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第三話 村の空気が濁る

レオンは、今日も村の広場で薪を割っていた。


 魔力をこめた斧は、通常の三倍の切れ味を持つ。

 それでも彼はあえて“力任せ”に木を叩いていた。


(魔力を使いすぎると、“未来改変”が鈍る……無駄なことに使いたくはない)


 そんな彼の背後から、パンの焼けた香りが漂ってくる。


「レオンさんっ、お昼できましたよ!」


 声の主は、村のパン屋の娘・メル。


 年は十六。焼きたてパンの香ばしさと同じくらい、笑顔がまぶしい。


 差し出されたパンには、焼き印で《ありがとう》と刻まれていた。


「……これ、お前が?」


「はいっ。レオンさんのおかげで、家族みんな元気でいられるんですもん!」


 そう言って微笑む彼女の表情に、レオンはどこか戸惑った顔をした。


 ――こんな風に感謝されたのは、いつぶりだったか。


◆ ◆ ◆


 午後、村の子供たちと“冒険ごっこ”をすることになった。


「レオンさん、魔王役やってー!」


「俺は勇者! レオンさんと戦う!」


「おいおい、俺が魔王っておかしいだろ。……まあ、いいけどな」


 大笑いしながら走る子供たち。


 だがその途中、レオンの未来視にわずかな“ノイズ”が走った。


(……北の山道に、来客……? 武装はなし。けど、魔力の波長が……貴族か?)


 何かが動いている。


 しかしそれはまだ、災厄ではなかった。


◆ ◆ ◆


 夕暮れ。


 レオンは村の井戸のそばで、一人の老人と囲碁を打っていた。


「ふむ……そこに置くとは、相変わらず未来視でも“勝負勘”は別のようじゃのう」


「……あんた、容赦ないな」


 この村の長老・グレンは、元王国の軍師だったという噂がある。


 レオンがこの村に流れ着いてから、数少ない“対等に話す大人”だ。


「村の者たちが、おぬしに随分と心を許しておる。……だが、決して甘やかしてはおらん。わしは見とるぞ。おぬしが、どこまで“過去”を引きずっておるか」


「……俺は、引きずってなんかいないさ。もう、決着はついた」


「そうかの? ならば、いずれ“向き合う”といい。“あの日”の続きをな」


◆ ◆ ◆


 夜。


 自宅の小屋に戻ったレオンは、机にあった手紙の束を見つめていた。


 王都から、また送られてきたものだ。


 ほとんどが未開封。


 “ごめんなさい”も、“助けて”も、今さら響かない。


 けれど──


 一通だけ、視線が止まった。


 差出人:リーナ。


 短い文面だった。


「あなたの“未来”は、もう私の知らない場所にあるのね」


 彼女も、何かを察しているのかもしれない。


 だが、レオンの答えは変わらない。


「そうだ。もうお前が入れる余地なんて、ここにはない」


 彼は窓を開けた。


 夜風が涼しく頬を撫でる。


 誰にも縛られない、自由で穏やかな夜だった。



昼下がりの村に、蹄の音が響いた。


 レオンは鍬を片手に畑を耕していたが、その音を聞いた瞬間に手を止めた。


 最近、未来が少し“読みにくく”なっている――。 レオンはその違和感に、薄々気づいていた。


 遠くの事象や、数日先の未来が霞むように曖昧になっている。 (魔力濃度の揺れ……か。世界の“力の流れ”そのものが狂い始めてる)


 《未来視》は、可能性の上に成り立つ術だ。だが、因果そのものが乱れ始めれば、視える未来も揺らぐ。


 その日は朝から空気が重く、空も霞んで見えた。


 “見えにくさ”がある。近未来の輪郭が、霧に包まれているような感覚。


 (……やっぱり。何かが“近づいてる”のに、視界がはっきりしない)


 土を払って立ち上がると、村の中央道に、きらびやかな馬車がゆっくりと進入してきた。


 荷車ではない。四頭立て、紋章入りの特注仕立て。明らかに“上の者”の訪問だ。


「おい、あれ……王都貴族の馬車だぞ……」


「なんでこんな辺境に……」


 村人たちは色めき立ち、警戒と困惑の目を向けた。ただ一人を除いては。


「で? 用件は?」


 木の根に腰かけ、りんごをかじっていたレオンが、無造作に言った。


 馬車の扉が開き、朱色の髪で、貴族らしく華やかな服装で、目がきりっとしている女の子が現れた。

まぁまぁかわいいでありませんか......好きだ......


「ご挨拶が遅れたわね。私は、第五位伯爵家・ルードロス家より派遣された、

 カレン=ルードロスよ」


 堂々と名乗る貴族に、村人たちは誰も返事ができなかった。


「……貴方が、レオン=アルディア、で間違いない?」


「そうだけど?」


「王都にて、聖女リーナ殿より“接触要請”を受けた。彼女は君のことを“最重要人物”と位置づけてしていた。だから私がこうして来た。……光栄に思うことね」


 レオンはあくびを噛み殺した。


「ふぅん。あいつ、“自分じゃ頭下げられないから代わりに貴族送る”とか……どんだけプライド高いんだよ」


 カレンの口元が引きつる。


「……口の利き方には気をつけなさい。“下民”でもなければ、“冒険者”でもない貴方には、保護者などいないんだから」


 その瞬間、空気が変わった。風が止み、空間が張り詰める。


 レオンは静かに立ち上がり、カレンに目を向けた。


「ふっ、勘違いしてるな」


「……なに?」


「今のおれが“何者でもない”って言ったけどよ──俺は“未来を変える者”だ」


 貴族の護衛たちがざわつく。


 (……あいつの到着タイミングすら、ギリギリまで掴めなかった)


 (もしかすると、俺の“力”は世界の流れに押されて、徐々に削がれているのかもしれない)


 だが、それを恐れてはいなかった。恐れるべきは、今ある幸せを守る術を見失うこと。


 レオンは一歩、カレンに近づいた。


「この村に俺を必要としてる人がいて、俺が守ってるものがある。それだけだ。……王都が、勇者が、聖女が、それを壊しに来るってんなら──その時は、全力で叩き潰すだけだ」


 カレンは小さく鼻で笑い、引き下がった。


「一週間後、王都での面談が用意されているわ。“誠意ある返答”を期待しているわよ。レオン=アルデイア」


 馬車が去っていくと、村には重たい沈黙が残った。


◆ ◆ ◆


 その夜、レオンは家の前で星を見上げていた。


「……リーナ。お前、本気で俺に戻ってきてほしいと願ってるなら──まず自分の足で、ここまで来てみろ」


 彼はそうつぶやき、小さく笑った。


 未来は、もはや“視る”ものではなく、“選び取る”ものなのかもしれない。


行かないでいいや





第六話では、ついに“王都”の影が村に忍び寄ってきました。

世界の魔力濃度が上昇し、《未来視》が揺らぎ始めているという展開──

なろう的には「先が読めないハラハラ感」が出る、美味しい局面です。


村を守るという静かな決意と、再びレオンに接触しようとする聖女側の思惑……。

次回はこれを越せるくらいの話を書けるように頑張ります。


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