EPISODE 8 : 放課後
放課後のチャイムが鳴り終わる頃、教室はゆっくりと静けさを取り戻していた。
椅子の音も、笑い声も、廊下の足音も、少しずつ遠ざかっていく。
セルヴァはノートを閉じ、深く息をついて外を見る。
校庭は夕陽に染まり、空はオレンジと紫の境目。
風は少し湿っていて、雨の名残を運んでいた。
「セルヴァ、一緒に帰る?」
ビオが鞄を肩にかけながら声をかける。
「ううん。ちょっとだけ残るね。」
セルヴァが答えると、ビオは軽く笑った。
「分かった。先に行ってるね。気をつけて。」
ビオが出ていき、教室には静寂だけが残った。
セルヴァは立ち上がり、窓際まで歩く。
夕暮れの風がカーテンを揺らし、
その向こうで、校庭にうっすらと霧が立ち始めていた。
「……また出てる。」
思わず呟いた声は小さくて、すぐ風に溶けていく。
だが、その静けさを破るように、後ろから足音がした。
振り返ると、教室の扉にカエルが立っていた。
影の中で、彼の瞳だけが柔らかい光を反射している。
「やっぱり、見えてたんだ。」
カエルが静かに言う。
セルヴァは少し驚きつつも、素直に頷いた。
「うん。……前にも見た気がする。」
「前にも?」
カエルの表情は変わらないが、わずかに興味が宿る。
セルヴァは目を細めて霧を見つめた。
「うまく言えないけど、忘れてたはずのものを思い出しそうな感じ。」
カエルは一歩だけ前に出た。
「霧は、昔からこの街にあったよ。
でも、見える人と見えない人がいる。」
「じゃあ、カエルは見える側の人?」
少しの沈黙。
カエルは目線を外し、窓の外に向けた。
「……たぶん、そう。
だから気づいてしまう。
そして、忘れられない。」
彼の声は淡々としていたが、どこか痛みが混じっていた。
セルヴァは胸の奥がじんと熱くなる。
「もし、また霧が出たら……来てくれる?」
自分でも驚くほど自然に、その言葉が出た。
カエルは扉の側で立ち止まり、振り返らずに答えた。
「……行くよ。必ず。」
夕陽の中に彼の影が溶けていき、
教室に残ったのは風の音と、ゆっくり濃くなる霧だけだった。




