第19話 潮が返る夜、あるいは海賊を社員にする方法
(視点:ドワルガ)
「……海がざわつく夜は、たいていロクなことが起きないのよね」
私は、復活したてのヴェルトランと差し向かいで酒を飲んでいた(彼はまだ水だけど)。
丘の上の仮設テント。窓の外は海。 穏やかだった波音が、急に不穏なリズムに変わっていた。
バン! と扉が開く。
「先生! 沖に船影です! 三隻!」
アルが飛び込んできた。その後ろには、耳ヒレをピクピクさせているリオ。
「間違いありません。風に乗って、火薬と鉄の匂いがします。……それと、独特な魚臭さ」
「魚臭さ?」
「はい。普通の漁船じゃない。もっと……血なまぐさい、荒れた匂いです」
私はグラスを置き、ゴーグルを首にかけた。
「……行くわよ。 せっかく灯りがともった港を、火の海にされたんじゃ寝覚めが悪いわ」
崖の上。
夜風が吹き荒れる中、私たちは海を見下ろしていた。
月明かりに浮かぶ、黒い帆の船が三隻。
マストに掲げられているのは――
「……クラーケン(大イカ)の旗?」
アルが目を細める。
「あれ、海賊旗に見えますけど……この辺りの漁村が昔、守り神として掲げていた紋章と同じです」
「守り神を掲げて略奪に来たってわけ? 趣味が悪いわね」
私は鼻を鳴らし、隣に立つ二人の魔導師(?)に声をかけた。
「セリナ、ヴェル。準備はいい?」
「いつでもどうぞ〜。派手なのがお望み?」 セリナが楽しそうに指を鳴らす。
「病み上がりに無茶させるなよ……。まあ、脅すくらいなら造作もないが」
ヴェルトランが苦笑しながら杖を構える。
「沈めないでね。 こちらの戦力を見せつけて、戦意をへし折るだけでいいわ」
「了解!」
二人の魔力が夜気を裂き、海面に向かって奔流となって落ちた。
ズズズズズ……ッ!
海が割れる。 波間から、巨大な水の塊が隆起する。 月光を浴びて立ち上がったのは――
二体の、巨大な水クラーケン。
一体は深く重い群青色(ヴェルの魔力)。
もう一体は鋭く輝く氷青色(セリナの魔力)。
「うわぁ……」
リオがドン引きしている。
「これ、『脅すだけ』のレベル超えてません? 怪獣映画ですよ?」
「これくらいやらないと、海の荒くれ者は止まらないのよ」
巨大な触手が、威嚇するように水面を叩く。バァァァン!!
三隻の船は、巨大な水の怪物に挟まれる形になり、慌てて帆を絞って停止した。
船上がパニックになっているのが、ここからでも見える。
船縁にわらわらと人影が集まってきた。
松明の光に照らされたその姿は――
「……あれ?」
リオが目を凝らす。
「先生。あいつら……人間じゃないです。 肌に鱗、耳にヒレ。……僕と同じ、半魚人だ」
「ハーフだけの海賊?」
その時、船の中から一際大柄な男が現れ、甲板の先頭に立った。
怒号を飛ばし、パニックになる船員たちをまとめている。
アルが、その男を見て息を呑んだ。
「……嘘だろ。 オルガンさん……?」
「知り合い?」
「はい。昔、父さんと母さんの屋敷に、よく魚を運んでくれていた……漁村の顔役の人です!」
アルが崖の縁に身を乗り出して叫んだ。
「オルガンさーーーん!!」
風に乗った声が、海上の男に届く。 男――オルガンが、ビクリと肩を震わせて見上げた。
「……その声、まさか……アル坊か!?」
「アルです! 生きてます!!」
「生きて……いたのか……!」
オルガンはその場に膝をつきそうになり、慌てて船縁にしがみついた。
周囲の船員たちが、
「アル坊?」
「領主様の息子さんか?」
とざわめき始める。
「……どうやら、ただの敵襲じゃなさそうね」
私はセリナとヴェルに合図した。
クラーケンたちが、静かに触手を下ろす。 (消しはしない。まだ警戒は解かない)
「話をしましょう! 港に着けてください!」 アルが叫ぶ。
海賊旗を掲げた船が、恐る恐る、ゆっくりと桟橋へ近づいてきた。
港。
上陸してきたのは、ボロボロの服を着た半魚人たちだった。
武器は持っているが、手入れが行き届いていない。
そして何より――全員、痩せている。
「アル坊……。本当に、アル坊なんだな」
オルガンが、震える手でアルの肩を掴んだ。
かつての屈強な漁師の面影はあるが、頬はこけ、目はぎらついている。
「はい。帰ってきました」
「よかった……。本当によかった……」
涙ぐむオルガン。
だが、私は冷や水を浴びせる役だ。前に出る。
「感動の再会中、悪いんだけど。 オルガン。あんた、その旗はどういうつもり?」
指さした先には、海賊旗。
オルガンはバツが悪そうに視線を逸らした。
「……見ての通りだ、ドワルガ様。 俺たちは今、海賊まがいのことをして食いつないでる」
「なんでまた」
「……生きていく場所がねえんだよ」
オルガンが吐き捨てるように言った。
「七年前、村が焼かれて……戻ってみたら、海も川も魔素まみれで魚が死んでた。 普通の人間は他の街へ逃げたが、残されたのは、行き場のない半魚人の連中ばかりだ」
