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第四話  英雄だった俺は、いま村の子どもたちに‘‘先生‘‘をしている。

 朝の光が木漏れ日になって、小さな村の屋根を照らす。


 レオンはいつものように、朝の鐘が鳴るよりも早く目を覚ました。寝ぼけまなこのまま井戸の水をすくい、顔を洗うと、ひんやりとした感触が意識を覚醒させる。


「……よし、今日もいい日になりそうだ」


 未来視──その力で見えるのは、確定した未来ではなく、枝分かれする“可能性”だ。今朝見えたのは、雨の気配もなく、穏やかな一日。


 畑に出ると、すでにミリアの弟たちがニンジンを引っこ抜いていた。


「お兄ちゃん、こっちのニンジン見て! またへんな形してる!」


「はは、面白いな。そいつは朝の食卓に出して、笑いの種にしようか」


 彼らの元気な笑顔に、レオンの頬も自然と緩む。


 俺は世界と折り合いが悪くなった結果、今の場所にたどり着いた。


 かつて英雄だったことも、王都で名を馳せた時代もあった。

 だが、それは過去。いまはこの村の“レオンお兄ちゃん”でいい。


 畑の向こうで、鶏を追いかけている子供の声がする。ミリアが洗濯物を干しながら、呆れた顔でそれを見ていた。


「……朝から騒がしいわねぇ。もう少し落ち着いてくれれば助かるんだけど」


「元気なのはいいことだよ。子どもが静かすぎると、逆に怖い」


「その理屈、村の老人たちにも言ってきなさいな」


 そう言って笑うミリアの顔に、レオンは心の奥で安堵を覚えた。この村の空気には、どこか懐かしさがある。


 昼前になると、村の長老グレンが畑を見回りにやってきた。腰は曲がっているが、目は鋭い。


「お前さんの育てたジャガイモ、今年はひときわ良く育っとる」


「地脈の流れが安定してますからね。あと、堆肥の配分を少し変えてみたんです」


「なるほど、なるほど……。村の子らに教えてやるのも、忘れるでないぞ」


 未来視を用いずとも、この地の変化は感じ取れるようになった。五年という歳月は、戦いで得た知識よりも多くの“平穏”を教えてくれた。


 午後、病弱なユリスのもとを訪れる。


「お兄ちゃん、今日のはなし、聞かせて……」


 レオンは窓辺に腰を下ろし、静かに話し始める。未来視で見た“かもしれない未来”を、まるで童話のように語る。ユリスは目を輝かせながら、咳ひとつせずに聴いていた。


 夕方には、パン屋でミリアの新作を味見。


「今日のは黒パンだけど、クルミ入り。合うと思って」


「……うまい。少し甘みがあって、朝食にちょうどいいな」


「でしょ? あなたがそう言うと思ってた」


「未来視?」


「いえ、女の勘よ」


 彼は笑い、そしてパンをもう一つ取った。


 ──村は今日も穏やかだった。


 だがその静寂の奥底に、レオンは確かに“濁り”を感じていた。


 見えない何かが近づいている。それはまだ、確信には至らないほど微細なゆらぎ。


 それでも、戦場を歩いた彼の勘が告げていた。


(……何かが、始まる)


 午後の陽が傾きかけるころ、レオンは畑に戻って、子供たちの声に耳を傾けていた。


「ねえレオンお兄ちゃん、この芽ってジャガイモ? それとも雑草?」


「よく見てみろ。葉の形が違うだろ? ジャガイモの葉は丸くて厚みがある。雑草はもっと細くて薄いんだ」


「ほんとだー!」


 まるで教師のように、子供たちにひとつずつ丁寧に教えるレオンの姿は、村の誰よりも“村の男”らしかった。


 未来視なんて必要なかった。彼の中には、経験から導き出した“確かな知識”がある。

 それが今、子供たちに継がれていくことが、妙に嬉しかった。


 その後、パン屋の裏に咲く薬草畑に向かったレオンは、薄紫の花を摘み取っていた。

 ミリアの母親が体調を崩していると聞いたからだ。


「これ、煎じれば喉の痛みに効くはず」


 そう言って差し出すと、ミリアは驚いた顔で彼を見つめた。


「なんで知ってるの?」


「村の祠にあった古い薬草帳を読んだんだ。ほとんど誰も読まないから、もったいないと思ってさ」


「……ほんとに、あなたって不思議な人ね」


 ミリアは笑って薬草を受け取った 。


◆ ◆ ◆


 夕暮れには、村の北の納屋でちょっとした騒ぎがあった。


「豚が暴れてる!?」「柵を壊したぞ!」


 レオンが駆けつけると、確かに一頭の豚が暴走していた。だが、目がどこか怯えている。

 原因は明らかだった──魔力刺激。何かがこの土地の魔力をざわつかせている。


「落ち着け……よし、怖くない、怖くないからな」


 レオンはそっと手を差し伸べ、魔力を抑える“封じ”の波動を流し込む。やがて豚は鼻を鳴らし、ゆっくりと地面に座り込んだ。


 しかし──


(これが“見えなかった”)


 未来視には、この事件が一切映っていなかったのだ。


◆ ◆ ◆


 夜、星がにじんでいた。


 レオンは家の前に腰を下ろし、いつものように空を見上げる。だが今日は、空の“星座の形”が微かに、ほんの少しだけ、狂っていたように見えた。


「……何が起きてる」


 その問いに答える者はない。


 地面に掌を置くと、地脈の流れが、まるで呼吸のように荒くなっていた。


 未来視に力を注ごうとする。


 だが──見えない。


 かつては数時間先、場合によっては数日先まで視えた未来の糸が、まるで“闇に濁されて”いるように切れていた。


「っ……!」


 頭痛が襲い、彼はその場に膝をついた。


 暗い中、どこからか子供の声が聞こえた。


「お兄ちゃん……大丈夫?」


 ユリスだった。夜風の中、心配そうに彼を見上げている。


「……ああ、ごめんな。ちょっとだけ、考えごとしてた」


「……こわい夢、見たの。黒い人が、こっちに来る夢。村が、燃えてた」


 レオンは笑ったが、その目だけは笑っていなかった。


「大丈夫。俺が守るよ」

末来視と運命改変このうち未来視は使えなくなった。運命改変も一日に1回。調子良いときは、2回。倒れてしまうが3回だ。そして運命改変は身を守る能力であって敵を倒すような能力ではない。だからこそ言える。俺は強くならないといけない。


 静かな約束が、夜の空に吸い込まれていった。

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