第16話 戻り水と、出世払いの予感、あるいは「お代は未来で結構」
(視点:ドワルガ)
翌朝。
北の風は相変わらず肌を刺すけれど、昨日の泥仕事のおかげか、不思議と寒くはなかった。
作りかけの段堰と池が、朝日に照らされてキラキラと光っている。
その前に――十数人の人影が集まっていた。
戻ってきた旧領民たちだ。
戦火と汚染で散り散りになり、近隣の村や森で食いつないでいた彼らが、「水が戻ったらしい」という噂を頼りに、恐る恐る顔を出したのだ。
「……ふん。観客がいるなら、良いところを見せないとね」
私は即席の演台(木箱とも言う)に飛び乗り、愛用の指示棒(指揮杖)をビシッと振るった。
「おはよう、野郎ども! 今日も元気に土遊びよ!」
「「「おはようございます!!」」」
アル、リオ、ルシア、ネーヴ。
若者たちの元気な返事が返ってくる。
……いいわね、若いって。
「今日が山場よ。この水を“循環”させる。 アル、配置について説明!」
「はい!」
アルが一歩前に出る。
まだ12歳だというのに、この現場監督感はどうだ。
板につきすぎている。
「一、水は上から順に流す。 二、火気厳禁。石油井戸の周辺は立ち入り禁止。 三、役割分担――“水組・土組・食料班・見張り”に分かれます!」
ネーヴが補足する。
「……水組、堰と流量調整。 土組、堤の補強。 食料班、ご飯。 見張り、魔物と……あと炎上対策」
全員の視線が、なぜかリオに集中した。
「なんで俺を見るんですか!?」
「昨日、大鍋を三回吹きこぼしたのは誰かしら?」
私は冷ややかな視線を送った。
「火加減の才能が絶望的だから、あなたは炎上対策(消火)係よ。 万が一、石油に引火したら、あなたの水魔法が頼りなんだからね」
「責任重大すぎるでしょ!?」
現場にドッと笑いが起きる。
遠巻きに見ていた領民たちの顔も、少しだけほぐれたように見えた。
その時、領民の一人――大柄な男が、声を上げてきた。
「あー、ドワルガ参謀……とお呼びしていいんでしょうか」
「ええ、構わないわ。見た目は少女、頭脳は天才、階級は参謀よ」
「は、はぁ……。 その、どうしても水が足りなくなったら……そこの魚人の兄ちゃんが、魔法で出せばいいんじゃねえんですかい?」
出たわね、魔法万能論。
リオが「いや〜実は〜」と苦笑いを浮かべる横で、私はビシッと否定した。
「却下よ。 さっきも言ったけど、水魔法はこの土地から水分を『カツアゲ』してるだけなの」
「か、カツアゲ……」
「そう。毎日やれば、十年後にはここは草一本生えない砂漠になるわ。 あなたたち、土地を枯らしてまで水が欲しい?」
領民たちが顔を見合わせ、首を横に振る。
「……いや、そりゃあごめんだ。 魔族に散々掘り返されて、これ以上土地が死ぬのは見たくねえ」
「でしょう?」
私はニヤリと笑った。
「だから、汗をかきなさい。 泥にまみれて、石を積んで、自分たちの手で水を引くの。 それが一番遠回りで、一番確実な『復興』よ」
男たちは顔を見合わせ、やがて一人が袖をまくり上げた。
「……へっ、違いねえ。 おい、俺たちも手伝うぞ! ただ見てるだけじゃバチが当たる!」
「おう!」
領民たちが、次々と作業に加わっていく。 アルが彼らに駆け寄り、頭を下げて握手をしている。
(……いい光景ね)
私は満足げに頷いた。
魔法で解決するより、こうやって「共犯者」を増やしていく方が、組織としては強くなる。
夕方。
ついに三段目の堰が閉じられ、丘の中腹にひとつの大きな“鏡”ができあがった。
夕日を映して輝く、真新しい溜池。
「……できた」
アルの声が、少し震えている。
ネーヴが測定器を水に浸し、数秒後、親指を立てた。
