第14話 水を掘ったら燃える水だった、あるいは12歳の現場監督
(視点:ドワルガ)
「先生、確認です。『井戸を掘って、水を誘導して、仮の池を作る』。これで合ってますよね?」
スコップを肩に担いだアルが、爽やかな笑顔で聞いてくる。
背景は、荒涼とした瓦礫の山だというのに、この子だけピクニックにでも来たようなテンションだ。
「ええ、そうよ」
私は地図を広げ、ブーツのつま先で地面をトントンと叩いた。
「川筋から外れた、ここ。 上流から見て安全で、昔、溜池があった跡地よ。
まずはこの辺を『軽く』掘ってみて」
「『軽く』、ね……」
リオが遠い目をしている。
彼の手には、すでに泥がべっとり。
兵もいない。重機もない。
あるのは十代の若者たちの筋力と、私とネーヴが夜なべして書いた図面だけ。
「文句言わない! 若い頃の苦労は買ってでもしろって言うでしょ!」
「先生は買わないんですか?」
「私は『監督』という名の頭脳労働を買っているのよ」
言い返せないリオが、渋々スコップを突き立てた。
――つまり、泥臭さ以外の何物でもない作業の始まりだ。
数時間後。
穴は順調に深くなっていた。
アルとリオの掘削速度が異常(特にアルは土の目が読めるのか、無駄がない)なおかげで、予定より早く地下層に届きそうだ。
「……先生」
穴の底で作業していたネーヴが、鼻をひくつかせた。
「なんか、匂う」
「匂い?」
掘り下げた穴から、甘く、重く、鼻の奥にへばりつくような臭気が立ち上ってくる。
土の色も変わっていた。黒い。やけに黒い。泥とは違う、もっと粘着質な――
嫌な予感がした瞬間――
ぬるり。
地面の裂け目から、ドス黒い液体が、あふれ出した。
「全員、火を止めなさい!!」
私は条件反射で叫んでいた。
だが、私の声が届くのとほぼ同時に、アルが動いていた。
「リオ、松明捨てろ! 土被せろ!」
「えっ、わ、わかった!」
アルが自分の松明を地面に叩きつけて踏み消し、リオが腰の火打ち石を放り投げる。
さらにアルは、間髪入れずに指示を飛ばした。
「ルシア! 風魔法! 穴から出るガスを上空へ逃がして! 吸い込んだら倒れる!」
「り、了解!」
「ネーヴ! 布と板! 即席でいい、蓋をするぞ!」
「ん!」
……速い。 速すぎる。
私は膝をつき、黒い液体を指先ですくって匂いを嗅いだ。
間違いない。
「石油オイルね。ガスも混じってるわ」
「え、これ……燃えるやつですよね?」(リオ)
「燃えるわよ。とてもよく燃えるわ。 そして、資格のない人間が適当に扱うと、とてもよく爆発して死ぬわ」
私が解説している間に、アルたちはすでに穴を塞ぎ、ガスを逃がし、周辺の安全確保を完了していた。
「先生。ここ、水脈じゃなくて油脈を掘り当てちゃったみたいですね」
アルが額の汗を拭いながら、冷静に報告してくる。 (……おかしいわよ)
私は心の中で盛大にツッコんだ。
井戸掘りも、石油噴出の緊急対応も、ガス抜きの換気手順も、軍学校一年生に教えるカリキュラムじゃない。
私が教えたのはせいぜい「危険値」と「離脱のタイミング」までだ。
それなのにこの子は、まるで**“何度も同じ現場修羅場をくぐってきたベテラン現場監督”**みたいな動きをしている。
(アル……あなた、中身いくつなのよ。人生二周目か何か?)
口には出さない。 今はただ、その手際の良さに感謝しておくわ。
「……そうね。状況を分析しましょう」
私は気を取り直して、穴を見下ろした。
「元々ここは“水と魔素が多い層”だったはず。 その下に、油とガスの層があったんでしょうね。 それを、魔石掘りの連中がめちゃくちゃに穿ったせいで――」
「地層がグチャグチャになって、水脈が潰れて、代わりに油が顔を出した……と」(アル)
「ご名答。 水が欲しかったのに油が出た。笑えない冗談ね」
リオが肩を落とす。
「じゃあ、ここはハズレですか? また別の場所を掘り直し……?」
「いいえ」
私はニヤリと笑った。 転んでもただでは起きないのが、ドワルガ流よ。
「ハズレじゃないわ。むしろ大当たりよ」
「え?」
「水の代わりに油とガスが出た。 燃やせば熱になる。 ……リオ、さっき言ったわよね。『冷蔵庫の中みたいに寒い』って」
「はい、言いましたけど……」
「だったら、温めればいいじゃない」
私は穴を指さした。
「火で、水を起こすのよ」
アルが、目を丸くした後、パッと表情を輝かせた。
「……なるほど! ここで出た燃料で、周りの永久凍土を溶かすんですね!」
「ええ。 地熱管とボイラーを即席で組んで、丘の上から“仮の池”まで温水を回す。 川の冷たい水を“戻り水”にして、溶け出した水と混ぜれば、温度も魔素濃度も調整できる」
ネーヴが、すでに地面に図面を引き始めていた。
「……熱交換器、作れる。 パイプ、足りない。 でも、廃材でなんとかなる」
「さすが我が弟子。話が早くて助かるわ」
リオだけが、ポカンとしている。
「えっと……つまり?」
「つまり、ここからは土木作業に加えて、配管工事とボイラー技師の仕事が追加されるってことよ!」
「作業増えてるじゃないですかー!!」
リオの悲鳴が北の空に響く。
「文句言わない! 華やかな魔法戦なんて期待した? 残念だったわね。戦争を終わらせる仕事なんて、だいたいが泥と油にまみれるものなのよ」
私はアルに視線を送る。 彼はすでに、次の指示を出すために動き出していた。
「ネーヴ、パイプの設計頼む! ルシア、換気の継続を! リオ、泣くな! 掘るぞ!」
(……本当に、頼もしい“現場監督”だこと)
私はゴーグルをかけ直し、 湧き出る黒い液体――この土地の新しい“血”を見つめた。
さあ、忙しくなるわよ。
水を掘り当て損ねたなら、熱に変えて、大地ごと溶かしてやるんだか
ストックは結構あるので、今日、明日は1-2時間ごとに投稿も考えています。
感想まってます!




