第15話 火で水を起こす、あるいは「非常用タンク」の誕生(推敲版)
(視点:ドワルガ)
「熱交換蛇管、接続完了。 流量良好。温度、計算値プラス五度。……順調」
ネーヴが温度計を片手に、淡々と数値を読み上げる。
丘の斜面に這わせた黒い鉄管が、シュウウウ……と白い湯気を吐き出していた。 凍てついた大地に巻きつくように埋め込んだそれは、さっき掘り当てた石油とガス、そして火魔法を熱源にして、じわじわと地中の凍土を攻めている。
「……いい音ね」
私は腕を組み、満足げに頷いた。
凍土が溶け、大地が緩む音。これぞ復興のシンフォニーよ。
「音ですか?」
リオが耳をそばだてる。
「なんかこう……地面が『あつっ! やめろ!』って言ってるような音に聞こえるんですけど」
「感受性が豊かね。 私には、『あー、凝り固まった肩がほぐれるわー』っていう大地の安堵の声に聞こえるわよ」
「先生の耳、都合よすぎません?」
「うるさいわね。掘る手が止まってるわよ」
私はリオの背中を軽く蹴飛ばした(足が短いので膝カックンみたいになったけど)。
作業開始から数時間。 ついに、最初の溝に水が落ちた。
チョロ……チョロチョロ……。
「……来た!」
アルが声を上げる。
凍土の中から染み出した水が、温められた川の“戻り水”と混ざり合い、小さな流れとなって掘り割りを走り始めた。
「第一区画、開門!」
私の合図で、アルとルシアが土嚢をどける。 堰が切られ、透明な水がザバリと窪地に広がった。
即席の溜池の完成だ。
「ネーヴ、魔素値チェック!」
「ん」
ネーヴが素早く測定器を水に浸す。 全員が針の動きを見守る。
「……数値、低下。 川の水より低い。 飲用基準……ギリギリクリア」
「よしっ!」
私はガッツポーズをした。
「大人が飲んでも、すぐには倒れないレベルまで下がったわ。 まだ子供や病人には飲ませられないけど、“毒水”からは脱却よ」
「それでも、“全部ダメ”じゃないんですね」
アルが泥だらけの顔で笑う。
「料理用や、洗濯、お風呂には使える。 何もしないより、ずっとマシです」
「そうよ。 『完璧じゃないから何もしない』っていうのは、一番愚かな選択肢だもの」
一段落ついて、休憩中のこと。 谷底で、リオがおずおずと手を挙げた。
「あのー、先生」
「なによ」
「こんな大掛かりな工事しなくても…… 水が足りないなら、俺がここに残って、水魔法で出し続けるってのはどうですか?」
その場の空気が、一瞬ピタリと止まる。
「いや、最悪の場合は、ですけど! 俺、魚人のハーフだし、水魔法も得意だし。 俺一人をここに『人間井戸』として置いておけば、手っ取り早いかなって……」
「却下よ」
私は即答した。食い気味に。
「え?」
「最悪の場合、あなたをここに置いていくわね」
「えっ、今なんて?」
「『置いていく』と言ったの」
私はあえて真顔で、冷ややかに告げた。 リオの顔色がサァーッと青ざめる。
「じょ、冗談ですよね、先生? 見捨てないですよね!?」
「冗談よ。本気にしないで」
そこでようやく、私は口元を緩めてみせた。 まったく、からかい甲斐のある子ね。
「でも、仕組みだけはちゃんと理解しておきなさい。 水魔法っていうのはね、どこか遠くの海から水を“テレポート”させてるわけじゃないの」
私は指で、乾いた空と大地を指した。
「この一帯の空気と土に含まれる水分を、無理やりむしり取って集めているだけよ」
「……むしり取る?」
「そう。 緊急時にコップ一杯出すくらいならいいわ。 でも、毎日それを村の飲み水として使い続けたらどうなると思う? 十年後、この土地は“水気の一滴もない、カラカラの荒野”になって死ぬわ」
ネーヴが小さく頷く。 アルも、「なるほど……」と納得顔だ。
「水魔法は便利だけど、対価は『その場の環境』が払うの。 だから、魔法に頼りきったインフラは長続きしない。 面倒でも、こうして循環を作るしかないのよ」
私はリオの肩をポンと叩いた。
「だからリオ、あなたは“非常用タンク”よ」
「……タンク」
「そう。普段は使わない。 どうしても日照りが続いて、誰かの命が今すぐ尽きそうなときだけ、あなたの出番が来るわ」
リオは複雑そうな顔で苦笑した。
「非常用タンクって呼び方、ひどくないですか? なんかこう、『水の勇者』とか……」
「中身は一緒でしょう? 気に入らなかった?」
「……いや、ちょっとだけ気に入ってます。 最後の砦っぽくて」
ルシアが、くすっと笑った。 単純な子で助かるわ。
日が傾くころには、斜面に三つの小さな池ができていた。
どれも浅いけれど、夕日を反射してキラキラと輝いている。 泥と油にまみれて作った、私たちの最初の成果だ。
「先生、これ……」
アルが水面を覗き込む。
「最初の一歩よ」
私は満足げに頷いた。
「浄水器も、魔素分解も、まだ完全じゃない。 でも、“戻り水”で濃度を下げながら、少しずつこの土地を“住める場所”に変えていく。 魔法一発で解決! なんて奇跡はないけれど、これが確実な道よ」
「泥と石油とガスと配管工事で、ですね」(リオ)
「そう。ロマンはないけど現実的でしょ?」
チリン、と腰につけた風鈴が鳴る。
戦場の真ん中で剣を振るうのも戦いかもしれない。 でも、こうやって泥まみれになりながら水路を掘り、未来の苗床を作るのも――立派な戦いだ。
どちらが長く世界を救うかと言われれば。 私は迷わず、こっち(土木工事)に賭けるわね。
「さあ、撤収! 今日は泥落としに、沸かしたお湯を一番風呂でいただくわよ!」
「「「賛成!!」」」
若者たちの声が、夕暮れの空に響いた。 うん、いい仕事をした後の酒は、きっと最高に美味いわよ。
ストックは結構あるので、今日、明日は1-2時間ごとに投稿も考えています。
感想まってます!




