EPISODE 9 : 霧
夕方の色が消え、街はゆっくりと夜に変わっていった。
セルヴァは一人で帰り道を歩いていた。
木々の間を吹き抜ける風が、少しひんやりしている。
交差点まで来たとき、足が止まった。
霧が出ていた。
昼間より濃く、形が揺れて見える。
街灯の光も、霧に溶けてぼんやりとしていた。
「また……。」
セルヴァは霧の中へ一歩踏み出す。
息が白く浮かび、周囲の音が少しだけ遠のく。
何かがいる気配がした。
人ではない。
でも、確かに“何か”がいる。
「……誰かいるの?」
問いかけた声は、霧に吸い込まれて消えた。
霧の奥に、人影のようなものが立っていた。
揺れて、ぼやけて、形がつかめない。
そのとき、背後から足音がした。
「セルヴァ。」
振り返ると、カエルが立っていた。
夕暮れの光の名残が、彼の横顔を照らす。
「一人でここに?」
「霧が……変だったから。」
カエルは視線を霧に戻す。
「見えるよ。僕にも。」
「……あれ、何なの?」
少しの沈黙。
そして、カエルは静かに言う。
「影。自分の影。」
セルヴァは息を飲んだ。
影は、ゆっくりと霧の中に溶けるように消えていった。
「どうして……今になって?」
セルヴァの声はかすかに震えていた。
カエルは柔らかく答える。
「君が帰ってきたから。忘れていたものも、戻ってきた。」
風が二人の間を通り抜ける。
「……怖いよ。」
小さな声だった。
「大丈夫。霧が出たら、僕も行く。
ひとりにはしない。」
その一言は、理由も、説明もいらなかった。
セルヴァはゆっくり頷いた。
霧はまだ遠くで揺れている。
まるで、次の幕を待っているかのように。




