第二話 招かれざる手紙と、崩れゆく聖女の信仰
――辺境の村・ミルデン。
朝日が差し込む小さな広場で、レオンは静かに目を閉じていた。
未来視によって視えた“ある光景”が、彼の思考を占めていた。
燃え盛る木造の家々。倒れる村人たち。
そして、その中心に立つのは、漆黒の鎧を纏った“何者か”。
「……あの装備、王都の近衛兵団のものか? けど、あれは……もう兵士じゃねぇな」
思わず声に出る。未来はまだ確定していない。だが、このままでは村は焼かれる。
その“改変ポイント”を探るのが、今のレオンの仕事だった。
彼は草むらに座っていた幼い少年に声をかけた。
「おい、ユーリ。今日の見回り、代わってくれるか?」
「えっ、でもレオンさん、昨日も魔獣の見張りやってたじゃないですか……!」
「いいから。今日の西の森は、俺が見とく」
それは、未来を変えるために必要な“一歩”だった。
◆ ◆ ◆
一方その頃、王都。
「……どういうことだ? 魔王軍の動きが止まってる?」
勇者ゼノスは玉座の間で怒鳴っていた。
剣聖ガロス、賢者ルティナ、そして聖女リーナの三名は、その様子に戸惑いの表情を浮かべていた。
「最近のレイド戦、全部俺が出てない間に終わってんじゃねーか! どういうわけだよ!」
ガロスが答える。
「王都南方の魔物、全部“誰か”に潰されてるみてぇだ。しかも綺麗に“先読み”されてる形跡がある」
ゼノスの顔が引きつった。
“先読み”――それはかつて、自分が追放した補助役・レオンの代名詞だった。
「まさか……あいつが、まだ生きてるってのか……!?」
その名を、ゼノスは口に出さなかった。だが確かに、脳裏にはレオンの影が焼き付いていた。
追放してから数ヶ月。最初は清々していた。
だが、戦闘の効率が落ち、何をするにもトラブルが起きる。
リーナの浄化魔法は命中精度が下がり、ルティナの高位魔法も無駄打ちが増えた。
「なんで今まで、こんな補助魔法で俺たちが勝ってたんだ……?」
気づくのが、遅すぎた。
◆ ◆ ◆
辺境の森にて。
レオンは静かに息を潜めていた。
「来たな。──未来視通りだ」
森の奥から現れたのは、獣化した魔族の部隊。
村にはまだ何の通達も届いていない。王都の情報網をすり抜けてきたのだろう。
レオンは詠唱する。
「コード起動……《運命改変:罠発動優先度“+3”》──森の落とし穴に誘導しろ」
未来が塗り替えられる。
敵の足が空を切り、音を立てて奈落に落ちた。
「まさか……森に仕掛けた罠が、こいつら用になるとはな。全部、未来視が教えてくれた通りだ」
そのままレオンは魔法弓を引き、精密な補助を自身に重ねて連射する。
敵は為す術もなく全滅した。
未来は変わった。
翌朝、村に霧が立ち込めていた。レオンは村の防壁沿いを歩きながら、手紙を一通、手にしていた。
差出人は王都──聖女リーナ。
封蝋には王印が使われている。明らかに“私的な書簡”ではない。
(……今さら俺に何の用だ)
それでも、彼は開封した。そこに綴られていたのは、丁寧な謝罪と、懇願。
レオン様
あの時、私たちはあなたの力を理解していませんでした。
私の判断が間違っていたこと、ようやく痛感しています。
ゼノス様は今、心身ともに限界です。
あなたの知恵と力を、もう一度──
“王国の未来”のために貸してください。
……感情は、まるで湧かなかった。
その文章のどこにも、“個人として”の謝罪はなかったからだ。
そしてそこに、村人たちがやってきて手紙の内容を聞かれ、俺は嘘偽りなく素直に教えた。
村人たちはざわつく。
「えっ、レオンさんって元々、王都の人だったの?」
「まさか聖女様と知り合いだったなんて……」
ーー
レオンは手紙を火にくべた。
「もう遅いんだよ、お前たちは。王国の未来なんて知らねぇ。俺は、この村の未来だけ見てる」
◆ ◆ ◆
一方その頃、王都。
「ゼノス様……何を……っ! それは禁術です!!」
賢者ルティナが叫ぶ。ゼノスは青ざめた顔で魔導石を握りしめていた。
「これさえあれば……俺だって未来が視えるんだ……! レオンだけが特別なわけじゃない……!」
その石は、災厄の瞳へと繋がる“分岐導具”だった。古代魔導具の危険な派生品。
だが、ゼノスはすでに選んでいた。“間違いの未来”を。
ルティナは一歩後ずさる。そして、初めて気づいた。
(ああ……この人は、もう英雄じゃない……ただの、妬みと恐怖に縋るだけの男だ)
◆ ◆ ◆
聖女リーナは教会の奥、祈祷室で膝をついていた。
レオンに宛てた手紙は返事がない。
いや、あってもおかしくなかった。むしろ、拒絶されて当然だった。
彼の実力は、本物だった。
彼の補助がなければ、浄化魔法の術式もたびたび失敗し、回復のタイミングもズレていた。
(あれは全部……彼が支えてくれていたから)
今になって、全てが繋がる。
「……私は、なんて愚かだったんだろう」
涙が零れ落ちる。
だが、それは信仰の祈りではなかった。
ただ、取り返しのつかない過去にすがる、後悔の涙だった。
◆ ◆ ◆
その夜、レオンは村の子供たちに囲まれていた。
「レオンさん、また明日も一緒に見回りしてくれる?」
「ああ、もちろんだ。お前らの未来は、俺が守る」
小さな手が彼の手を握った。
それは、どこかで失ったはずの“温もり”だった。
過去に与えられなかった感謝、信頼、笑顔──
すべてが今、この村で育っている。
(……これでいい。俺にとって、英雄なんて称号は必要ない。必要なのは──)
「この居場所だけで、充分だ」
空を見上げれば、満天の星が広がっていた。
◆ ◆ ◆
村に戻ると、子供たちが飛びついてくる。
「レオンさん! おかえりなさい!」
「今日も魔獣、来なかったよー!」
彼は笑って応える。
「ああ、来なかったな。……よかったよ」
本当は、“来ていた”。だが、それを“なかったこと”にできた。
それこそが、レオンの《運命改変》の力。
◆ ◆ ◆
その夜。
王都から一通の使いが来る。
「レオン様に謁見をお願いしたいとのことです。差出人は──聖女リーナ様です」
「また、送ってきたのか、すまない。会うつもりはない。」
そう言って、彼は再び森へと向かった。
未来は、常に動いている。
だが、それを導くのは、もはや“王都の勇者”ではなかった。
“追放された元補助役”──レオン。
彼こそが、これからの世界を裏で動かしていく。
ご閲覧ありがとうございます!
今回の話では、勇者パーティー側の“ひび割れ”と、レオンの立場が明確に逆転しつつある様子を描きました。
聖女リーナの後悔は本物……なのかもしれませんが、レオンにとっては「今さら何を」なんですよね。
まだまだ“ざまぁ”はこれから。じっくり煮込んでいきますので、お付き合いいただければ嬉しいです!
よければ評価・ブクマもお忘れなく!