婚約を破棄すると言われましたが私にはゴブリンがついているので結構です
王国の城で開かれている盛大な舞踏会。煌びやかなドレスと豪華な装飾、そして高貴な貴族たちが集まる中、主役は言うまでもなく、王子アンドレアスとその婚約者であるエリス・ヴァルシア嬢だった。
エリスは、貴族の名門家の令嬢で、美しく優雅な存在であり、その婚約者である王子との結婚を、誰もが当然のように見守っていた。しかし、今日のパーティーでは一つだけ、誰もが予想できない出来事が待ち受けていた。
「エリス・ヴァルシア嬢、私たちの婚約はここで解消する」
アンドレアス王子が突然、静かな声で告げた瞬間、会場はざわめき始めた。エリスは一瞬、何を言われたのか理解できなかった。だが、王子がさらに言葉を続けた時、その意味がようやくわかった。
「婚約者として君を選んだのは、ただの義務であった。私が心から愛しているのは、他の女性だ」
王子は冷淡な目でエリスを見つめた。
エリスは一瞬、胸が締めつけられるような痛みを感じたが、その表情に一切の動揺は見せなかった。心の中でその言葉をそっと受け止め、口元に微笑を浮かべる。
「王子、ありがとうございます」
彼女は静かな声で言った。
「私も、あなたが他の女性を選ぶことを、心から望んでいました」
王子は驚いたように目を見開くが、エリスの冷静さに言葉を続けることができない。ただ、静かに彼女を無視して、会場の他の貴族たちに目を向けた。
だが、その時、大広間の扉の向こうで突然、大きな音が響き渡った。
「グオォォォォ!」
会場の者たちが振り返ると、そこから現れたのは、巨大なゴブリンの姿だった。頭に角を持ち、鋭い牙を見せるそのゴブリンの背後には、さらに数匹のゴブリン達が並んでいる。
その姿に、貴族たちは一斉に恐れの表情を浮かべ、悲鳴を上げる者もいた。しかし、エリスはその光景をまるで何もなかったかのように、冷静に見つめ続けた。
「どうして……ゴブリンが……?」
誰かが声を上げた。
「安心してください。彼らはあなた達を害しに来たわけではありません」
エリスは穏やかに、しかししっかりとした口調で答えた。
「この方々は私の――私を愛してくださったゴブリンたちです」
その言葉に、会場の空気は一層凍りついた。ゴブリンと言えば、王国の辺境に住む恐ろしいモンスターであり、貴族たちにとってはまさに忌避すべき存在だった。しかし、エリスはまるでそれを意に介していないかのように、ゴブリンたちに視線を向けた。
そして、彼女はゴブリンのリーダーである巨大で勇猛なゴブリンに、軽く手を振った。
「来てくださってありがとうございます」
すると、ゴブリンのリーダーが一歩前に進み、エリスの横に立った。その背は高く、まるで山のような存在感を放っている。だが、その目には忠義と誇りが宿っており、エリスの存在に絶対的な信頼を置いていることが分かる。
「エリス、用事はもう済んだのか?」
ゴブリンリーダーは、低く、でも堂々とした人族の声で答えた。
会場の者たちは、恐怖と驚愕で言葉を失っていた。王子アンドレアスも、予想だにしない展開に言葉を飲み込んでいる。
「私は、このゴブリンたちの愛と忠誠を受け入れます」
エリスは、再び冷静な声で言った。
「あなたに裏切られ、私が新たに選んだのは、このゴブリンたち。私が心から愛を誓うべき者は、たとえ姿がどうであれ私を裏切らない存在です」
その言葉に、会場は沈黙した。ゴブリンのリーダーは一歩前に出て、エリスの手を取るようにして優しく手を差し伸べた。その姿勢に、貴族たちの恐れや疑念が混じりつつも、何かしらの尊敬の気持ちが芽生えていくのを感じた。
王子アンドレアスは、ただ呆然とその光景を見つめるしかなかった。彼の目の前で、婚約者だったはずのエリスは、まるで別人のように、堂々とした存在感を放ち、ゴブリンたちに囲まれていた。
「私が選んだのは、王子ではなく、心から信じられる者たちです」
エリスは静かに言い切った。
「不義理なあなたが去ることに、私は何も困らない。私はこの先もゴブリンたちと共に、歩んでいく」
その言葉を聞いたとき、王子アンドレアスの心の中で、何かが崩れ落ちる音がした。彼は、今までエリスをただの「貴族の令嬢」としか見ていなかった。だが、今、彼女はまったく違う力を持つ、全く新しい存在へと成長していたのだ。
「これが、私達の選んだ道です」
エリスは、もう一度微笑んだ。
「そうだ、これが俺達の選んだ道」
ゴブリンリーダーも、誇らしげに言い切った。
その瞬間、会場中に新たな風が吹き込んだ。もはや、王子アンドレアスの地位と権力は、エリスにとって何の意味も持たなかった。彼女は、恐ろしいゴブリンたちと共に、自分の道を歩み始めるのだった。
そして、その後の物語は、王国の誰もが予想しなかった方向へと進んでいくこととなる。




