坊か!?」


「アルです! 生きてます!!」


「生きて……いたのか……!」


オルガンはその場に膝をつきそうになり、慌てて船縁にしがみついた。  


周囲の船員たちが、


「アル坊?」


「領主様の息子さんか?」


とざわめき始める。


「……どうやら、ただの敵襲じゃなさそうね」


私はセリナとヴェルに合図した。  


クラーケンたちが、静かに触手を下ろす。  (消しはしない。まだ警戒は解かない)


「話をしましょう! 港に着けてください!」  アルが叫ぶ。


 海賊旗を掲げた船が、恐る恐る、ゆっくりと桟橋へ近づいてきた。


 港。  


上陸してきたのは、ボロボロの服を着た半魚人たちだった。  


武器は持っているが、手入れが行き届いていない。  


そして何より――全員、痩せている。


「アル坊……。本当に、アル坊なんだな」


オルガンが、震える手でアルの肩を掴んだ。  


かつての屈強な漁師の面影はあるが、頬はこけ、目はぎらついている。


「はい。帰ってきました」


「よかった……。本当によかった……」


涙ぐむオルガン。  


だが、私は冷や水を浴びせる役だ。前に出る。


「感動の再会中、悪いんだけど。  オルガン。あんた、その旗はどういうつもり?」


指さした先には、海賊旗。


オルガンはバツが悪そうに視線を逸らした。


「……見ての通りだ、ドワルガ様。  俺たちは今、海賊まがいのことをして食いつないでる」


「なんでまた」


「……生きていく場所がねえんだよ」


オルガンが吐き捨てるように言った。


「七年前、村が焼かれて……戻ってみたら、海も川も魔素まみれで魚が死んでた。  普通の人間は他の街へ逃げたが、残されたのは、行き場のない半魚人ハーフの連中ばかりだ」


後ろに控える船員たちを見る。  


人間からも、純血の魚人からも疎まれる、混血の子たち。


「正規の港じゃ雇ってもらえねぇ。街へ行けば差別される。  ……こいつらを飢えさせねえためには、奪うしかなかったんだ」


悲痛な叫びだった。  


「悪党」になりたくてなったわけじゃない。


「生きるため」に堕ちたのだと。


「……事情は分かったわ」


私は腕を組んだ。


「でも、だからって略奪を許すわけにはいかない。  ここを再興する以上、治安は最優先事項よ」


オルガンが剣の柄に手をかける。  


ガルドがすかさず前に出て、殺気を放つ。


一触即発。


その空気を割ったのは、アルの声だった。


「オルガンさん。  俺、あなたたちを雇いたいです」


「……は?」


全員が、間の抜けた声を出した。


「や、雇う? 俺たちをか? 海賊だぞ?」


「元・腕利きの漁師集団ですよね?」


アルはニカっと笑った。


「この領地、今、人手が足りなくて困ってるんです。  特に、海を知ってる人がいない。  魚も獲りたいし、他の街と交易もしたいけど、船も船乗りも足りない」


アルは、後ろの半魚人たちを見渡した。


「それに、ハーフで、行き場がなくて、身軽な人たち……。  最高じゃないですか。  うちの領地、そういう『ごちゃまぜ』な連中しかいないんで、誰も差別なんてしませんよ」


「え……」


オルガンが呆気にとられる。


「海賊はやめてください。  その代わり、うちの『専属貿易船団』になってくれませんか?  給料は出します。飯も食わせます。住む場所も用意します。  ……どうですか?」


あまりにもあっけらかんとした提案。  

「罪を許す」とか「更生させる」とか、そんな上からの物言いじゃない。  


ただ純粋に、「使える人材だから欲しい」という、清々しいほどの実利主義。


(……まったく。  この子は本当に、転んでもタダでは起きないわね)


 私は苦笑して、補足に入った。


「そういうことよ、オルガン。  海賊やって賞金首になるのと、  領主公認の貿易商になって大手を振って海を歩くのと。  ……どっちが『お得』か、あんたなら計算できるでしょ?」


セリナが横から口を挟む。


「あ、ちなみに元締めは私がやるから。  影ギルドのルートも使わせてあげる。  海賊やるより、よっぽど儲かるわよ?」


「お、おい……。  ドワルガ様だけじゃなく、あの『影の女帝』まで噛んでんのかよ……」


オルガンが顔を引きつらせる。  そして、後ろの仲間たちを振り返った。


「……おい、お前ら。どうする?  海賊王になるか? それとも、まともな飯と布団を手に入れるか?」


半魚人の若者が、泣きそうな声で叫んだ。


「飯がいいです!! あと、もう追われるのは嫌だ!!」


「俺も! おかで寝たい!」


「アル坊……いや、領主様についていきます!」


全員一致。  そりゃそうだろう。


オルガンは、深々とため息をつき、それからアルに向かって膝をついた。


「……負けたよ、アル坊。いや、領主様。  俺たちの命、あんたに預ける。  こき使ってくれ。その代わり――こいつらに、飯だけは食わせてやってくれ」


「はい! 約束します!」


 アルがガシッとオルガンの手を握る。  


その手は、泥と海水で汚れていたけれど、とても温かそうだった。


夜明け前。  海賊旗が降ろされ、代わりに白い布(仮の商船旗)が掲げられた。


港の広場では、即席の炊き出しが始まっていた。  


大鍋をかき混ぜているのは、リオだ。  


「俺、魚人の村仕込みの漁師飯なら任せてください!」と腕まくりをしている。  


具材は、備蓄していた干し野菜と、オルガンたちが持っていた魚。


「うめぇ! なんだこれ、うめぇ!」


「あったけぇ……!」


 湯気を立てるスープを啜り、半魚人の若者たちが泣いている。  


久しぶりの「陸の飯」と「追われない夜」に、張り詰めていた気が緩んだのだろう。


 私はその様子を少し離れた場所から眺め、セリナと顔を見合わせた。


「……人材、確保ね」


「しかも『海のエキスパート』と『裏社会耐性のある荒くれ者』のセットよ。お買い得だわ」


 アルが、満足そうに夜明けの海を見ている。


「先生。これで海路が繋がりましたね」


「ええ。陸の孤島だったこの領地が、海へと開かれたわ。  ……あんたの『もったいない精神』、また炸裂したわね」


「だって、もったいないじゃないですか。  あんなに船の扱いが上手い人たち、敵にするより味方にしたほうが絶対いい」


 アルは笑った。


 昨日の敵は、今日の社員。  滅びた領地の再興計画に、また一つ、頼もしくて厄介な「歯車」が加わった夜だった。


(……さて。あとは『料理長』が戻ってくれば、食卓ももっと賑やかになるんだけどね)


 私はリオが奮闘する大鍋を見ながら、まだ見ぬ古株の帰還を密かに願った。

ストックは結構あるので、今日、明日は1-2時間ごとに投稿も考えています。

感想まってます!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