「水量、目標クリア。 魔素値……“日常滞在可能ライン”の内側。 子供と老人はまだ注意が必要。でも、大人は住める」
「やった……!」
リオがその場にへたり込む。ルシアも額の汗を拭って微笑んでいる。
「先生、これ……」
アルが私を見る。
「ええ。合格よ。 “住むな”という警告が、“住んでよし”の許可証に変わったわ」
わぁっ! と歓声が上がる。 泥だらけの若者たちと、疲れ切った領民たちが、肩を叩き合って喜んでいる。
その時だ。 さっき最初に声をかけてきた男が、アルの前に進み出た。
彼は泥だらけの手を服で拭い、じっとアルの顔を見つめた。
「……失礼を承知で伺います」
声が、震えている。
「あなた様は……もしや、アル様でいらっしゃいますか?」
周囲のざわめきが、波が引くように静まる。
アルが息を呑む。
「え……はい。その、アルフレート・エルンストです」
男の目から、ボロボロと涙がこぼれた。
その場にいた領民たちが、次々と膝をつく。
「お父上の眼差しに、そっくりで…… お母上が怒るときの口の結び方まで、そのままで……」
男は嗚咽を漏らしながら、頭を垂れた。
「まさか、本当に……生きておられたとは……! 俺たちは、もうてっきり……!」
アルは慌てて男の手を取った。
「や、やめてください! 顔を上げてください! 俺は、まだ何も……ただ帰ってきただけで……」
「いいえ!」
男は首を振った。
「この水を見りゃ分かります。 死んでた川が、生き返った。 ……あんたたちが、本気だってことが」
老婆が、孫を抱えて進み出る。
「坊ちゃん……いえ、領主様。 こんな老いぼれですが、まだ畑仕事くらいならできます。 どうか、ここに置いてもらえないでしょうか」
「俺もだ! 石運びでも何でもやる!」
「給金なんていらねえ! 食わせてくれるだけでいい!」
次々と上がる声。 それは、アルが求めていた「力」の原石たちだ。
アルは、言葉を失いかけて――それでも、ぐっと唇を噛んで堪えた。
(……泣くんじゃないわよ、アル。 ここで泣いたら、ただの子供の帰省だ。 領主なら、未来を語りなさい)
私の視線を感じたのか、アルは深く息を吸い込み、背筋を伸ばした。
「……ありがとうございます。 でも、“俺の領地”に戻すためだけにやってるんじゃありません」
彼は、夕日に輝く池を指差した。
「俺は、ここを“誰もが笑って暮らせる場所”にしたいんです。 人間も、そうじゃない種族も。 奪い合うんじゃなくて、分け合って、助け合える場所に。 ……そのために、あなたたちの力を貸してください」
深々と頭を下げるアル。
男が、涙を拭ってニカっと笑った。
「合点承知だ! 報酬は“出世払い”で構いませんぜ、領主様!」
「出世払い、か。高くつくぞ?」
アルも笑い返す。
その笑顔は、もう少年のものではなく、若き指導者のものだった。
寄り合いが解散し、夜の帳が下りる。 たき火の周りで、ささやかな宴が始まった。
私は少し離れた場所で、新しい酒瓶の栓を抜いた。 チリン、と風鈴が鳴る。
(……さて)
私は夜空を見上げた。
「出世払い」なんて言葉が出るってことは―― そろそろ、あの頑固者も嗅ぎつけてくる頃合いね。
ガルド。
「最後の盾」と呼ばれた男。
アルの両親が最も信頼した、不器用な忠臣。
明日か、明後日か。
泥も汗も、後悔も。全部背負って、きっと帰ってくる。
「……準備しておかないとね。とびきり重たい義足を」
私はニヤリと笑い、月に向かって乾杯した。
役者が揃うまで、あと少しだ。
ストックは結構あるので、今日、明日は1-2時間ごとに投稿も考えています。
感想まってます!
次は24時を予定しています。