後ろに控える船員たちを見る。
人間からも、純血の魚人からも疎まれる、混血の子たち。
「正規の港じゃ雇ってもらえねぇ。街へ行けば差別される。 ……こいつらを飢えさせねえためには、奪うしかなかったんだ」
悲痛な叫びだった。
「悪党」になりたくてなったわけじゃない。
「生きるため」に堕ちたのだと。
「……事情は分かったわ」
私は腕を組んだ。
「でも、だからって略奪を許すわけにはいかない。 ここを再興する以上、治安は最優先事項よ」
オルガンが剣の柄に手をかける。
ガルドがすかさず前に出て、殺気を放つ。
一触即発。
その空気を割ったのは、アルの声だった。
「オルガンさん。 俺、あなたたちを雇いたいです」
「……は?」
全員が、間の抜けた声を出した。
「や、雇う? 俺たちをか? 海賊だぞ?」
「元・腕利きの漁師集団ですよね?」
アルはニカっと笑った。
「この領地、今、人手が足りなくて困ってるんです。 特に、海を知ってる人がいない。 魚も獲りたいし、他の街と交易もしたいけど、船も船乗りも足りない」
アルは、後ろの半魚人たちを見渡した。
「それに、ハーフで、行き場がなくて、身軽な人たち……。 最高じゃないですか。 うちの領地、そういう『ごちゃまぜ』な連中しかいないんで、誰も差別なんてしませんよ」
「え……」
オルガンが呆気にとられる。
「海賊はやめてください。 その代わり、うちの『専属貿易船団』になってくれませんか? 給料は出します。飯も食わせます。住む場所も用意します。 ……どうですか?」
あまりにもあっけらかんとした提案。
「罪を許す」とか「更生させる」とか、そんな上からの物言いじゃない。
ただ純粋に、「使える人材だから欲しい」という、清々しいほどの実利主義。
(……まったく。 この子は本当に、転んでもタダでは起きないわね)
私は苦笑して、補足に入った。
「そういうことよ、オルガン。 海賊やって賞金首になるのと、 領主公認の貿易商になって大手を振って海を歩くのと。 ……どっちが『お得』か、あんたなら計算できるでしょ?」
セリナが横から口を挟む。
「あ、ちなみに元締めは私がやるから。 影ギルドのルートも使わせてあげる。 海賊やるより、よっぽど儲かるわよ?」
「お、おい……。 ドワルガ様だけじゃなく、あの『影の女帝』まで噛んでんのかよ……」
オルガンが顔を引きつらせる。 そして、後ろの仲間たちを振り返った。
「……おい、お前ら。どうする? 海賊王になるか? それとも、まともな飯と布団を手に入れるか?」
半魚人の若者が、泣きそうな声で叫んだ。
「飯がいいです!! あと、もう追われるのは嫌だ!!」
「俺も! 陸で寝たい!」
「アル坊……いや、領主様についていきます!」
全員一致。 そりゃそうだろう。
オルガンは、深々とため息をつき、それからアルに向かって膝をついた。
「……負けたよ、アル坊。いや、領主様。 俺たちの命、あんたに預ける。 こき使ってくれ。その代わり――こいつらに、飯だけは食わせてやってくれ」
「はい! 約束します!」
アルがガシッとオルガンの手を握る。
その手は、泥と海水で汚れていたけれど、とても温かそうだった。
夜明け前。 海賊旗が降ろされ、代わりに白い布(仮の商船旗)が掲げられた。
港の広場では、即席の炊き出しが始まっていた。
大鍋をかき混ぜているのは、リオだ。
「俺、魚人の村仕込みの漁師飯なら任せてください!」と腕まくりをしている。
具材は、備蓄していた干し野菜と、オルガンたちが持っていた魚。
「うめぇ! なんだこれ、うめぇ!」
「あったけぇ……!」
湯気を立てるスープを啜り、半魚人の若者たちが泣いている。
久しぶりの「陸の飯」と「追われない夜」に、張り詰めていた気が緩んだのだろう。
私はその様子を少し離れた場所から眺め、セリナと顔を見合わせた。
「……人材、確保ね」
「しかも『海のエキスパート』と『裏社会耐性のある荒くれ者』のセットよ。お買い得だわ」
アルが、満足そうに夜明けの海を見ている。
「先生。これで海路が繋がりましたね」
「ええ。陸の孤島だったこの領地が、海へと開かれたわ。 ……あんたの『もったいない精神』、また炸裂したわね」
「だって、もったいないじゃないですか。 あんなに船の扱いが上手い人たち、敵にするより味方にしたほうが絶対いい」
アルは笑った。
昨日の敵は、今日の社員。 滅びた領地の再興計画に、また一つ、頼もしくて厄介な「歯車」が加わった夜だった。
(……さて。あとは『料理長』が戻ってくれば、食卓ももっと賑やかになるんだけどね)
私はリオが奮闘する大鍋を見ながら、まだ見ぬ古株の帰還を密かに願った。
ストックは結構あるので、今日、明日は1-2時間ごとに投稿も考えています。
感想まってます!




