2
2
「サン先生、みて!できたよ!」
「すごいよ、ウィルくん!もうできたの!?」
ふわりと巻き起こった風に興奮したように頬を赤く染めてこちらを仰ぎ見る幼い子ども。初めて成功した魔術に嬉しそうにはしゃぐ子どもを俺は同じくらいはしゃぎながら褒めちぎった。
あれから、11年の月日が経った。
あの絶望の15歳を迎えた朝から丸11年が経って、26にもなった今でも俺は魔術を諦めきれていなかった。
何とか魔術に関わって生きていきたいと、実家の食堂を手伝いながら合間を見つけてちまちまと勉強をした俺は魔術の教師となった。
と言っても、町の中の小さな一軒家で魔力を発現したての幼い子どもたちに初歩中の初歩的なことを教えることしかできなかったけど。
ほとんど無償でボランティアのようなものなので、相変わらず平日は実家の食堂を手伝い、休日に不定期に教えていた。最初は誰1人授業に来ないということもあったけど今ではそこそこの人数がこの小さな教室に来てくれることもあり、先生と慕ってくれる子もいた。
授業料は銅貨一枚。これは大体パンが一つ買えるくらいの値段で、10歳になったばかりの子どもでも家のお手伝いをすればもらえるくらいの値段だった。それに、もしお金がなければ、何か物でも良かった。いろんな花を摘んで作った色とりどりの花束だったり、少し不格好ながらも一生懸命折ったことが伺えるたくさんの折り紙だったり、初めて覚えたと言う文字を使って書いてくれた手紙だったり。とにかく何でも良かった。そもそも、お金をもらってもそれは子どもたちのおやつ代に消えていくので、収入的には一銭の徳もない。むしろマイナス。
それでも別に良かった。あの子達が初めて魔術を成功させた時にキラキラと瞳を輝かせるその姿が俺にとって何よりの報酬だったから。
そのうち、街の大人たちも俺にお礼を言ってくれることが増えた。うちの子が魔術をあんなに早く使えるようになってくれて助かった。先生の授業を受けるんだって以前より意欲的に家の手伝いをしてくれるようになって嬉しい。などなど、好意的に話しかけくれる人も多く、そう言った人たちは子どもたちに何かしらを持たせてくれることもあった。焼きすぎたからとほかほかと湯気の出る焼き立てパンを差し入れてくれたり、もう使わないからと椅子や机をくれたり、いつも世話になっているからと雨漏りしていた部分を板で塞いでくれたり。
最初は何もなく殺風景だった小さな教室に机と椅子が置かれ、子どもたちのくれる花や折り紙、手紙の数々で色とりどりになり、ようやく教室らしくなったと思った頃、すでに俺はあの日から11年の月日が流れていることに気づいたのだった。
長かったような短かったようなこの11年はそこそこ充実した生活を俺に与えてくれた。
今だに胸の内で燻るものはあれど、俺なんかを先生と慕ってくれる生徒がいて、概ね俺の教師まがいの行動を好意的に受け止めてくれる町の皆んながいる。
俺はここで一生こんな生活を続けて、ここで骨を埋めることになるんだろうなとぼんやりと思っていた。
ある日、両親からあの言葉を言われるまでは。
「王都に?」
「ああ、エリオットが今度宮廷魔術師に選ばれたんだとさ。それで、お祝いを持っていってあげてほしくてねえ。ほら、私はもう長旅ができるほど体力が無いし、父さんだってもう腰の調子が良く無いからね。あんたなら休日に先生ごっこもできるほど体力もあるし。頼まれてくれないかい?」
そう言って首を傾げる母親には悪気が一切ない。15歳と言う類を見ないほど魔力の発現が遅れ、魔力量も少ない俺が子どもたちに少しばかり魔術を教えていたって、両親から見れば教師の真似事をしているとしか思えないのだろう。それに、俺とは違い魔術の才能に溢れていた弟を両親は知っているからそれも仕方ないのかもしれない。
先ほど名前が出てきたエリオットは俺の5つ下の弟で8歳にして魔力が発現し、その溢れんばかりの魔力量で持って15になる年に王都の魔術学園の特待生としての切符を手にした。こんな王都から遠く離れた廃れた田舎町から貴族や時には王族も通うことがあると言う格式高い魔術学園へと進学したエリオットはそれはそれは大層もてはやされたらしい。
町を上げてエリオットをサポートして、王都に旅立つその日も町の入り口にはたくさんの人が詰め寄せたという。
肉親だと言うのにこんなにも聞き齧ったものしか知らないのは、エリオットが魔術学園へと入学すると聞いた日から、俺は弟を徹底的に避けていたからだ。俺のかつての夢であった魔術学園の特待生と言う存在がよりにもよって1番身近な場所に現れたのだ。
それまで、遠い存在だと無理やり自分に言い聞かせて何とか諦めたフリをしていたのに、弟を見ると何とも言い難い感情が湧いてきてどんなことを言ってしまうか自分でもわからなかったからだ。それに加えてその時の俺はようやく始めることができた小さな学校が思うようにうまくいかずに焦り始めていた時期だったのも頑なな態度を倍増させた。
結局俺は王都へと旅立つその日も弟と一言も話すことは無かった。それから6年が経って、一度もこの町へと帰ってこなかったエリオットだが、どうやら両親と細々とした文通は続けていたらしい。
年々手紙が来る回数が減っていって、一年ぶりにきたと言う手紙に今度宮廷魔術師に選ばれることになったと簡潔な報告があったらしい。
宮廷魔術師といえば、この国の中でも数少ない実力派の魔術師たちに与えられる称号である。それに選ばれると、一生遊んで暮らせるほどの金と後世まで語り継がれるほどの名誉が与えられるという。そんなすごい役職にエリオット選ばれたとあって、ついに嫉妬の感情さえ湧かなかった。
あったのはやはり才能があるやつは違うんだなと言う諦念感。
母親が先生ごっこと称した仕事にも誇りとやりがいを持って取り組んでいるつもりだったが、エリオットの話を聞いた後だと、確かに、母親の言うとおり俺のこれはごっこ遊びとそう大差がないんだなと思った。
「……分かった。」
俺にできたのは、力のない返事で母親からの頼み事を了承することだけだった。




