雨のハイウェイ
間もなく西からの低気圧が長いハイウェイに雨を落とす。そこに差し掛かろうとしているタツの車両は150キロを越えようとしていた。
その事にタツは気づいていない。
帰省のシーズンでは無かったが、タツは故郷の長崎へ向かっていた。身内の不幸の為、職場を離脱し、緊急で実家へ帰るのである。
家庭は円満だった。母と父はよく、包まない言葉を投げ合い刺々しい雰囲気をさせていたが、居心地の悪さは誰も感じていなかった。
タツはよく、母に電話などで事ある毎にある冗談を言った。父はもう死んだか。母はいつも笑って茶化し、後に続く父への皮肉や悪口に敬愛さえ感じていたが、今回はその冗談に笑いもしなかった。
タツはまだ、初めて身近な人間が急逝した実感を得てはいなかった。
高速道路を飛ばして、その振動と熱気もあるのだろう、感覚が浮わついて、まるで夢を見ているようだった。
しかし平日の渋滞していない時間帯に、故郷へ走っている状況が、景色が近づく程に、タツの呼吸を早まらせた。
嘘だと言ってくれ・・・。
目が覚めた時、周囲はすでに雨に打たれていた。膝の辺りが冷たい。避けたフロントガラスから雨水が侵入していた。
次第に記憶が蘇り、意識が事態を把握しだした。
イタチか何かが飛び出し、それを避けきれず車輪に引っ掛け、雨でスリップして壁に衝突したのだった。
体の感覚は無かった。
どこからか声がする。
タツ、タツよ・・・。
お前に会いに来たぞ。
それは間違いなく父の声だった。
タツ・・・。お前はまだ死ぬ時ではない。
イタチになって、会いに来たぞ。
そのおかげで俺まで死にそうだ、とタツは笑った。
そうさ・・・わし一人でゆくのは寂しいからな。
タツも一緒にゆこう・・・
しかしタツは、死ぬのは惜しくないが、母がひとり残されるのが不安だった。
心配するな・・・今から、実家にも、あいつを迎えに行くからな・・・
迎えに?つまりそれは・・・父は母を殺す気だ!殺す気なんだ!!
叫びそうになって、タツは飛び起きた。
そこはすでに病室で、ベッドの上のタツは包帯や点滴にしがみつかれていた。
室内には誰もいなく、窓の外はすでに深夜の様相だった。
タツはまず、自分が生きている事に驚き、すぐに吹き出した。
父の声を聞いたのは夢だったのだ。
しかしタツは言い様の無い不安に苛まれた。幻覚とはいえ、妙に現実味のある体験だった。あれは本当に夢だったのか?
そこへ医者が現れた。
医者はタツの目覚めに笑顔を見せた。
暫く話す内に、医者は事故の経緯を訪ねてきた。
「イタチがいたんです。事故現場に死体があったはずです」
しかし医者は首を傾げた。タツを運んできた救急隊員によると、現場にはブレーキ痕のみで、特異な点は無く、事故の原因が不可思議だったそうなのである。
タツはおかしいと言った。イタチか何か、小動物の死体がある筈だと言った。
医者はタツの顔に異変が現れたのに気づき、指摘した。
タツは鏡を覗きこみ、驚愕した。
額に小動物の爪痕のようなアザが浮き出て来たのである・・・あれは現実だった!!父はイタチの姿を借りて、自分の元へ現れたのだ!!
直ぐ様タツは電話を借りて、実家の母を呼び出した。
もし手遅れなら・・・タツは祈るように受話器を握りしめ、呼び出し音を聞いた。
「もしもし」
「母さん?母さん!」
「助けて!」
「逃げるんだ母さん!!父さんが・・・」
「助けて!窓から・・・窓から!」
「窓から!?」
「カエルが入ってきて暴れとるんよ!!」