第1話 見つけた――滅領の子、あるいは「事後承諾」の流儀 (挿絵追加 11/30)
(視点:ドワルガ)
「……えっと。ここ、託児所じゃないですよね?」
はい、出たわね。 記念すべき初対面、開口一番のセリフがそれ?
私は執務机――という名の酒瓶と魔導部品の集積所――に頬杖をつき、目の前の新入生を見上げた。 物理的には見下ろされているけれど、精神的にはマリアナ海溝より深く見下ろしてやるわ。
「少年。私の部屋のドアプレートが読めなかったのかしら? それとも、その目は飾り?」
「いえ、ちゃんと『王国軍・特別技術参謀室』って書いてありました。だから……」
少年――アル・エルンストは、困ったように眉を下げ、視線を私の頭のてっぺんから爪先まで往復させた。 そして、いかにも気遣わしげに言ったのだ。
「――参謀のお子さんが、お留守番中なのかなって」
「……座りなさい。たっぷりお説教よ」
私は深いため息とともに、手元のウイスキー(朝の一杯目・ロック)をあおった 。
「いいこと? よくお聞き。私はこの愛らしいナリで三十路を超えているの。そして、れっきとした軍の参謀よ」
「えっ!?」
「ついでに言うと、あなたの保護者役を引き受けたのも私」
「ええっ!?」
アルは鳩が豆鉄砲を食らったような顔で固まった。
十二歳にしては落ち着いていると聞いていたけれど、さすがにこの「合法ロリ参謀」のギャップには勝てなかったようね 。
「……嘘ですよね? だって、肌とか僕よりぷるぷる……」
「最後まで言ったら、言葉の墓穴を掘る体験学習ツアーにぶち込むわよ?」
「す、すみません! あまりにお若く美しく見えたので!」
「よろしい。生き残るコツは早めの訂正よ」
ふふん、と鼻を鳴らす。 ここは私の城。
天井まで積み上がった蔵書、壁一面の美しき酒瓶コレクション、そして床に散らばる愛しき機械部品たち。
初対面の人間を威圧するには十分な魔窟だけれど、この少年は怯えるどころか、床に転がっていた義手の試作パーツを拾い上げた 。
「これ……関節の可動域、いじってますね? バネの配置が独特だ」
「あら?」
私は片眉を上げた。 ただの孤児じゃないとは聞いていたけど、いきなりそこを見る?
あなた、こっち側(技術オタク)の素養があるわね?
手元の書類に目を落とす。 アル・エルンスト。
七年前、地図から消された北の辺境領――その唯一の生き残り。 そして、備考欄に赤字で書かれた一文。
『現場判断が良すぎて、指示を無視しがち。若干、問題児』
(……まったく、あいつと同じタイプね)
胸の奥が、チクリと痛む。 かつて私が仕え、そして守りきれなかった、あの領主夫妻。 馬鹿みたいに真っ直ぐで、どうしようもないほど優しかった、私の友人たち。
「……魚人に育てられたんだったわね。苦労はなかった?」
私が問うと、アルは義手をそっと床に戻し(置き方が丁寧で好感が持てるわ)、穏やかに微笑んだ。
「はい。みんな、すごく優しかったです。……人間とか魚人とか関係なく、ただ『生きろ』って言ってくれました」
「そう。いい連中に拾われたわね」
言葉に詰まる。 本来なら、私が。私たちが、もっと早く見つけてやるべきだったのに。
「あの、先生?」
「なにかしら」
「先生は……どうして僕の保護者に?」
アルの瞳が、真っ直ぐに私を射抜く。 その色は、父親譲りの深い茶色。
そして、頑固そうな口元は母親そっくり。
「……人手不足よ」
私は視線を逸らし、照れ隠しにまたグラスをあおった。
「あなたのお父様には、昔……技術士官としてお世話になったの。よく領地に通って、酒を飲んで、くだらない機械を作っては奥様に怒られたものよ」
「えっ」 アルが目を丸くする。
「もしかして……父さんが言ってた『酒と爆発と一緒に現れるちっさいお姉さん』って……」
「ちょっと、その記憶は消去しなさい。今すぐよ」
「あ、あぁ……なんとなく思い出してきました。研究室でボヤを出して、母さんにフライパンで追い回されてた……」
「やめなさい! その走馬灯は美しくないわ!」
バン! と机を叩く(痛っ……)。 アルはクスクスと笑った。
その笑い声を聞いた瞬間、七年分の重たい鉛のような何かが、ふっと軽くなった気がした。
けれど、アルの表情がふと曇る。 彼は視線を足元に落とし、迷うように言った。
「……でも、先生。 本当に、よかったんでしょうか」
「なにが?」
「僕が、この学校に入ることです。 僕は『滅んだ領地』の生き残りです。
魚人の親父にも言われました。
『お前の存在は、人間たちにとって面倒ごとの塊だ』って。
そんな僕なんかが、王立の軍学校なんて……先生の立場まで悪くするんじゃ……」
ああ、やっぱり。 自分の価値を低く見積もるくせに、周りのことばかり気にする。
そこまで親に似なくていいのに。
私はグラスに残った氷をカランと回し、つまらなそうに鼻を鳴らした。
「アル。あなた、私の肩書きを言ってみて」
「え……? 王国軍・特別技術参謀、ドワルガ先生……?」
「そうよ。参謀よ」
私は書類の山を指先でトントンと叩いた。
「参謀の仕事ってなんだか知ってる? 『面倒ごと』を書類と根回しでねじ伏せることよ。 あなたの入学手続き? そんなもの、私が判子を押した時点で『決定事項』なの」
「決定事項……」
「そう。もう書類は通った。学費も振り込まれた。制服も届いた。 今さら『やめます』なんて言われたら、修正書類を書く私のほうが迷惑よ」
私はニヤリと笑い、あえて意地悪く言ってやった。
「あなたの出自がどうとか、貴族の思惑がどうとか、そんな三流小説みたいな雑音は私が全部処理済みよ。 あなたはただの『新入生』として、ここで学び、働き、私の研究を手伝えばいいの」
「……それだけですか?」
「それだけよ。 大人の事務処理能力を舐めないでちょうだい」
アルが、ポカンとしたあと、ふっと肩の力を抜いて笑った。
「……なんだか、すごい自信ですね」
「事実だもの」
私は胸を張った。白衣の裾がバサリと翻る。
心の中の『守れなかった後悔』や『今度こその決意』は、まだ言わない。
それは、大人が勝手に抱えていればいい荷物だ。
「だからアル。 遠慮なんてドブに捨てなさい。
あなたの後ろには、この国で一番性格が悪くて、書類仕事が得意な参謀がついているんだから」
「……はい。 じゃあ、思いっきり頼らせてもらいます。
僕、とんでもない問題児かもしれませんけど」
「望むところよ。退屈するよりマシだわ」
窓の外で、入学式の鐘が鳴る。
私は心の中で、空の向こうの友人に語りかけた。
――見つけたわよ。
あんたたちの忘れ形見。
手続きは万全。
文句は言わせないわ。
「行くわよ、新入生。入学式だわ。膝を少し緩めて歩きなさい、校長の話は長くて腰に来るから」
「はい、先生!」
扉を開けて出て行く少年の背中は、あの日見送った背中よりも、ずっと強く見えた 。
……さて。 これからは、本当に退屈しなくて済みそうね。
私は空になったグラスを置き、七年ぶりに心から笑った。




