第18話 偏屈薬師、もう一度立つ、あるいは「三傑」の再結成
(視点:ドワルガ)
「……あら、私としたことが。ちょっと目にゴミが入ったみたいね」
私が目元を拭うと、横からニヤニヤした顔が覗き込んできた。
「はいはい、素直じゃないんだから。 『昔の仲間が集まってきて感極まっちゃった』って言えばいいのに〜」
セリナだ。
相変わらず、いいシーンを茶化すのが上手い女ね。
「うるさいわよ。 ただ、必要な人材が揃ってきたことに安堵しただけ」
「ドワちゃんの涙は貴重だから、瓶に詰めて売ろうかな」
「やめなさい。呪いアイテム扱いされるわよ」
――ガルドが戻った。
「盾」は手に入れた。
次は「知恵」だ。
この領地には、もう一人、欠かせない男がいる。
かつてアルの両親を支え、内政と医療を一手に引き受けていたダークエルフ――ヴェルトラン。
彼が戻らなければ、この領地の復興は画竜点睛を欠くことになる。
……まあ、今はただの引きこもりの病人なんだけど。
場所は、村はずれのボロ小屋。
かつては診療所だった場所だ。
今は棚の半分が空で、埃と乾いた薬草の匂いが充満している。
その薄暗い部屋に、私、ネーヴ、そしてアルが集まっていた。
机の上には、新型浄水器を通した水のサンプル。
「……数字、微妙」
ネーヴが測定器を見て、容赦ない評価を下す。
「生水よりマシ。でも、子供には毒。 飲み続けたら、魔素酔いで倒れる」
私は三本の瓶を並べた。
川の生水、浄水器の水、そして少しマシな“戻り水”。
どれも透明だが、中身はまだ歪んでいる。
(魔族が荒らしたツケね……。 大地そのものが魔素過多になってるから、濾過だけじゃ限界がある)
ため息をつきかけた、その時。
ギィ……。
錆びついた蝶番が鳴き、奥の扉が開いた。
「……勝手に人の診察台を物置にするな」
不機嫌そうな声とともに、長身の影が現れる。
灰銀色の髪を無造作に束ね、褐色の肌に尖った耳。
ダークエルフ特有の冷ややかな美貌を持っているが、その顔色は紙のように白い。
ヴェルトラン。
十年以上経っているはずなのに、見た目がほとんど変わっていないのは長命種の特権か。
やつれているのを除けば、だけど。
「久しぶりね、ヴェルトラン。 生きててよかったわ。孤独死してたらどうしようかと思ったもの」
「……ドワルガか。相変わらず口が減らねぇな」
彼はふらつきながら椅子に座り込んだ。
「その見た目も変わらねぇな。成長期はまだ来てないのか?」
「三十路を超えた淑女に失礼ね。これは『永遠の美少女』枠よ」
「寝言は寝て言え」
軽口を叩き合うが、私の目は彼の体をスキャンしていた。
(……魔力が、薄い)
本来、ダークエルフは人間より遥かに濃い魔力を持つ。
だというのに、彼の中には魔力が留まらず、ザルのように抜け落ちていく感覚がある。
これが、彼を縛り付けている「原因不明の病」か。
「座って。仕事よ」
私は浄水器の水を差し出した。
「……見舞い品なしかよ」 文句を言いつつ、彼は水を受け取る。
匂いを嗅ぎ、光に透かし、ほんの一口だけ含んで――
ペッ。
即座に床に吐き出した。
「……ダメだ」
「そこまで?」
「今すぐ死にはしねぇ。だが、毎日飲めば内臓から腐る。 子供と年寄りには毒水だ」
言葉は辛辣だが、その目は真剣な“薬師”の目に戻っていた。
「やっぱりね。 魔石採掘の影響で、水脈そのものが変質しているわ。 ……だから、あんたを呼んだのよ」
「俺にどうしろってんだ。魔力も空っぽの廃人に」
彼が自嘲気味に笑った瞬間、入り口の扉がコンコンと叩かれた。
「お届け物でーす!」
明るい声と共に、セリナが入ってくる。
手には、厳重に封をされた小瓶。
「妖精大陸から直輸入。 セリナ特急便、到着よ〜」
ヴェルトランの目が丸くなる。
「……セリナ? それに、妖精大陸だと?」
「ええ。向こうでも似たような症状が出ててね。 『魔力が勝手に抜けていく病』。 その特効薬……というか、進行を止める薬を持ってきたわ」
セリナは小瓶を彼の前に置いた。
「これ、かなりキツいらしいわよ。 飲んだ瞬間、たぶん――」
「吐く。」
ヴェルトランが遮った。
「……知ってるのか?」
「ああ。俺も昔、似たようなのを調合しようとしたことがある。 魔力の回路を無理やり締め直すんだ。激痛と嘔吐がセットだ」
「でも、効くわよ」(私)
「……だろうな」
ヴェルトランは小瓶を睨みつけた。
その手は、微かに震えている。
「……俺は、いなかったんだぞ」
唐突に、彼が口を開いた。
「あの夜。 この土地が燃えた夜。 領主様たちが死んだ夜。 俺は……里帰りで、ここにはいなかった」
後悔が、堰を切ったように溢れ出す。
「俺がいたら、もっとマシな撤退戦ができたかもしれない。 もっと多くの民を救えたかもしれない。 ……なのに俺は、のうのうと生き残って、病気にかこつけて逃げ出した」
「だから、自分を罰してたのね」
私は静かに言った。
「魔力を吸われるままにして、部屋に引きこもって。 そうやって自分を殺すことで、贖罪のつもり?」
「……うるせぇ」
「バカね」
私はアルを前に押し出した。
「見なさい。 あの人たちの忘れ形見が、ここに帰ってきたのよ。 過去を悔やんで死ぬのと、この子のために生きるのと――どっちが『あの二人』への義理立てになると思う?」
アルが、真っ直ぐにヴェルトランを見つめる。
「ヴェルトランさん。 俺は、あなたが必要です。 この土地の水も、人の体も、あなたの知恵がないと守れません」
ヴェルトランは、しばらくアルを見つめ、それから大きく息を吐いた。
「……ほんと、親に似て人使いが荒いガキだ」
彼は小瓶を掴み、一気に煽った。
「ぐっ……!!」
激しく咳き込み、床にうずくまる。
背中をさするセリナ。
数分後、顔を上げた彼の目には――生気が戻っていた。
「……最悪の味だ」
「おかえり、偏屈薬師」
私はニヤリと笑った。
「条件がある」
ヴェルトランがふらつきながら立ち上がる。
「なんだ」
「俺のやり方に口を出すな。 それと――たまには高い酒を奢れ」
「子供みたいな条件ね」
「うるせぇ。お前にだけは言われたくねぇ」
その口元が、久しぶりに笑いの形を作った。
その夜。 簡易テントの酒場で、小さな宴が開かれた。
「まったく……七年ぶりか。あの頃と同じ顔ぶれが揃いやがって」
新型義足をガチャつかせながら、ガルドが酒をあおる。
「覚えてるわ。戦略会議と称して、結局は朝まで飲んだくれてたわよね」 私もグラスを傾ける。
「会議の成果は翌日の二日酔いだけ、だったな」 ヴェルトランは、まだ酒は飲めないので水を片手に苦笑する。
懐から、古びた指輪を取り出した。 かつて、アルの父が私たちに贈った、信頼の証。
「時代は変わった。……だが、まだ俺たちの出番はあるらしい」
アルが、私たちの輪の中心で笑っている。 その周りには、リオ、ネーヴ、ルシア。 次の時代を担う若者たち。
「……ねぇドワちゃん」
セリナが耳元で囁く。
「みんな歳を取ったけど、あんただけ変わらないわね。 見た目も、その……幼いままの目も」
「なによそれ」
「褒めてるのよ。 希望を捨ててない目だって」
私は言葉に詰まり、グラスの酒を一気に飲み干した。 喉が熱い。胸も熱い。
「……当たり前でしょ。 大人が希望を捨てたら、あの子たちが迷子になるじゃない」
夜風が吹き抜ける。 ガルドの盾、ヴェルトランの知恵、私の技術。 そして、アルたちの熱意。
役者は揃った。 ここからが、本当の「国作り」の始まりだ。
ストックは結構あるので、今日、明日は1-2時間ごとに投稿も考えています。
感想まってます!




